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2014年9月

2014年9月28日 (日)

日曜喫茶室のカセットテープ

9月21日(日)に地元の図書館主催の文芸講演会があり、妻と聴きに行って来た。
「江戸を描く、人をえがく」と題し、作家の山本一力が講師だった。

6月上梓になった「戌亥の追風」(いぬいのおいて)は木更津をモチーフとしており、幕末期の江戸における町人、武士をめぐる人間模様を山本さん一流の筆致で描いた小説である。
山本さんは今回が2回目になるそうで、「戌亥の追風」は前回の来演を機に、地元郷土史家の協力の元に取材を重ねて生れたとのこと。
もっとも舞台の中心は江戸で、木更津は物語に深く関わっているにしてもあくまで添え物の域を出ていない。

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山本一力の小説を読むのは今度が初めてだが、この人の名前はNHKFMの「日曜喫茶室」というトーク番組で記憶していた。
'09年7月の放送で、この時のもう一人のゲストは木更津出身の中尾彬だった。

偶然なのか木更津に縁がある人なのか、作ったような取り合わせだ。

軽妙な中尾と対照的に率直でどちらかといえばぶっきらぼうな語り口の山本とが、テーマだった夏の食べ物についての話に花を咲かせ、司会のはかま満緒、常連の池内紀ともども大変に盛り上がり、最近の放送の中では出色の回だったと思っている。

今回の講演においても山本は、とおりのよい声で素朴な語り口から自身の来歴、直木賞受賞後の作家生活等々を淡々と語ったが、基本的な印象はFMと変わらないものだった。
それは彼の小説にも色濃く出ていて、細かなレトリックとか技巧などはそぎ落とされ、単刀直入な文章で話が進んで行く。

以上は伏線で、ここからが今回の話の肝である。

講演前日に妻が「日曜喫茶室」を聴きたいと希望し、カセットテープを再生させたがA面最後の部分でテープがキャプスタンに巻き込まれるというアクシデントが起きてしまった。
はじめから巻き込みと分かったわけではなく、テープを取り出そうとEjectを押してデッキの蓋が出て来なくなってしまったトラブルがそもそもの発端である。

無理に引っ張るとデッキを破損させる恐れがあるので取扱説明書で可能性のある原因を探った。
蓋はEjectを押すことでフリーになることを確認した上で、こじ開けてみるとテープがキャプスタンに無残にも何重にも巻き付いていた。

120分テープは薄いのでこういったトラブルは有り得るということは承知していて、過去に経験したこともあるが、選りによって大事にしていたテープで起きてしまい、ショックは大きかった。
テープの取り出しはできたものの、巻き込まれた箇所はしわになってしまい、どうしてもテープの補修が必要になった。

家電量販店、生活雑貨の大型店で切り貼り用のテープを求めても、取扱していないとのすげない返事。
そこでテープのメーカー(日立マクセル)へ電話してみた。
補修用のテープは「スプライシング・テープ」というが、現在生産しているメーカーはない。
埼玉県に修復を請ける業者があるとの情報提供があったので、電話してみたが新たなテープは入手不可能なのでテープそのものの分売はできないとの返事。

結局メーカーのもう一つのアドヴァイス、ダビングをすることにした。
しわになってしまった約10cm位をカットし、応急的に市販のセロテープで切り貼りをして、昨年来使用しているティアックのダブルカセットデッキでコピーした。
接着部は見事に走行に耐え、無事複製を作ることができた。

オーディオのエア・チェック用のメディアで磁気テープに替わるものはものは出ているのだろうか?
そもそも先代のデッキが使えなくなった時、果たして新たに手に入るのか不安がよぎったものである。

また昨年120分テープが今後市場から姿を消すとの情報から買いだめをしていて、現在はそのストックを取り崩しながら録音している。
「日曜喫茶室」は90分では収まらないので、在庫が切れたら完全な録音はできなくなる。
メーカーによると、120分テープ用の薄い材料が輸入できなくなり'12年7月に生産を打ち切ったとのこと。
当分は90分までは生産を続けるそうだ。

TDKはタイ工場が'12年の洪水被害を機にテープ製造を取りやめ、ソニーも現在は生産していないとのこと。

また今日は古い120分テープでアシュケナージのラフマニノフのピアノ協奏曲3番を聴こうと、早送りしていて片面終了時にテープが切れてしまった。
今度は切り貼りと違い、カセットを分解してテープを片側のリールに固定する必要がある。

最近この曲をホロヴィッツのCDで聴いていて比較が楽しみだったが、お預けを食ってしまった。

2014年9月15日 (月)

吉田秀和のホロヴィッツ来日公演評

一昨日に捜し物をしていて偶然ホロヴィッツ来日公演とFM音楽手帳の「音楽家訪問/武満徹」のFMエアチェックテープが出て来た。
ホロヴィッツの方は逝去の追悼番組として放送されたもので、放送日はわからないが、コンサートは'86年6月28日昭和女子大人見記念講堂のもの。
武満徹の方も放送日の記載がなく、いつの録音か不明だが、’80年代であるのは間違いないところだろう。
武満自ら作品、音楽の傾向、日常について語っていて、今となっては両方ともとびきりのお宝カセットだ。

