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2015年9月

2015年9月29日 (火)

花と昆虫

早いもので彼岸も過ぎ、日一日と秋が深まろうとしている。
半袖ではもう寒い感じだ。

百日紅は盛りが過ぎて久しく、彼岸花が其処此処に目に付いたのも早や過ぎ去ろうとしており、金木犀の甘酸っぱい香りがただよう今日この頃だ。

日曜の27日は十五夜、昨28日はスーパームーン、共に目にしたが、後者は帰宅時に玄関先で見た。

彼岸の中日に妻の実家の庭でのささやかな発見を紹介したい。

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これがそれ。

花の直径は数ミリと小さく、その代わり見るとおり数が多い。
花の名は未詳。
この年までこの花をそれと認識した事がなかったが、歩いていると道端や公園など至る所で見かける。或る人によれば雑草の類だそうだ。

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これがアップで、花弁が6個、それに対応して雄しべがあり、中心に雌しべ、花弁に対して大きすぎてアンバランスだ。
花自体は白で形も清楚な印象。

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目を凝らすと花に蜂が蜜を吸いに来ている。
蜂のみならず、蟻もいるのがわかる。
さながら花と昆虫達の饗宴の場である。

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アップ写真。
随分小型の蜂である。
蜂、蟻とも名前はわからないが、読み始めている「ファーブル昆虫記」に登場する狩蜂の一種か。

蜜蜂の様な集団生活をする種と、それに対して狩蜂は単独に活動する種で、成虫は花の蜜を主食とするが、獲物は1種に決まっているらしいが種によりバッタとかコオロギとかを捕まえて毒針で刺して麻痺させ、巣穴へ運んで来て産卵し、孵化した幼虫の新鮮な食料とするのだそうだ。

巣穴一つで幼虫一匹分、獲物は2,3匹で、食べ尽くすと蛹になり、約1年かけて羽化、晴れて成虫となるのだそうだ。
成虫としての寿命は短くおよそ2カ月ほど。

「ファーブル昆虫記」第1巻(*)訳注にハチの系統分類が紹介されているが、ハチ類は膜翅目といい、広腰亜目と細腰亜目に分かれ、「昆虫記」の狩蜂は後者で、私が見たのは反対の広腰亜目の方だと思うので、実際に狩蜂なのかどうか。

昆虫は、我々人間から見ると全く別世界の生物だ。

身近な場所でファーブルを思ったひと時である。

*:奥本大三郎訳、集英社

2015年9月13日 (日)

漱石「それから」-4(最終回)

3 その他
(1)「それから」と「三四郎」のアナロジー
岩波版漱石全集と云えば、巻末の小宮豊隆による解説がかつて定番だった(今はどうだろう?)。
その「それから」の小宮解説に示唆された事を記す。
「三四郎」のアンコンシャス・ヒポクリシーが「それから」でも男女の立場を入れ替えて成立しているというものだ。
「三四郎」では、美禰子に淡い感情を抱く三四郎が奔放な美禰子に翻弄される。
美禰子は明確に意識しているわけではないが、三四郎を振り回して行く事をアンコンシャス・ヒポクリシーと云ったが、「それから」では代助が三千代に対して、三四郎に対する美禰子の立場にいるというものである。

ただ「それから」を読んでいると、代助よりも三千代の方が役者が一枚上と云う感じもある。

3年振りに三千代と再会した代助は徐々に三千代への思いを募らせて行き、或る日一方的に三千代へ愛を告白する。
三千代にしてみれば、人妻となった自分に何で今更、と心を弄ばれている気持ちだろうが、今一度小説を振り返ってみると、再会後三千代は代助に無言のアピールをしていて、代助が徐々に三千代への気持ちを膨らませて行った根には、三千代の下心を認めざるを得ない。

小説の終わりでは代助の精神はパニックに陥っている。
エピローグは長井代助と云う温厚な高等遊民が全てを失い、破滅して行く事も予感させる書きぶりだ。
と云うように、翻弄されているのは三千代というより代助の方で、地獄の劫火の中へ入って行くようなエンディングとなっている。

ただ、平岡の口から語られる、三千代が病に伏してしまう事の意味するところも深いものがある。
代助との遣り取りで気丈な一面を見せた三千代だが、殆んどその直後に倒れ、重い神経衰弱を患ってしまう。
かねて心臓に持病を抱え、病弱な三千代にとって、代助の唐突な告白は嬉しくもあり、且つ逆境に対抗する精神力も備わってはいたが、それを支える肉体がその重圧に耐えられなかったという事か。

