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2015年9月13日 (日)

漱石「それから」-4(最終回)

3 その他
(1)「それから」と「三四郎」のアナロジー
岩波版漱石全集と云えば、巻末の小宮豊隆による解説がかつて定番だった(今はどうだろう?)。
その「それから」の小宮解説に示唆された事を記す。
「三四郎」のアンコンシャス・ヒポクリシーが「それから」でも男女の立場を入れ替えて成立しているというものだ。
「三四郎」では、美禰子に淡い感情を抱く三四郎が奔放な美禰子に翻弄される。
美禰子は明確に意識しているわけではないが、三四郎を振り回して行く事をアンコンシャス・ヒポクリシーと云ったが、「それから」では代助が三千代に対して、三四郎に対する美禰子の立場にいるというものである。

ただ「それから」を読んでいると、代助よりも三千代の方が役者が一枚上と云う感じもある。

3年振りに三千代と再会した代助は徐々に三千代への思いを募らせて行き、或る日一方的に三千代へ愛を告白する。
三千代にしてみれば、人妻となった自分に何で今更、と心を弄ばれている気持ちだろうが、今一度小説を振り返ってみると、再会後三千代は代助に無言のアピールをしていて、代助が徐々に三千代への気持ちを膨らませて行った根には、三千代の下心を認めざるを得ない。

小説の終わりでは代助の精神はパニックに陥っている。
エピローグは長井代助と云う温厚な高等遊民が全てを失い、破滅して行く事も予感させる書きぶりだ。
と云うように、翻弄されているのは三千代というより代助の方で、地獄の劫火の中へ入って行くようなエンディングとなっている。

ただ、平岡の口から語られる、三千代が病に伏してしまう事の意味するところも深いものがある。
代助との遣り取りで気丈な一面を見せた三千代だが、殆んどその直後に倒れ、重い神経衰弱を患ってしまう。
かねて心臓に持病を抱え、病弱な三千代にとって、代助の唐突な告白は嬉しくもあり、且つ逆境に対抗する精神力も備わってはいたが、それを支える肉体がその重圧に耐えられなかったという事か。

いずれにしても「それから」は、「三四郎」の直接の続編ではないが、「三四郎」を連想せざるを得ない作品であり、それに続く作品を予感させる作品である。

(2)「断片」のメモ
私の漱石全集15巻は「日記・断片」が収められ、明治42年の断片に「それから」の「コンテ」(江藤淳「漱石とその時代」第4部15章から引用)が載っている。
本文と対照すると、大変正確に内容が一致することが分かる。

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漱石全集15巻「日記・断片」から(岩波書店版)

江藤淳によれば構想段階でコンテをまとめ、それに忠実に原稿を書きすすめたとの事だが、コンテと本文テキストには途方もなく大きな距離があり、むしろコンテは帰納的に出来あがったものと云う印象を受ける。

またコンテは15章の4までにメモが書かれ、5は数字が記されているだけで、16章以降は欠けている。
コンテの次にはやはり作品とパーフェクトに照応する主要登場人物リストが記されている。

(3)谷崎潤一郎のエッセイ
谷崎の「現代口語文の欠点について」と云うエッセイに、「すでに紅葉漱石のごとき江戸人ですらこの文体で立派な作品を遺している」(角川ソフィア文庫「陰翳礼讃」P.61)という下りを発見した。

このエッセイも端倪すべからざる谷崎の感覚を証明するものだと思うが、こう谷崎が言っている裏では、決して漱石の文章を手放しで称賛しているのではないという事なのだろう。

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このエッセイで谷崎は口語体、古文、ひいては外国語および翻訳文にまで対象を及ぼし、文法的な考察を加えて、要は日本語古文の優秀性を述べている。
表題からして谷崎は現代文には批判的だが、社交辞令的にではあるが漱石を認めているのが印象的だ。

そう言えば、確かに漱石の文章は即物的で当て字的な用語も多く、漱石より優れた文章家は珍しくないかも知れない。
ただ作品の総合的な価値で考えると漱石は世界文学レベルでも相当上位にランクされる作家だと思う。

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