ここでは、ホロヴィッツのテープから派生したことを記したい。
すぐ頭に浮かんだのは昨年のEテレ「吉田秀和の軌跡」で取り上げられていたホロヴィッツ来日公演への吉田の酷評のことだったが、いざテープを聴いてみると確かに全盛時の水も漏らさない研ぎ澄まされた演奏には及ばないにしても、切れ味よく、みずみずしさが溢れ、推進力もあって、技巧の冴えは驚くほどで、非常な快演と言うべき内容で、これを酷評することはあり得ないというのが正直な感想だった。

話が噛み合わないので再度録画を見た。
対象となっていたのは’83年の来日公演だった。
ショパンの「英雄ポロネーズ」の演奏がほんのさわりで紹介されていて、音は外すは、テンポは安定しないは、演奏への集中力が欠けているようなのと・・・等々確かに往年のヴィルトゥオーソの見る影もない、という感じだ。
当時連載されていた朝日新聞夕刊の「音楽展望」’83年6月17日に「ひびの入った骨董品」と書いたことを番組で吉田は回想している。

以上から新たな疑問が湧いた。
2度目の来日のFMテープを聴く限り、初来日の演奏(自分は知らないのだが)と一線を画すものであることは間違いないところだろう。
吉田秀和はきっと再来日に対しても取り上げているに違いないと思い、全集を持っていないので図書館へ照会したところ、新聞縮刷版でバックナンバーがあることがわかり、確認したところ、’86年7月3日の「音楽展望」で書いていて、’83年6月17日のものともどもコピーを取ってきた。

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1,983年6月17日

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1,986年7月3日

読んでみると’86年はA,Bのプログラムで、吉田秀和は初日のプロに基ずいて書きすすめている。
それによれば、スカルラッティ、シューマン(「クライス・レリアーナ」)、シューベルト、モーツァルト、そしてショパンが演奏されている。

テープの方は、したがってBプロということになり、スカルラッティ、モーツァルト(「ソナタハ長調K.330」)、そしてショパン(「マズルカ」op.30-4,op.63-3,「スケルツォNO.1」op.20)がAと同じようだ。
ただしAプロでは「英雄ポロネーズ」が演奏されていて、初来日との比較という意味ではAプロの方を聴いてみたいと思った。

Bの方ではラフマニノフのプレリュードop.32-5,12、スクリャービン「エチュードop.8-12」、シューマン「アラベスクop.18」、リスト「シューベルトによるワルツ・カプリス第6番「ウィーンの夜会」他」が演奏されている。
いずれも愛奏曲ともいうべき作品でスクリャービンのop.8-12、シューマンop.18はA、B共通のスカルラッティ「ソナタK.380」ともども’69年だったか、カーネギーホールでのTV中継されたリサイタルの実況録音LP「ホロヴィッツ・オン・テレヴィジョン」にも収められている曲でこのアルバムの絶妙な演奏により、自分はホロヴィッツに傾倒するようになった。

ホロヴィッツの生年は正確には不明のようで、一応1,904年が定説で’89年に没している。2度目の来日は亡くなる3年前になるわけだ。
’86年はロシア、ドイツへの演奏旅行があって、日本は当初予定にはなかったが、本人のたっての希望で2度目の来日公演となったようだ。
初来日の吉田秀和の批評をホロヴィッツは目にするか、耳にして、本人も不出来の自覚があったのだろう、日本のファンに対しいつの日かリベンジを期して再来日に臨んだようだ。
彼が如何に純粋で誠実な人間だったかを物語っているエピソードだ。

そう言われれば、’86年の演奏は彼の日々の精進を如実に物語っているものであることが分かる。
技術的な破たんが余り目立たず、音も粒が揃い、艶もあり、しっかり出ている。

そのことを吉田秀和は冒頭「三年前この人は伝説の生きた主人公として私たちの町に来た。が、その演奏は私たちの期待を満たすにほど遠く、苦い失望を残して立ち去った。こんどの彼は一人のピアノをひく人間として来た。」と書き出す。
何気なく書いていて、先へ読み進めてしまうところだが、吉田秀和の文章がすみずみまで手を抜くことなく吟味されて書かれていることを示しているところだ。
「こんどの彼は一人のピアノをひく人間として来た。」とは何という至言だろう。
過去の栄光、名声をかなぐり捨て、ひたすら無心に鍵盤に向かうホロヴィッツが目に浮かぶようだ。

スクリャービン、ラフマニノフでは「彼はこれをいちばん自然な手つきで扱いながら、微妙にとびちる光で、私たちを眩惑する美しい小さな宝石として提出した。」
「ピアノという楽器の究極の響きを堀あてとり出すのに成功したのは、結局リストだったということを知るものにとって、・・・ホロヴィッツこそ真のピアノをきわめた名手だという疑いようのない証拠になる。」
スカルラッティで「音と、目の前でピアノから作り出す作業に従事する人間の姿とに感応し魅了されてゆく過程と・・・が一致してつくる時、彼が与える最上の陶酔ではあるまいか。」
と共感的に記している。
一方シューマン、ショパン「英雄ポロネーズ」、モーツァルト等においては、演奏における問題点をきびしく指摘することも忘れない。

