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2015年4月

2015年4月29日 (水)

谷崎潤一郎展-2

谷崎潤一郎展の注

(注1)「陰翳礼讃」
日本と西洋文明を対比し、光を積極的に取り入れる西洋に対し、光が局限された陰翳の中にこそ日本古来の文化は光彩を放つと云う主張で、行灯、ロウソクといった灯具、漆器、建築、文楽などの芸能に至るまであらゆる分野に及んでいる中で印象深いものに女性の化粧の「青い口紅」の記述がある。

1,933(昭和8)年当時既に祇園の芸妓でも殆んど見られなくなっていたとしつつ、「女の紅い唇をわざと青黒く塗りつぶして、それに螺鈿を鏤めた」と書く。

すぐには思い出せなかったが、どこかで見たことがあると考えていたら、昨年箱根の岡田美術館で観た歌麿の「深川の雪」だったと思い当たり、録画していた「日曜美術館」で確認してみると遊女たちの下唇が緑色をしている。

番組中化粧品会社の過去の時代の化粧の研究者が、笹色紅といい、紅花の紅を濃く使うと緑色に発色するのだと言っていた。
江戸の文化文政期に流行したそうで、大変高価だったため庶民には手が届かなったようだ。

谷崎の記述は「深川の雪」の遊女たちの下唇と、色も青と緑で微妙に異なっているが、1,886(明治19年)生まれの谷崎であればこその見聞と云えよう。

(注2)
谷崎訳「源氏物語」
展示室の「源氏物語」の訳業について、説明文を見ていたら最初の翻訳の校閲者として「山田孝雄」の名があって、ちょっとドキっとさせられた。

50代に入った頃、鴎外の史伝を読み、岩波版第3次鴎外全集の月報に連載された富士川英郎「伊澤蘭軒標注」や石川淳のもの等を地元図書館でコピーしている内に、角川版体系の小泉浩一郎「渋江抽斉注釈」等鴎外関係の文献に触れたくなって千駄木の鴎外記念本郷図書館へ行き、1次、2次の全集月報の一部をコピーした中に、2次第7巻月報に「鴎外先生と一切経音義」という回想文がある。(注3)この筆者が山田孝雄である。

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私はこれを大変興味深く読み、山田孝雄という名前は記憶されていて、仏教学者とばかり思っていたので、「源氏」の校閲者とあったので面喰ってしまったのだ。
また山田孝雄は「やまだよしお」と読み、これは図録の記述中のルビで今回初めて知った。

谷崎「源氏」は'79年に中央公論から出た愛蔵新書版を5巻まで持っていて、昭和39年十月付け序文に山田孝雄博士の名が出てきて「山田博士も逝き」とあり自身も78歳の齢を重ねたことに触れ、昭和初年から携わってきた「源氏」の訳業の感慨をしみじみと綴っている。

(注3)注の注
大正末年、帝室博物館総長だった鴎外の依頼で、博物館所蔵の「大治本一切経音義」の複製及び「一切経音義索引」の編集をすることになったことにまつわる回想で、関東大震災によって、丹念に蓄積した資料が灰になったり、大治本欠落部分補填を「高麗蔵」に求めるも、国内のものはやはり一部欠落しており、朝鮮に完全版の版木と刷り本3部の存在を発見するも、所有先の閲覧、複製拒否に会い、最後は鴎外へ口利きを頼み、最後の1部が宮内省へ納められて、それによりようやく複製を果たせたという、気が遠くなるような、しかし学究の真摯さを感じさせる内容である。

2015年4月27日 (月)

谷崎潤一郎展

4月22日、神奈川近代文学館「谷崎潤一郎展」に行った。

没後50年を記念した展覧会で、1,998(平成10)年秋以来17年振り2回目の谷崎展だ。
谷崎の生涯を辿る点では前回と同じだが、今回は3人目の妻松子との往復書簡が公になった背景の元、松子への書簡へスポットを当て、谷崎の創作活動にとり松子の存在が如何に大きかったかを実感できるようになっている。

