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2015年11月

2015年11月26日 (木)

琳派展-京都、奈良行(7)

「琳派 京(みやこ)を彩る」展。旅の最終日10月31日(土)は丁度会期半ばにあたる日だった(11月23日までなので、既に終わっている)。
平成知新館という新館が会場。
京都国立博物館は平成19年狩野永徳展以来だが、その時は知新館はまだ出来ていなかった。

3階から下の階へと進む順路。
作品数も多からず少なからずだったので、じっくり鑑賞でき、見応えもあり充実感が得られた。

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上は出品目録

最も印象に残ったのは宗達「風神雷神図屏風」(国宝。NO67)

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宗達のみならず、光琳そして抱一の「風神雷神図屏風」を一堂に見ることが出来、壮観だった。

光悦、宗達「鶴下絵三十六歌仙和歌巻」(重文。NO27)

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宗達の下絵と自在な光悦の筆とのコラボレーションが見事。

光悦「舟橋蒔絵硯箱」(国宝。NO12)
TV東京「美の巨人達」で読み解きを見たが、技法、独創性、それに奇跡が加わり、この途方もない作品が誕生した由。

展示時期により残念ながら見られなかったのは、抱一「夏秋草図屏風」(重文。NO70)と光琳「八橋蒔絵螺鈿硯箱」(国宝。NO114)。
「夏秋草図屏風」も「美の巨人達」で解説していたが、光琳の「風神雷神図屏風」の裏に描かれた作で、「風神雷神図」と呼応する構成となっているのに唸らされた。

現在朝日新聞に連載中の漱石「門」にも抱一「秋草図屏風」が登場する。
四の11で(10月21日付け)、秋の七草に銀の月が描かれ、基一と署名された俳句の賛が添えられ、抱一の落款が押されているというように、かなり具体的に書かれているが、実際の作品をベースにしているわけではなく、どうも漱石の空想の産物らしい。主人公宗助が叔父へ預けていたのを引き取るが、持て余して骨董屋へ売ろうとして、その駆け引きの様子が描写されている。

リストを見ていると抱一もそこそこ展示されているが、光悦、宗達、光琳に重心があり特に光悦、宗達に軸足を置いた構成であることが分かる。
琳派誕生400年を記念した展覧会であるから当然の帰結だ。

宗達「風神雷神図屏風」を見るのは今度が初めてである。
過去に東京他で琳派の展覧会は結構見ていて、その中の2つにこの作が含まれていたが、あいにく両方展示期間から外れていて縁がなかった。
平成20年('08)秋の東京国立博物館の大琳派展では「風神雷神図」が宗達、光琳、抱一、基一と4作が一堂に会しているが(基一のみ襖)、私が見た日は宗達だけが展示日でなかったが、圧巻だった記憶があって記憶が定かでないが宗達は複製が架かっていたかもしれない。
よって気分的には宗達の実物は初めてという気がしない。

大琳派展は光琳生誕350年を記念したもので、光悦、宗達から光琳、乾山そして抱一、基一に至る質量共私が行った琳派展中では一番の展覧会である。
同じ年の夏、琳派だけではないが東博で開催された「対決巨匠たちの日本美術」展で、光悦、宗達、光琳、乾山が出品されたが、やはり宗達、光琳の「風神雷神図屏風」の実物を見はぐっている。

平成23年('11)は抱一生誕250年を記念した展覧会を2つ見た。
第1は出光美術館の「琳派芸術-光悦・宗達から江戸琳派」で、会期を分け、2部構成とし、第1部は光悦、宗達、光琳に、第2部は抱一、基一の江戸琳派に焦点を当て通期で乾山他の陶芸作品を展示するというもの。

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規模は小さいながら、テーマ性が明確で、特に第2部は1作品を除いて全て自前の所蔵作品で構成した印象的な展覧会だった。

もう一つは秋に千葉市美術館で開かれた「酒井抱一と江戸琳派の全貌」展。
江戸琳派の展覧会としては最大規模で、原羊遊斎の蒔絵作品が展示されていたのが印象に残っている。

平成21年('09)に朝日新聞に連載された乙川優三郎「麗しき花実」は心に残る作品で、江戸で蒔絵の修行に励む女性が主人公の小説で、抱一、基一も登場し、蒔絵の師が原羊遊斎だった。

その挿し絵を書いていたのは中一弥という人で、作品に合ったしみじみした味わいがあったが、この10月に104歳で亡くなった。

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上は朝日新聞11月6日付け追悼記事。

以上の展覧会では、唯一千葉市美術館の図録を持っている。500頁余の大冊で、今回の京博の特設テント売店でも売られていたのにはビックリ!