いずれにしても「それから」は、「三四郎」の直接の続編ではないが、「三四郎」を連想せざるを得ない作品であり、それに続く作品を予感させる作品である。

(2)「断片」のメモ
私の漱石全集15巻は「日記・断片」が収められ、明治42年の断片に「それから」の「コンテ」(江藤淳「漱石とその時代」第4部15章から引用)が載っている。
本文と対照すると、大変正確に内容が一致することが分かる。

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漱石全集15巻「日記・断片」から(岩波書店版)

江藤淳によれば構想段階でコンテをまとめ、それに忠実に原稿を書きすすめたとの事だが、コンテと本文テキストには途方もなく大きな距離があり、むしろコンテは帰納的に出来あがったものと云う印象を受ける。

またコンテは15章の4までにメモが書かれ、5は数字が記されているだけで、16章以降は欠けている。
コンテの次にはやはり作品とパーフェクトに照応する主要登場人物リストが記されている。

(3)谷崎潤一郎のエッセイ
谷崎の「現代口語文の欠点について」と云うエッセイに、「すでに紅葉漱石のごとき江戸人ですらこの文体で立派な作品を遺している」(角川ソフィア文庫「陰翳礼讃」P.61)という下りを発見した。

このエッセイも端倪すべからざる谷崎の感覚を証明するものだと思うが、こう谷崎が言っている裏では、決して漱石の文章を手放しで称賛しているのではないという事なのだろう。

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このエッセイで谷崎は口語体、古文、ひいては外国語および翻訳文にまで対象を及ぼし、文法的な考察を加えて、要は日本語古文の優秀性を述べている。
表題からして谷崎は現代文には批判的だが、社交辞令的にではあるが漱石を認めているのが印象的だ。

そう言えば、確かに漱石の文章は即物的で当て字的な用語も多く、漱石より優れた文章家は珍しくないかも知れない。
ただ作品の総合的な価値で考えると漱石は世界文学レベルでも相当上位にランクされる作家だと思う。

漱石「それから」-3

2 激流
「それから」は第14章から豹変し、それまで積み上げて来た代助像をかなぐり捨てるようにして、その対極へ一気に行ってしまう。

三千代を自宅へ呼び、「僕の存在には貴方が必要だ。何うしても必要だ。」と告白する。
ここでは、代助の意識で幸福(ブリス)と苦痛が表裏一体となっていること、三千代への恋を貫徹することの光と影を漱石は立体的に描いている。

ここは漱石作品のみならず、過去の読書において一番強烈な印象を受けた箇所である。

二人の愛を象徴するものとして百合が印象的に用いられている。
時系列的には、二人が知り合った頃、代助が三千代の家へ持って行ったのを発端として、三千代が代助を訪問する際に持参、かつて代助がした仕草を真似て代助からたしなめられるところ、そして三千代へ告白する場面でも代助は室内に百合をあしらっている。

もう一つ印象的なのは三千代の銀杏返し。
東京へ来たての頃、その髪型をしたことがあって、代助を初めて訪れた際に、この髪型をしていた。

いずれのエピソードも、三千代の代助への思いは明白である。

三千代は代助から呼び付けられた時は、予感はあったろうが、告白を受け、「余んまりだわ」「残酷だわ」と涙をこぼす。
そして平岡への背信となる事に対し、決然と「覚悟を決めましょう」と神経の太い処を見せるが、代助は逆に水を被った様に女々しく身震いする。

代助は平岡を自宅へ呼び、三千代との事を告白する。
平岡は代助との絶交を宣言し、三千代の急病を伝え、それが回復するまでは会う事も引き渡す事も中断する旨を表明する。

代助は自制心を失い、朝、昼、夜と平岡宅周辺へ足を運ぶが、三千代との連絡はつかず、困憊している処へ父からの勘当の知らせを兄誠吾から受ける。
平岡は代助の父へ三千代と代助とのいきさつを長文の手紙で暴露したのだ。

そしてエピローグ。
「門野さん。僕は一寸職業を探して来る」と身を焦がすような炎天下へ出て行き、電車の中で「ああ動く。世の中が動く」と口走る。
代助の目に次々と赤い色が飛び込んで来て、最後は真っ赤になって頭の中で回転を始めるところで「それから」は完結している。

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「それから」連載最終回(第17章の三(第110回)朝日新聞'15.9.7(Mon.))