下は大仏次郎記念館を過ぎてすぐ、神奈川近代文学館の案内標識へ掲示された「谷崎潤一郎展」のポスター。

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これは文学館入口の看板。
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昨年5月の「太宰治展」以来、約1年振りになる。
毎回のことだが、ここは周到な準備の元に丁寧な展示で、期待に胸を高鳴らせて臨み、そして裏切られたことがない。
今回もそれは守られた。

たまたま地元書店店頭で目に止まり購入した角川ソフィア文庫「陰翳礼讃」を読んでいて、端倪すべからざる谷崎の芸術観の一端がうかがえる大袈裟かもしれないが畏怖すべきエッセイである。(注1)
1,933(昭和8)年谷崎47歳の作品で、80年前のものであるにも係わらず今でも全く違和感なく読むことができることに驚かされる。

この年は傑作「春琴抄」も発表されている。

私生活では2番目の妻丁未子と事実上の離婚状態となった年である。

'30(昭和5)最初の妻千代と離婚、千代は佐藤春夫と再婚した。
'31(昭和6)古川丁未子と2回目の結婚。
'32(昭和7)根津松子と恋愛に落ちる。
'34(昭和9)根津松子と同居。
'35(昭和10)丁未子と離婚。松子と結婚。

と、私生活においては目まぐるしい限りの転変を遂げている。
こうした混乱の坩堝の中で「春琴抄」が誕生しているのは、谷崎のたくましさを証明していると思う。

「春琴抄」の水も漏らさぬ完璧な作品世界、構成の妙によって谷崎に深く魅了させられたのだった。

目まぐるしいのは女性遍歴のみでなく、生涯を通して所在が転々とする点だ。

谷崎にとり大きな転機となったのは関東大震災により横浜の自宅が被災し、関西へ移住したことだ。
それがなければ松子との出会いもなかったわけで、畢生の傑作の数々も生れることはなかったわけだ。

戦時疎開で岡山県勝山の知人の元に身を寄せ、昭和20年8月14、15両日はやはり疎開で岡山に来ていた永井荷風の訪問を受け、手厚く接待している。荷風は「断腸亭日乗」にその顛末を記している。
荷風とはそれ以前から書簡の遣り取り等、緊密な関係が交わされていたようだ。
そもそもは「三田文学」誌上で荷風は谷崎を絶賛する文章を載せ、谷崎の文壇での出世に貢献して以来の交流のようだ。

戦後は京都に居を構え、晩年は熱海に移っている。

以前から感じていて今回も展示を見ていて思ったことは、書簡中の幾つかその他美しい筆跡のものもあるが、晩年に近付くほど毛筆による作品原稿は見た目がひどく悪い。ひたすら丹念に、愚直に書き連ねられた原稿を見ると、これでよくぞ緻密、精緻な作品を構築できるものだと感嘆させられる。

それに引替え、常設展示室の漱石の「門」原稿は大変美しい。好きな方を貰えるとすれば、ためらわず漱石を取るだろう。

が、活字になった谷崎の作品は、原稿の印象とは打って変わり華麗、耽美的な作品世界に相応しい見た目の非常な美しさを放っている。また、文体の豪華絢爛な点では知る限り谷崎の右に出る作家はいないかもしれない。三島はおろか、荷風をも凌駕していると思う。

展示室出口にさり気なく、この5月に刊行がスタートする中央公論新社の創業130年記念出版「全集」の見本として第1巻が置かれていた。
26巻平均600頁全冊を揃えようとは思わないが、今回の展示を見て先ず「蓼喰う虫」の再読、そして「細雪」は改めて是非とも読もうとの思いを強くし、又いずれは谷崎訳「源氏物語」を読みたいと思った。(注2)

2015年4月 5日 (日)

イリーナ・クリコヴァ・ギターリサイタル(その2)

