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2015年2月28日 (土)

夏目漱石「三四郎」を読む-2

2 珠玉のエピソードの数々
三四郎と美禰子の関係を本線とすると、与次郎が画策する広田先生の帝大教授ポストの運動は併行して進むサブストーリーと云える。
団子坂の菊人形見物、学生会館での集会、上野精養軒の会等広田先生に絡んだエピソードは多い。

この運動はスキャンダルになって、広田先生が帝大教授になったかどうかは小説では明らかにされぬままスキャンダルへの広田先生の達観と少女に関する不思議な夢の話(「夢十夜」を想わせる)を三四郎へ語るところで広田先生の話は終わる。

それと交代するように広田先生の友人の画家原口が登場し(7章~)、終盤は絵画をベースにしたエピソードが絡み、大団円へ向かう流れが急になって行く。

ここでは中でも最も印象に残っている学生会館での集会のくだりを取り上げてみたい。
この集会は与次郎が運動の一環として企画したものだが、まず学生達は集会所の料理にありつく。
洋食で、肉刀(ナイフ)、肉叉(フォーク)を使用する本格的なものだ。
また麦酒(ビール)も出る。締めには珈琲(コーヒー)が饗される。

明治41年当時で既に現代と変わらぬ食事作法であることがこれでわかる。
「三四郎」では他にも「ライスカレー」、「競馬」という言葉も出てくるから驚く。

食事が終り、幹事学生の演説が始まる。
主張が明確で、理路整然とした非の打ちどころのない演説だ。
最後に与次郎が「ダーターファブラ」(後述)のフレーズで洒落の効いた一言と祝杯(乾杯)の音頭を取って集会はお開きとなる。

もっと価値の高い箇所は他にあるわけだが、不思議にこの部分が印象深い。
学生達の若さ、活気、旺盛な食欲と生命力といったものがほとばしっている。

「三四郎」を読んでいて感じたのは、エピソードの豊饒なことだ。次から次へ様々なエピソードが繰り出されてくる贅沢な作品と云えよう。

3 漱石の深い学識
全編至る処に味わい深い箇所がちりばめられ、作品の価値を高めている。
(1)図書館蔵書の落書き(3章)
帝大の新学期が9月に始まり、三四郎は生真面目に教室へ行くがはじめの内は講義がなかなか始まらない。
やがて講義は始まるが、律儀に聴講しても今ひとつ充実感を得ることができない三四郎は与次郎のadviceで図書館へ通い始める。
蔵書の一つのページ余白に記された落書きが披露されるが、それがヘーゲルのベルリン大学での哲学の講義についての批評。
これが含蓄のある文章。
岩波版全集の注を見ると元と思われる部分が漱石の書簡中にあるらしい。英国留学した漱石が畑違いのネタを使っているのに凄みを感じる。
(2)サザーン 'Pity's akin to love'(4章)
広田先生の引っ越しの手伝いで美禰子が持参したバスケットのサンドイッチを食べながら、広田先生の蔵書についての話からアフラ・ベーンと云う17世紀のイギリスの閨秀作家の話が始まる。「オルノーコ」という作品を戯曲化したサザーンの脚本の一節 'Pity's akin to love'をどう訳すかで盛り上がる。
漱石は東京帝大で「十八世紀英国文学」の講義を行い、全集に「文学評論」として講義録が収録されている。
このくだりは正に漱石の専門に入るわけだ。
漱石が英文学を学んだのは19世紀だったので、18世紀文学はまだまだ新鮮味があったわけで、よって17世紀は手が届く感じだったのでは。
今の目で見ると流石に古色蒼然という感じで相当ニュアンスが違ってくる。
(3)「ダーターファブラ」(6章)
上の学生集会で与次郎が相手に話しかける際に枕詞のように使った言葉。
注を見るとラテン語で古代ローマの詩人ホラティウスの作品に出てくる由。
これを話す与次郎を見た学生の一人がフランス語で'Il a le diable au corps'(悪魔が乗り移っている)と言うくだりもちょっとギョッとする。
覚えている限り漱石がフランス語を使っているのは他にないように思う。
(4)「ハイドリオタフフィア」(10章)
三四郎が広田先生から借りた本の名。Hydriotaphia。やはり17世紀の書物で優れた文章で知られていた著作の由。
とりわけ名文で知られた箇所の文語調の訳(当然漱石自身のものだろう)が記されている。
三四郎の感想という形でその文章の批評が記される。
三四郎が借りたのは原書だろうが、それを読みながら美禰子をモデルに「森の女」の制作に励む原口のアトリエへ向う。

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