「捲土重来、はるばる再訪してくれたことに心から感謝せずにいられない。」と結ぶ直前の部分、「聴衆の大歓呼の中で突然どこかで鋭い騒音がした途端、彼は大急ぎで両耳を塞ぎ背中を向けた。・・・彼がどんなに傷つき易く安定を失いやすい精神と神経の持ち主かようくわかった。」と書く。

ホロヴィッツはその生涯で何度か活動を休止している。
1.’35~8
2.’53~’65(レコーディングは実施。’53は米滞在25周年記念コンサート(カーネギーH)を実施。)

それも彼の資質に深く結び付いたことなのだろう。
2の方は休止の始めと終わりに重要なコンサートを行っているのも象徴的だ。
’65年の復帰演奏会(ヒストリカル・リターン)も歴史的名演だったとの呼び声が高い。

これを機に、ホロヴィッツを手元のソースで折に触れ聴いて行きたいと思った。
また、吉田秀和の著作も。

2014年9月 1日 (月)

スイス・ロマンド管弦楽団演奏会

NHKEテレの「クラシック音楽館」でスイス・ロマンド管弦楽団の来日公演がオンエアされた8/24(日)放映)。
7/8サントリーホールの録画である。プログラムは以下のとおり。

1.藤倉 大「Rare Gravity」
2.チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲ニ長調op.35」
3.ベルリオーズ「幻想交響曲op.14」

指揮は山田和樹、チャイコフスキーのソリストは樫本大進、また藤倉 大の作品は山田へ献呈され、これが初演とのこと。
山田と樫本は同年で'79年生まれの35歳、共にベルリン在住で親しい仲のようだが、共演するのはこれが初めてとのこと。

指揮者、ソリスト、そして邦人作品の初演と、コンサートの主軸を日本人が占めて、ヨーロッパの名門オーケストラの一つであるスイス・ロマンド管弦楽団が15年振りとなる来日公演を行うことは、感慨深く、また非常に意義深く感じた。

藤倉の作品は現代作品に有り勝ちな無味乾燥さはなく、聴いていて耳に快さを感じた。
演奏後、山田に促され、客席からステージへ立ち、聴衆と団員へ返礼していた。

樫本はベルリンフィルコンサートマスターの地位が定着しつつあり、恐らく多忙であるだろうスケジュールの中へ母国での活動の一つとしてこの日の演奏が組まれたのだろう。
はじめから終りまで超絶技巧の連続で、ソリストを殆んど休ませないこの作品を確かな技巧で弾ききった。
楽器はわからないが、音は渋く、洗練されて、ひたすら華麗なだけでなく、抑制が程良く効いていて、彼の演奏はあまり聴いていないが、それらは彼の音楽性の音への反映ということなのだろう。

礼奏としてバッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ第3番の「ラルゴ」を奏いた。
技巧を誇示せず、抑制した曲造りはバッハに向いている。一度彼のバッハ無伴奏連続演奏を聴いてみたいと思った。

最後のベルリオーズはスイス・ロマンドの主要レパートリーのひとつだそうで、これに対して山田は暗譜で指揮に臨んだ。
山田の指揮ぶりは颯爽としていて、シャルル・デュトワの系列と言うと語弊があるが、きびきびしていて好感が持てるものだった。

「幻想交響曲」は高校時代に家がレコードを取り扱っていたクラスメートからLPを入手した思い出の作品である。
クリュイタンス、パリ音楽院管弦楽団の演奏で、当時は繰り返し聴いたものだ。
その後はこの作品とは縁遠く、今日にいたってしまった。
下はそのLPのジャケット。かれこれ47年前のものだ!

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テレビのスピーカーからではあるが、山田のタクトにより紡ぎ出されるスイス・ロマンドの音は、この番組のメインオケであるN響の音とははっきり違う。
スイス・ロマンドの方が色彩感が豊かで、華やかさを感じた。
「幻想交響曲」はそういったスイス・ロマンドに合った作品かも知れない。

第2楽章のワルツは好きで、これを聴いているとチャイコフスキーの「悲愴」のやはり第2楽章のワルツを連想、対比する。

スイス・ロマンドの常任指揮者はネーメ・ヤルヴィ。この4月にN響定期を振っていて、その際は北欧作品(シベリウス、グリーグ、スヴェンセン(ノルウェーの作曲家。このコンサートで知った。))を演奏し、このクラシック音楽館で放送された。

画面からは団員に女性が目立っている。N響より多いだろう。またスリムな女性が多い。平均年齢は若いようだ。

アンコールは2曲。
1.シュレーガー「舞踏劇「ロココ」から「マドリガル」」
2.ビゼー「アルルの女第2組曲」から「ファランドール」

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