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2015年11月24日 (火)

京都、奈良行(6)

部屋のデスクに「京都旅行はコンシェルジュにおまかせ」山本美砂著、(株)淡交社があって、よく見ると著者はこのホテルの従業員!
翌朝の10月31日、コーヒーを飲みにグランヴィルラウンジへ行って、その話をしたら、山本さんご本人がいたのでびっくり。

M3F浮橋の和朝食をとった。

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妻はお粥を選ぶ。
ご飯がおいしかった。(お櫃だったが、お代わりしてしまった。)
赤だし味噌汁。香の物(白たくあん、キュウリ)、ちりめん山椒。
メインの皿は銀鮭、出し巻き卵に大根おろし。
蒸し物(湯葉わさび、ごま豆腐)
炊き出し(麩、里芋(クコの実乗せ)、インゲン)
別にテーブル備え付けの梅干しがgood!

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M3Fからロビーフロア2Fへの階段右にあるベーカリーショップ「Le Temp」(ル・タン)。フランス語で「時間」、プルーストの作品を連想してしまう言葉だが、駅に隣接するホテル内の店名となると、何かせわしない感じがする。

この階段を上ってすぐの場所に土産物店があって、妻が買い物をしている間この辺りをぶらぶらしていた。

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これもM3F京都駅への通路から見た京都タワー。

12時まで部屋でゆっくりして荷物をフロントへ預け、京都国立博物館へ。

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上は本館(重要文化財)

「琳派 京を彩る」を鑑賞した。宿泊プランがチケット付きだったので、チェックイン時にチケットはホテルからもらっていた。
(つづく)

京都、奈良行(5)

地下のミュージアムショップへ立寄り、奈良国立博物館を出る。
来た道を戻り、途中で左へ折れ、興福寺境内を横断する。

国宝館前を通る。午後4時近かったので入場できるぎりぎりの時間だが、4時半で閉館となってしまうので見合わせ、東金堂の方へ曲がる。

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五重塔はこの周辺のランドマーク的存在だが、真近に見るのは久し振りだ。
仰ぎ見ながら境内を抜け、猿沢池側へ出た。池沿いを歩き、東向通りにある山崎屋で奈良漬けをGET、序でに食事をして行く。

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茶粥ご膳で、奈良漬け他香の物、わらび餅も付いている。

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八寸の様な盛り付けの箱に随分様々なものが入っていた。

近鉄奈良駅に出店している天極堂で葛湯をGETし、京都へ戻った。
宿泊は京都駅構内と云ってよいホテルグランヴィア京都。

地の利は抜群で、グレードも中々である。

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これはM3階の日本料理レストランへ向かう通路から見た中央改札。
フロントでチェックインし、ベルボーイの案内で部屋へ。
15階グランヴィアフロアのスーペリアルーム。

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北と南ウイングに分かれ、南の方の1534号室。
客室が直線状に長く並ぶ構造で、入口から最も遠く、歩いていて気分的に疲れて来る。

入り口側にグランヴィアラウンジがあって、コーヒー、ソフトドリンクと菓子類などが自由に利用できる。
コンシェルジュデスクもあり、チェックアウトもここで出来る。

またホテルユニゾもそうだったが、ルームキーのカードはタッチ式。今回の旅行で初体験である。
(つづく)

2015年11月20日 (金)

第67回正倉院展-京都、奈良行(4)

奈良国立博物館の正倉院展は通常の展覧会と異なり、格別なものがある。
それは正倉院という校倉造の建物の中に1,300年もの間保存されて来た奈良時代の宝物が、毎年秋に曝涼のため開封されるのに合わせ、60数点が一般公開されるという特別な展覧会だからだろう。
9,000点に及ぶ宝物の中からの60点余りだからごくごく一部ということで、同じ宝物が次に公開されるのは少なくとも10数年後となれば、彗星とか皆既日食のような天体現象ほどでないにしても、老い先短い人生からすれば一期一会のようなもので、理想を言えば毎年見逃せない事になる。

毎回最も人だかりがある東新館2階中央の展示スペースの聖武天皇遺愛品の楽器、碁盤等の見事な装飾が施された珠玉の品が楽しみで、今回そこに展示されたのは紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)。
楽器側面と背面には木画という装飾が施され、3種類の花文を規則正しく配列している。
また捍撥(かんばち)と云って撥の当たる部分に施されたのは山水画だそうで、絵具が剥離して目を凝らしてもそれと認識するのが難しかったが、図録の描き起こしを見ると、実に高雅細密なものであることがわかる。

弦は4本張られていてペルシャ起源の由。
5弦の琵琶もあり、それはインド起源なのだそうだ。
今回の展示では弦が張られていたと思うが、どのようなものが材料なのか興味があるところだ。
ヨーロッパの古楽器であるリュートやビウェラは精々4~500年昔のものだから、正倉院の琵琶はケタが違う。

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上は今回の正倉院展の図録。紫檀木画槽琵琶背面の装飾が表紙に採用されている。

今回唸らされたのはNO27七条褐色紬袈裟(しちじょうかっしょくのつむぎのけさ)。
聖武天皇遺愛品で、南インド出身で唐代に洛陽と長安で活躍した金剛智三蔵の袈裟という由緒があるそうだ。
羅という絹織物で、NHKの日曜美術館でも紹介していたが、昭和初年、約20年をかけて京都西陣の研究会がやっと解明した複雑な織り方で、単眼鏡で見ると菱形の中に更に小さな菱形が入っているのがわかった。
図録で全体写真を見ただけだと何の変哲もない織物という印象以上のものでしかないのだが。

