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2015年2月28日 (土)

夏目漱石「三四郎」を読む-1

漱石の「三四郎」を読んだ。
昨年10月から朝日新聞に連載がスタートして、現在10章に入っており3月下旬に完結の予定である。
1,908年(明治41年)当時の紙面構成そのままで、表記は岩波文庫版に拠っている。

漱石は好きな作家なので新聞連載を機に新聞と並行して手元の新潮文庫で読んだ。
今回が3回目で、38年振りの読書になる。
新聞で読むと瑣末な処に目が行ってしまい、かつ日が変わることで前日の記憶が飛んでしまい、脈絡の把握がしにくく感じた。
一方文庫で読むとその逆で、細かな処は結構いい加減に読み進めてしまって、精密な読書がしずらいが、反面大きな筋の流れの把握はできることを感じた。

今回の「三四郎」の読書で感じたのは、単なる青春恋愛小説なぞでなく、エピソードが豊饒を極め、また漱石の学識の高さが全編に窺われ、一筋縄では行かない奥行きのある作品だということである。

以下に私の感想というか、覚えというか我ながら明確にできないが、いくつかにポイントを絞って綴ってみたい。

1.三四郎と美禰子の交渉
この小説の最大のテーマはやはり三四郎と美禰子の微妙な男女のさや当てだろう。
読んでいて、三四郎の対応は歯がゆい処無きにしも非ずとは言え、概ね理解しやすいが、美禰子の方は不可解というか、謎めいた感じがつきまとう。

三四郎の方は章を追うごとに美禰子への思いを募らせて行くが、美禰子の方は三四郎への通常以上の感情を思わせるくだりがあるかと思えば素っ気ない態度で三四郎を翻弄するような挙動を見せるなど、気持ちの捉えようがない。

二人の関係を象徴するキー・ワードがいくつかある。
(1)ストレイ・シープ
団子坂の菊人形見物へ行き、小屋の中の人混みで気分を悪くした美禰子は一行と別れ、三四郎と谷中、千駄木の谷間を流れる小川縁で休む。皆が心配しているのでは、との三四郎の言葉を引き取り、迷子を英語では「ストレイ・シープ」と云うのだと意味深なことを言う。
やがて三四郎のもとへ美禰子から2匹の子羊と悪魔が描かれた絵葉書が届く。
最終13章、美禰子がモデルになった「森の女」の前で与次郎に「森の女」という題が悪いと言い、三四郎が口には出さず「ストレイ・シープ」と繰り返すところで小説は終わる。
美禰子に翻弄され、恋に悩む三四郎を象徴するキー・ワードだ。
(2)ヘリオトロープ
母が野々宮の元へ送った仕送りを取りに行く途中に寄った店で偶然美禰子達と出会い、三四郎が無作為に選んだ香水に決めた美禰子。
それがヘリオトロープだった。
12章の最後の部分、教会へ行き、三四郎が美禰子へ金を返した時、美禰子が出したハンカチの香り。それがヘリオトロープの香りだった。
そして三四郎が美禰子の結婚のことを口にすると、嘆息(ためいき)と共に「われは我が愆(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」(旧約聖書「詩篇」51篇3行目)と囁くような声で美禰子は言い、二人は別離する。
美禰子を象徴する香水であると共に、不明瞭ではあるが三四郎への無意識の思いを象徴しているキー・ワードだ。
(3)団扇
母の手紙にあった同郷の野々宮の研究室を訪ねた後に寄った池(三四郎池)で美禰子との初の出会い。この時美禰子は和服で団扇を手にしていた。
6章後半、運動会見物に辟易し築山に上がっていて美禰子達と会い、やがて美禰子と二人きりになって池での初めての出会いが話題に上る。
また、10章原口画伯の絵のモデルとなった美禰子はやはり団扇を手にしていた。その帰路の二人の会話で三四郎はほとんど美禰子への恋の告白をする。
絵は二人が池で出会った頃から着手されていた。二人の前に人力車の男(美禰子の婚約者?)が颯爽と現れる。
絵がほとんど完成した今、それは美禰子が三四郎から遠い存在となることを暗示していた。

また、美禰子に関するキー・ワードとして、
(1)voluptuous
広田先生の引っ越し先の掃除に行き、美禰子が現れた時の三四郎の印象を漱石はこの言葉で描写している。
辞書を開いてみると「肉感的」とあり、今風に言えばsexyという感じで、性的ニュアンスが強い語と理解できる。
(2)アンコンシャス・ヒポクリット
これは、本文に出てくる語ではないが、漱石自身の造語。岩波版全集(第4巻)の小宮解説によると、美禰子を描写するにあたり漱石が意識していた概念。
「無意識の偽善家」と日本語を当てているが、漱石自身ヒポクリット=偽善家は適切な訳とは言えない旨断わっているらしい。
その辺の事情は小宮解説に詳しい。
美禰子自身明確な意識なしに結果的に三四郎を翻弄し、悩ませる挙動をしているのは、本編に明らかなところで目からうろこといったキー・ワードと言えるのではなかろうか。

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