2015年9月 7日 (月)

中野振一郎チェンバロ演奏会

地元の君津市民文化ホールで中野振一郎のチェンバロを聴いて来た。
題して、「宮廷音楽への招待状」~チェンバロとヴァイオリンの優雅な響き~で、三井住友海上文化財団の派遣コンサートである。
よって、料金は\1,500と格安だった。
2部構成で、1部は中野のチェンバロ独奏、2部はヴァイオリンの川田知子との2重奏だった。
全体を通して中野の温か味のある解説がステージと会場を親密にしていた。
プログラムは以下のとおり。
第1部
1.B.ガルッピ「アンダンテ ハ長調」
2.J.S.バッハ「イタリア協奏曲へ長調より第1楽章」
3.J.Ph.ラモー「タンブーラン ホ短調」
4.J.B.de.ボワモルティエ「のみ」ホ短調
5.J.S.バッハ(編曲:中野振一郎)「シャコンヌ 二短調」
第2部
1.G.F.ヘンデル「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ長調」
2.W.A.モーツァルト「ヴァイオリン助奏付きチェンバロソナタ ニ長調」K.27
3.J.M.ルクレール「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ニ長調」
アンコール:J.S.バッハ「ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第1番より第3楽章」

今回のコンサートで使用されたチェンバロはダニエル・デュルケンが1,745年に製作したフレミッシュ・ハープシコードのレプリカで、百瀬昭彦氏の1,995年の作品。
蓋裏の風景画はオリジナルにはなく、別のデュルケンの楽器からの模写とのことだが、見事なもので演奏をより引立てていた。

バッハ「シャコンヌ」は、昨年群馬県で様々な楽器で「シャコンヌ」を弾き較べるという催しがあり、中野氏も自編での参加となり、その後何度か改訂を重ねて来ている由。
非常に歯切れの良い演奏で、テンポはものすごい速さ。
この人は、指回りはよく、澱みのない演奏だが、「シャコンヌ」に関しては速いパッセージ、32分音符の音階とか、アルペジオに不満の残る演奏だった。

「シャコンヌ」総体としてもやや雑な印象を受けた。
とはいえ、チェンバロの「シャコンヌ」は新鮮で、中野氏の創意も盛り込まれ、心に残る演奏だった。

モーツァルトの作品は10才の時のものとのこと。ヴァイオリンの助奏は父のレオポルトが付けたという稀少な作品。
先日もモーツァルト「交響曲第1番変ホ長調」K.16をTV(*)で鑑賞したが、円熟の境地に達した作曲家のものとしか思えないこの作品を8才で作ったと聞いて驚いた事を思い出した。
*:1,812回N饗定期('15.6.12)

ヴァイオリンの川田さんは、颯爽として、清潔感のある大変好感の持てる演奏だった。
アーティキュレーションが明解で、リズム感も良く、こういう人と合せるともの凄く弾き易いのだろうな、と感じながら聴いていた。
プログラムのプロフィールを見るとCDはマイスター・ミュージックから出ていて、福田進一との協演のディスクもある由。

終演後、ロビーで二人のCD販売、サイン会があり、「シャコンヌ」が収録されたものをGET。川田さんもサインしてくれた。

中野氏の実演は今回が初めて。以前FMのスタジオコンサートで聴いているので、氏の人柄、実力は承知していた。
CDのジャケットを見ると、「若林工房」という富山県魚津市のメーカー。
大手メーカーの所属とばかり思っていたので意外だった。

またサイン会と並行してステージでは製作家の百瀬氏によるチェンバロの説明会があり、妻は参加、自分は希望者が多かったので、会場で遠くから窺うにとどめた。

2015年9月 2日 (水)