さて、イリーナ・クリコヴァのリサイタル・プログラムの最大の特徴は母国ロシアの作品を核に据えているところであろう。
コンスタンチン・バシリエフ、セルゲイ・ルドネフ、そしてアンコールではコズロフと3名も採用した。

バシリエフはシベリア出身で今年45歳、「3つの森の絵」はロシア出身のローマン・ヴィアソフスキーに献呈された作品。

「樫の老木」、「春を告げる花 」はゆっくりした曲。
「春を告げる花 」の方は、曲名に似ず、ものうい曲調で、うきうきする気分には程遠い曲だ。
「森の精霊の踊り」は急~緩~急の3部分形式でヴィルトゥオージティを発揮するにふさわしい曲。

ローマン・ヴィアソフスキーといえば第42回東京国際ギターコンクールの覇者。
そして翌年のコンクールへ招待され、ゲスト演奏をしている。
私は両年とも会場へは行っていないが、招待演奏の方はやはりNHKFMで'00年12月23日オン・エアの第43回東京国際ギターコンクールの特別番組のエア・チェックで聴いている。
曲目は

・A.ホセ「ソナタ」
・バシリエフ「3つの森の絵」から「森の精霊の踊り」
・R.ディアンス「リブラ・ソナチネ」から「フオコ」
だった。
よって、この時すでに作曲されていたわけだ。

先にローマン・ヴィアソフスキーをロシア出身としたが、クリコヴァ・リサイタルの放送に従ったもので、先にペぺの項で記した「現代ギター」NO.421('00年2月号)グラビアの第42回東京国際ギターコンクールのレポートではウクライナ出身になっている。

'99年の第42回の直前の11月23日に千葉県富里町(当時)で行われたプライベート・コンサートで、私はローマン・ヴィアソフスキーを聴く機会に恵まれた。
当時@niftyの前身のNIFTY-SERVEのPATIOにギター専門誌「現代ギター」の当時の編集長が主宰していたGG-PATIOへ、会員の地元の方が情報提供されて、妻と聴きに行ったのだ。

こちらは何を演奏したのかメモがなく、記憶も残っていないが、恐らくコンクール本選自由曲、課題曲に重複したものだったと思う。

・ポンセ「主題、変奏と終曲」
・ディアンス「フオコ」
は入っていたような気がする。

この人は当時25歳だったので今は40歳になる。ケルン音大で佐々木忠に師事していた。
富里でのコンサートは、佐々木氏の姉君が在住していた縁で実現した由。

バシリエフのもう1曲「3つの抒情的作品」は副題が興味深い。
「エレジー」は、どこがラフマニノフなのか、よくわからなかった。
「回想」は、中間部のトレモロがバリオスを連想させる。
「モジアナ」は、非常に哀感溢れる曲調。’V=ロボスの思い出に’のサブ・タイトルが最もふさわしく感じる作品だ。

前半のプロの柱の一つバッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」 (自編)
福田のバッハチクルスVol.4の解説によれば、種々の調性でのアレンジが出ているそうだが、聴いた限りではニ長調のようだ。
ちなみに福田氏のdiscもニ長調。
双方比較すると、福田氏には見劣りするようだ。(あくまで相対的なもの)

そして前半もう一つの柱のソル「幻想曲第7番」
当夜の白眉かも知れない。
これぞソル、というべき規範的な格調高い演奏。
ロシアの人がソルの核心を捉えた演奏をするというのも何か妙な気がするが、ソルはコスモポリタンな作風なので、前言は偏見と云うものだろう。

30日(月)の放送に触発され、久し振りにギター音楽に浸った一週間となった。

イリーナ・クリコヴァ・ギターリサイタル(その1)

3月30日(月)NHKFMベスト・オブ・クラシックで「イリーナ・クリコヴァ・ギターリサイタル」がオン・エアされた。
'13年9月20日に武蔵野市民文化会館小ホールでの演奏。
約1年半を経ての放送とは異例だが、「ベスト・オブ・クラシック・セレクション」とあったので、今回は再放送の可能性が高い。
プログラムは以下の通り。

