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2015年2月17日 (火)

池澤夏樹「現代世界の十大小説」

池澤夏樹「現代世界の十大小説」を読書中。
池澤氏は近年注目している作家の一人で、小説では「氷山の南」、ついこの間「アトミックボックス」を読了した。
また河出書房から個人編集の「世界文学全集」を刊行し、現在は「日本文学全集」の刊行がスタート、自ら現代訳した「古事記」が第1回配本となって、大いに注目を浴びている。

表題書は、たまたま書店で見つけて、即GET。
序章は大げさに言えば衝撃的だった。半ば自分を否定されたような気がした。
私の青年時代に花盛りだった文学全集は、既に過去の遺物となった。今の読者は本当に読みたい作品にしか手を出さない。
よって、出版社も全集物を出さなくなって久しい。
そういった時世に出版社からの「世界文学全集」出版のオファーには乗り気ではなかったが、自分なりに検討を重ねて行く内に独自の視点で作品をセレクトすることで現代にアピールすることができるものと確信を得、実現の運びとなったくだりが記されている。
本書にセレクトされた作品のほとんどは「全集」所収のものとのこと。

「はじめに」でサマセット・モーム「世界の十大小説」の10作品リストが紹介されている。

フィールディング「トム・ジョーンズ」
オースティン「高慢と偏見」
スタンダール「赤と黒」
バルザック「ゴリオ爺さん」
ディケンズ「デイビッド・コパフィールド」
フロベール「ボヴァリー夫人」
メルヴィル「白鯨」
エミリー・ブロンテ「嵐が丘」
ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」
トルストイ「戦争と平和」
というラインナップ。

今から四半世紀前になるが、篠田一士(はじめ)という人が「二十世紀の十大小説」という本を出している。
ここでも、序章でモームの「十大小説」が引き合いに出されている。
そして池澤氏と同趣旨の理由から選ばれた作品は20世紀文学で

プルースト「失われた時を求めて」
ボルヘス「伝奇集」
カフカ「城」
茅盾(ぼうじゅん)「子夜」
ドス・パソス「U・S・A」
フォークナー「アブサロム、アブサロム」
ガルシア・マルケス「百年の孤独」
ジョイス「ユリシーズ」
ムジール「特性のない男」
島崎藤村「夜明け前」
の10作品。

以上で私が読んでいるのはモーム、篠田リスト共それぞれ5作品。これが、平均レベルに比して多いのか少ないのか知りたいところであるが、個人的にはまあまあかなと思った。
池澤氏のリストの作品はすべて未読。

その池澤氏のリストは略すが、例えば第1章「百年の孤独」(これだけ篠田編と同じ。改めてその章だけ読み直してみたが、篠田氏の方は紙数が多いこともあり、本文引用もふんだんになされ、オーソドックスな印象なのに対し、池澤氏は、作品の本質に鋭く迫る感じ)の注には、ジョイス、プルースト、カフカといった名が出、他の章でもブロンテ姉妹、オースティン、スタンダール、トルストイ、ディケンズ、フォークナーetc枚挙に暇ないほど上記二大リストに上がっている作家たちの名が出てきて、まさに過去の「世界文学全集」に収められた作品は勿論、かなりな古典作品の読書量の上にこれらの作品群が選ばれていることがわかり、旺盛な創作活動の傍ら、池澤氏の測り知れぬ能力に改めて畏敬の念を覚える。

さて衝撃を受けた序章だが、キーになっているのは「世界文学+現代」。
「現代」の特徴はグローバル化、また「世界文学」は原語は当然あるが、それは翻訳によって原文でなくとも作品を享受できる、時に原文でわからなかった発見すらあると云う。
ここで池澤氏が言っていることは、読み終えたばかりの入江昭「歴史家が見る現代世界」(講談社現代新書)で述べられていることと共通している。入江氏の本からも歴史学の最先端の傾向を学び、カルチャーショックを受けたところだ。
言う処、旧来の世界史(World History) Not = Global Historyで'90年代以降の歴史研究は、トランスナショナル(国家間をまたぐ)な視点から歴史をグローバルに捉えようとしているとのこと。

池澤氏も篠田氏同様リストの最後を日本の作品で終える。
石牟礼道子「苦界浄土」である。この作品は是非読んでみたいと強く思う。

しかしまだ自分は池澤氏に完全に洗脳されたわけではない。
やはり、モームのセレクションにも魅力を感じるし、否、自分に残された限られた時間は、むしろ古代、中世、ルネサンスといった時代の古典作品へこそ費やしたいという願望がある。

以上を音楽に当てはめてみるとどうなるだろう?
池澤氏のように20世紀後半に絞り切ることはむつかしいので、篠田氏に倣い「二十世紀の十大名作」を選んでみる。
自分が聴いた範囲での選曲なので、あまり当てにはならないがご愛敬である。(順不同)

1.ストラヴィンスキー「春の祭典」
2.マーラー「交響曲9番」
3.バルトーク「管弦楽の協奏曲」
4.ショスタコーヴィチ「交響曲5番」
5.ラフマニノフ「ピアノ協奏曲3番」
6.ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」
7.ラヴェル「ダフニスとクロエ第2組曲」
8.武満徹「ノヴェンバー・ステップス」

あとの2作品が出てこない。
また5のラフマニノフが協奏曲なのが自分で挙げておきながら引っかかる。
できればすべて管弦楽作品で組み上げたいのだが作品が浮かんでこない。

作曲家で言えばプロコフィエフ、メシアン、ブリテン、ベルグその他の名が浮かぶが、あまり聴いていないので、リストアップできない。
取り留めなくなってきたので、リストは未完だがこの辺で話を切り上げたい。

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