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2014年5月24日 (土)

「太宰治展」

神奈川近代文学館「太宰治展」へ行って来た。
あいにくの雨模様で、軽装が幸いした位蒸し暑い日だった。

何年振りだろう。
インターネットもしくは新聞情報で特別展の開催をチェックしても、最近は専ら図録を取り寄せるだけだった。

2,007年の埴谷雄高「死霊」展以来だから、7年ぶりだ。
初めて訪れたのがいつだったか記憶が明確でないが、かれこれ20年位にはなるはずだ。

手元の図録では98年秋の「谷崎潤一郎展」が最も古い。
それから永井荷風('99)、夏目漱石('02)、芥川龍之介('04)、三島由紀夫展('05)と続いた。

谷崎、埴谷は愛読とまではいかないが、以上いずれも自分には大事な作家であり、足を運んだのだった。
矢張り太宰も愛読とまでいっていないが、多感な高校時代に読んで印象に残っている作家なので、開催を知って是非行こうと決めていた。

私が読んだのは河出書房新社「現代の文学26太宰治集」で、'66(昭和41)年刊行のもの。
なんと48年前!これを開いて「斜陽」末尾ページに記されたメモを見ると、この作は過去3度読んでいる。
最後は'09年4月で朝日新聞読書欄の「百年読書会」第1回が「斜陽」で、その際に読んだものである。

その時の感想文の下書きの末尾、
「太宰の文章は新鮮で活き活きしている。日本近代文学中稀有な文章と云えよう。
随処にちりばめられたアフォリズムは思わず唸るものばかり。例えば、
「幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで幽かに光っている砂金のようなものではなかろうか。」」

39歳という若さで心中死、私生活は波乱に富み、最晩年の女性関係は乱脈、と人格破綻者そのものの人生だが、その文体は温かみがあり、穏やかで、読んでいて心が癒される。
それは、太宰の人間的弱さ、自己管理能力のなさと同時に、反面彼の優しさを象徴している。

作品原稿、数々の資料等を丹念に展示する誠実さは相変わらずである。
「人間失格」、「グッドバイ」をはじめ、改めて太宰の作品に接してみたいと思った。

常設展示を久し振りに見て、今「こころ」を読んでいるだけに、夏目漱石が新鮮だった。
漱石書斎の遺品の数々、軸装の絵画、「文学論」原稿、そして「門」、「こころ」の原稿と初版本の展示を改めて目の当たりにし、思わぬ収穫となった。

展示スペース最後のビデオライブラリで江藤淳監修の「漱石と近代」を見た。多分以前見ているはずだが記憶から完全に消えてしまっていて、留学時代の日記をベースに当時の生活を検証したり、盛時の江藤淳の緻密さを彷彿とさせる編集だ。

これまでの図録はB5だったが、今回の太宰展は変形A5。
平日で、天候にも恵まれない日だったが、来場者は少なからず、若い人、カップル、女性が目立った。

中には自分の様な年配者もちらほら。
若年層から中高年と幅広い世代の支持を得ているというのも無視できないことだ。

この文学館にちなむ思い出はいろいろあるが、ここではその一つを記す。
かつては、JR根岸線石川町からはるばる歩いて、途中フェリスとか外人墓地とか坂道のそこここの景観を楽しみながら辿りついたものだった。
それらの中で横浜市が管理している「エリスマン邸」という往年の貿易商だったかの人物の邸宅が公開されていて、2回に1度の割合で立ち寄っていた。そこには横浜市在住の作曲家、小船幸次郎の遺品の楽譜庫がさりげなく部屋の一角に置かれていた。

小船幸次郎は草創期においてギター音楽へ多大な貢献をしている。また夫人はギタリストだった。
バッハの無伴奏チェロ組曲全曲のギター編曲という労作があり、一時はその一部を音にしてみたりしたものだ。

みなとみらい線が開通して、上のルートとは縁がなくなってしまったが、神奈川近代文学館に絡む思い出である。

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