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2014年7月

2014年7月 6日 (日)

漱石「こころ」-2

漱石の「こころ」の朝日新聞連載は4日(金)で「両親と私」が終了した。
連載は毎日欠かさず読んでいる。
また別途、全集および新潮文庫でも読み、6月10日に読み終えた。

今回読んで感じたのは、細部の構成のバランスが悪い事だ。
前半が淡々と進行するだけに、「遺書」が赤裸々すぎて前半との折り合いが悪いこと。
「遺書」においても、Kが登場する前と後で一貫性に欠けること、と統一性の欠如が気になった。

Kの描かれ方が非現実的に思われる。
先生に出し抜けされてお嬢さんを奪われ、それを奥さんから知らされて、衝撃の大きいことはわかるがそれで唐突に自殺するなんて有り得るだろうか?
自分の命以上にお嬢さんの存在は大きかったのだろうか?

頸動脈を切り、下宿の部屋を血まみれにする迷惑に思い至らなかったのだろうか?

また先生の方へも疑問が多い。
幼馴染で親友でもあるKを裏切り、自殺へ追いやったことへの自責の念、罪の意識は理解できる。
が、先生が死を選んだことは釈然としない。

先生の自殺の引き金となったのは明治天皇に殉死した乃木将軍だった。
漱石は明治と共に人生を歩んだ人だっただけに、明治の終焉、乃木の殉死が強いインパクトだったことはわかる。
ただ先生はお嬢さんを妻にしている。
先生へ不可解な陰を認めながらも、妻として尽くし、伴侶として添い遂げる積りの妻君を残して、自殺という選択があるのか?

小説の結びが尻切れトンボであることも指摘しておかねばならない。
先生の死をもって「こころ」は終わりとはならない。
「私」は実家で父の危篤に立ち合いながらも、先生からの「遺書」を手にし衝動的に東京行きの夜行列車へ飛び乗ってしまう。

「私」は先生の死をどう受け止めたのだろう?

また父の臨終よりも先生との関係を優先させてしまった実家への不義理にはどう対応したのか?

読者として気になるところである。

「こころ」単行本化にあたっては、漱石自ら装丁に当たり、それは岩波版全集に採用されるに至る見事なものだが、内容面でも完全化して欲しかったと思うのは無理なのか?

とまれ、朝日新聞によれば今回の「こころ」連載により、漱石作品の売れ行きは好調の由。

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