1アルベニス「アストリアス」
2J.S.バッハ~自編「無伴奏チェロ組曲第1番」
3ソル「幻想曲第7番」op.30
4コンスタンチン・バシリエフ「3つの森の絵」

・樫の老木
・春を告げる花
・森の精霊の踊り
5コンスタンチン・バシリエフ「3つの抒情的作品」

・エレジー ~ラフマニノフの思い出に
・回想   ~A.バリオスの思い出に
・モジアナ ~V=ロボスの思い出に
6セルゲイ・ルドネフ「古い菩提樹」
7ターレガ「アランブラの想い出」
Enc
1ホセ・マリア・ガジャルド・デル・レイ「前奏曲」~カリフォルニア組曲
2コズロフ「美しいエレナのためのバラード」
CDから
テデスコ「ソナタ~ボッケリーニ賛」op.77から第1楽章

という堂々としたもの。
演奏も同じで、女性であるが、音楽の造形が雄大で、力強い音、男性的で、技術もしっかり、安定している。
ロシア出身で、母親はチェリストとのこと。
おそらく20~30代の若いギタリストと推察する。

NHKFMもしくはTVでギターが取り上げらるのは稀で、殊に'00年以降その傾向が増しているようだ。
女流では'11年5月16日オン・エアされたパク・キュヒ。'11年2月10日のこれも武蔵野市民文化会館小ホールでの演奏である。
クリコヴァを剛とすれば、こちらは柔。確かなテクニックであることは同じだが、極めて柔軟なしなやかな演奏だ。

'13年1月7日オン・エアのアナ・ビドヴィチ。これはザグレブ・ソロイスツのコンサートへの客演でVivaldiのコンチェルトRv93二長調、425ハ長調(共にギター編曲版ではポピュラーな作品)を演奏している。ソリストのアンコール演奏で「アストリアス」、「アランブラの想い出」とクリコヴァと同じ曲を弾いた。
この時のベスト・オブ・クラシックは7~10日と連続で世界の新進ギタリストのコンサートを特集した画期的なものだった。

直近では'14年9月26日オン・エアのペぺ・ロメロ。'14年5月18日浜離宮朝日ホールでの演奏。
ぺぺのベスト・オブ・クラシックは'00年6月7日オン・エアの'99年12月10日東京オペラシティ武満メモリアルHの録音も持っている。
15年の時間の隔たりは決して短いものではないし、70代に入っていることを考えると演奏の充実ぶりに驚かされる。

特筆しておかなければならないのは、このペぺの2つの来日演奏にはソルの作品番号なしの「幻想曲」が弾かれていることだ。
福田進一のCD「ソル作品集2」の濱田滋郎氏の解説によれば従来ソルの「幻想曲」は7番までだったところ、20世紀も終盤に手稿譜が発見され、ペぺ・ロメロにより楽譜は校訂、出版され、初録音もされた由。
いわばぺぺにとり、貴重な作品となるわけだが、CDの福田の演奏と聴き比べてしまうとぺぺがいかにも冗長、緩慢に聴こえてしまう。
また、FMでは共に「二短調」とあるが、福田のCDでは「ニ長調」。
序奏は二短調だが核である主題と変奏、ロンドはニ長調なので「ニ長調」とすべきだろう。
「現代ギター」NO.421('00年2月号)グラビア・トップがペぺのコンサートでプログラムが紹介されているが、これも「二短調」。恐らくは当日のパンフレットに従ったものだろう。
因みにGG誌によれば、この時がぺぺの日本初ソロリサイタルだ。

以上のコンサートでは、興味深いことに、すべて「アランブラの想い出」が演奏されている。
甲乙付けがたく、逆に言えば際立った演奏はない。
それだけこの曲の完成された演奏が如何に難しいかの証明と云えよう。

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