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2015年5月30日 (土)

箱根(その4)

12時に山のホテルをチェックアウトする。
宿泊の特典でモーターボートで芦ノ湖を周遊した。
時間はものの10分に満たず、あっという間だったが風も強くなく気持ちよいひと時だった。

ホテル直下にある専用桟橋。
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まずは湖尻方面へ向う。右にせり出ているのは駒ケ岳ロープウェイ乗り場がある処。
雲が一面蔽っているが、晴れれば正面に富士が見える。

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湖上からはるか山のホテルを見る。やや右の赤と白の建物がホテル。

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下船し、ホテルへ戻り、売店で買い物。
箱根名物のさまざまな寄木細工を置いていて、いつも何か購入しているが今回は携帯ストラップをGET。
女性は大体ショッピング好きだが、妻もご多分に漏れずあれこれ時間をかけて品定めをするのが大好きとあって、気の済むまで自由に見させた。
自分はこの間、川瀬巴水の版画に見入ったり、ホテルの来歴のパネルを見たりしたが、ほとんどロビーの椅子へ座っていた。

1時48分ホテルを出発し、隣接する箱根神社へ。
箱根へは何回も来ているが、箱根神社は8年振り2回目。
前回はたまたまバイクのツーリスト達の集会に遭遇したが、今回は若い中国人の団体に居合わせた。
妻にいつも嫌な顔をされるが、寺社参拝の折は必ずお守りを求めることにしている。
ご利益を期待していないと言えば嘘になるが、半ば習慣化していて、強いて言えば一種のコレクションのようなものである。

箱根神社の歴史は古く由緒書によれば神話時代まで遡ることになっているが、割り引いても平安初期には存在していたようである。
祀る神は3神、瓊々杵尊(ににぎのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、そして二人の間の皇子の彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)。

本殿への石段。石段両側に鬱蒼とした杉の古木が生い茂る。

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上から見た石段。
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芦ノ湖に建てられている箱根神社の鳥居へ。
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箱根神社を後にし、十国峠へ向う。丁度3時着。
走行中もそうだったが、十国峠の頂上でも鶯の鳴き声が至る所で聴こえていた。
麓のレストハウスで遅い昼食を摂り、ケーブルカーで頂上へ向う。

添乗員の女性は、この4月に入社したてのピカピカのフレッシュウーマン。

下りの便もこの女性だったが、澱みのないガイドをしてくれた。
ふもとから頂上駅を見る。

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ガイドの女性によれば朝は富士が見えていた由。何回か十国峠へ来ているが、まだここから富士を見たことがない。
この日も天候は決して悪くはなかったが、富士の方面は雲が出ており見ることが出来なかった。

下は箱根方面の峰々。
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十国峠へ来た最大の目的である源実朝歌碑へ向かう。
右側は伊豆半島。
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実朝歌碑。
「箱根路を我が越え来れば伊豆の海や沖の小島に波の寄る見ゆ」
実朝22歳の折、二所詣で(伊豆山、箱根権現)の際に詠んだと言う。

昭和8('33)年熱海の篤志家により建立され、平成4('92)年に熱海市がこの場所へ移設した由。

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ケーブルカーの最終便は4時50分と早く、我々は1便早い4時35分へ乗った。

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ふもとのレストハウスも閉店は5時で駐車場も同時に閉めてしまうとの事で急かされるように十国峠を後にし、箱根新道を下り、小田原の鈴廣「かまぼこの里」でお土産のかまぼこetcをGETし帰路に就いた。

小田原厚木道路から東名へ入り、海老名PAで休憩、買い物後、7時13分同PAを出発。
横浜町田ICで東名を降り、保土ヶ谷バイパス、狩場線、湾岸線からアクアラインと乗り継ぎ木更津へ帰着したのは8時20分だった。

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