漱石「それから」-2

1 長井代助
漱石作品の主人公中、これ程丹念に造形描写された人物はいない。
風貌、人生観等細かく叙述されているが、読んでいると随処に納得し難い記述や、矛盾した内容の箇所があり、漱石の書きぶりに乱れが感じられる。
(1)美丈夫
第1章が始まってすぐ、「歯並び」良く、「皮膚には濃かな」「光沢(つや)があ」り、「香油を塗り込んだあとを、よく拭き取った様に」「局所の脂肪が薄く漲って見える。」「黒い髪を分けた。油を塗(つ)けないでも面白い程自由になる。」「彼は」「肉体に誇を置く人である。」
また第11章の始めでも「人の羨む程光沢(つや)の好い皮膚と、」「柔かな筋肉を有」ち、「生れて以来、」「大病」「を経験しなかった位、健康に」「幸福を享けていた。」
といった様に外見上は一点のきずも無い美丈夫として描かれている。
(2)思想
以上のように理想的な肉体の所有者である代助だが、その精神は健全と云えるかとなると疑問符が付く。
ⅰ 高等遊民
第2章で代助宅を訪れた親友平岡との会話で、代助は「処世上の経験程愚なものはない。苦痛がある丈ぢゃないか」とか「麺麭(ぱん)に関係した経験は切実かも知れないが劣等だ。麺麭を離れ水を離れた贅沢な経験をしなくっちゃ人間の甲斐はない。」と、正に「処世上の経験」で悪戦苦闘している平岡の神経を逆撫でする事を云う。
代助は親の経済援助で生計を営み、やりたい事をやるだけという結構な身分である。
代助の父が軽蔑的に言った「遊民」という語に対して、代助は職業で汚されない充実した時間を有する上等人種という認識を持っている。(岩波版全集(1,974年)第4巻P.345)
唯、彼の精神は積極性に欠けていて、平岡との会話中で派生した疑問についても、敢えて追求しようしない。
これを漱石はnil admirari(ラテン語「何にも驚かない。」ホラティウスの詩に出て来る語。)と表現して代助の感受性の鈍磨、溌剌さの欠如をほのめかしている。
ⅱ 論理の矛盾
(a)労働観
第6章で平岡宅を訪問し、酒を酌み交わしながらの会話で、代助が働かない理由について議論になる。
代助は、屁理屈を捏ね、社会の疲弊が人々の精神の困憊、道徳の退廃を招き、働く意欲を削いでいる、と訳のわからない事を云う。
平岡に、生活に困らないからそんな呑気な事を言っていられるんだ、と云われ、「あらゆる神聖な労力は麺麭を離れている。生活の為の労力は、労力のための労力ではない」。とうそぶく。
平岡は「君の様な身分でなくっちゃ、神聖の労力は出来ない訳だ。ぢゃ益々」働かねばならない、と遣り込められる。
ここは平岡の云う通り、代助の理屈は働かない立場を自ら否定する循環に陥っているようだ。
(b)結婚観
第3章で父ゆかりの資産家の娘との縁談に乗り気でない代助は、「先祖の拵えた因縁より、自分の拵えた因縁で貰う方がいい」と暗示的な事を云う。
第7章後半で結婚に消極的な代助の姿勢が記される。その理由として、
・性格が一図に集中できない
・頭が鋭敏で、幻像(イリュージョン)打破へ向ってしまう。
・経済的に恵まれ、ある種の女を多く知っている。
としている。
これは、代助ではなく作者の漱石の分析として文中に出ている。
印象として、勝手気ままであると共に、上の2つは意味がよくわからない。
代助自身は結婚に興味がないから、積極的に動こうとしないと漱石は明解に書いているが、親の経済援助のもとで独身生活を続けている代助の精神には甘さがあると言わざるを得ない。
また第11章末尾で、代助が固定的な愛(結婚)に否定的な考察を展開しつつも、突然三千代をイメージするくだり。
「すると、自分が三千代に対する情合も、この論理によって、ただ現在的なものに過ぎなくなった。」
徐々に三千代への思いを募らせて行く傍ら、冷めた思考を展開する代助を漱石は表現しようとしているのだろうが、この辺り、漱石の叙述には論理の飛躍というか、代助の思考内容は三千代への愛を否定するものとなってしまっており、叙述が分裂していて説得的とは言えない。
(c)人生観
第11章冒頭、代助は初夏の街へ散歩に出るが、目的もなく歩いているのが馬鹿々々しくなってくる。
漱石は代助がアンニュイに襲われたと記すが、これは代助が一種のうつ状態に陥っているということなのだろうか?
帰宅した代助は人生の目的について考察する。先に述べたⅰ、ⅱaにおいても展開された理論では、目的のある行為は堕落となるので、代助は自己の欲求の赴く処に従い行動して来た(無目的が行為の目的となる)。
唯、アンニュイ状態になると、その行為自体の意義に疑念が生じて来る。
この辺り、心理分析、哲学的思考の展開に精神病理的想念がミックスされて、よく理解できない部分だ。
精神の閉塞状態に陥った代助は、「やっぱり、三千代さんに逢わなくちゃ不可ん」と、啓示を受けた如く目の前が開ける。

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