興味深かったのは、乞巧奠(きっこうでん)という七夕行事で使用された針(というより棒状のもの)、縷(る)という糸玉。
これも日曜美術館では乞巧奠が京都冷泉家で現在まで継承されて来ている事を紹介していた。
それと春分の行事に用いられたという紅牙撥鏤尺(こうげばちるのしゃく)(染め象牙の物差し)。

毎回期待しているのは聖語蔵(しょうごぞう)の経巻である。
展示されるのは3~4巻程度で使用している紙は装飾性はないが、それが墨書の格調を逆に高めているように思う。
特に「唐経」と称される唐代の写経が毎回1巻展示されるが、別格の感がある。

それと当時の古文書も楽しみの一つだ。
これに関して今回の妻のエピソードを記したい。

新館エントランスロビーのカウンターで質問受付していて、妻がかねての疑問を質問用紙へ記入し、提出した。
追って電話で自宅の方へ回答するようになっていて、後日博物館から妻の元へ電話があった。

妻の出身高校の校歌(*1)に「望陀(*2)の「さよみ」織りし子の・・・」という下りがあって、平成23年3月に発行された創立百周年記念誌に「望陀の「さよみ」」探求の報告文が載っており、それは古代布で律令制下の「租庸調」の調として納められていた、とある。
*1:新制木更津東高等学校校歌。作詞は当時の校長だった隆高鑑。この人は後に狸囃子の唱歌で有名な證誠寺の住職を務めている。
*2:望陀(もうだ)は廃藩置県までの千葉県木更津、袖ケ浦地方の地名

妻の質問は、正倉院宝物に望陀布があるか否かであったが、学芸員の先生からは望陀布そのものは宝物の中にはないとのことで、平成22年の第62回正倉院展で望陀の近隣の上総の国市原の調布の展示がされたとの情報提供があった。

第62回は観ており、図録が手元にあるので早速見てみると、NO43紅赤布(べにあかのぬの)として出ている。
解説には「続日本紀」に「上総望陀細貲」(かずさのまくだのさよみ)とあり、紅赤布と同等と考えられると結論している。
紅赤布は分析により麻であることがわかっており、したがって望陀布は麻ということになるわけで、これは百年史に書かれている材料とは異なっている。
望陀布そのものが現存していない以上、文献、伝承等を頼りに推測するしかないわけで、記念誌で報告文を担当されたOGの方々の真摯な探究心は尊敬に値するし、図録の解説文も、細部に至るまで裏付けが徹底されていることが図らずも今回認識でき、改めて畏敬の念を覚えた事を記したい。

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右がNO43紅赤布のページ

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第62回正倉院展の図録。螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)が表紙を飾っている。

2015年11月18日 (水)

京都、奈良行(3)

10月30日(金)2日目。
ホテルユニゾ京都四条烏丸を裏口(?)から出る。

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四条通側はモダンなデザインだが、こちらは純和風で決めている。
そして出たところは膏薬辻子(こうやくのつじ)と云い、四条通と綾小路通を結んでいて、歩くと食事処や版画店などが並び、隠れた穴場みたいな雰囲気がある。
この辺りは大納言藤原公任の邸宅、四条の宮があった。また空也上人が天慶元年(938)念仏修行の道場を設けた地でもある由。

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ホテルユニゾの向かいに見えているのは京都神田明神。

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東京の神田明神から祭神を迎え、平将門命、大己貴命、少彦名命を祀る。
ここは将門の首級が晒された場所だった由。

クランク状の膏薬辻子を歩いて綾小路通へ出ると、杉本家住宅がある。

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江戸期の京呉服商で、建物は平成22年に重要文化財に、中の庭園は平成23年に名勝指定を受けている。
また祇園祭の際は、宵山で伯牙山(はくがやま)鉾のお飾り場となるそうだ。
この時期、公開を予定していたらしいが、諸事情により延期されたらしく、中を見ることは叶わず。

京都駅へ戻り、この日宿泊するホテルグランヴィア京都へ荷物を預け、近鉄特急で奈良へ向かった。
天候に恵まれ、車窓からの暖かい日射しを浴びながら京都駅を発車、すぐ右に東寺の五重の塔が見えて来る。鴨川、宇治川を渡り、車内で弁当を食べて・・・と、あっという間に大和西大寺。そこを出ると平城宮跡を横断、左に大極殿、右に朱雀門が見えて来た。

列車は地下に潜って近鉄奈良駅へ到着した。

近鉄奈良駅からの緩やかな上り勾配の歩道を踏みしめつつ、やがて見えて来る奈良公園には鹿がそここにいた。

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鹿達の温和な表情を見ると心が和らいで来る。
そして再た奈良へ来る事が出来た幸せを噛みしめる。

地下道をくぐると奈良国立博物館だ。
(つづく)

2015年11月16日 (月)

京都、奈良行(2)たん熊北店

10月29日の夕食は、たん熊北店本店だった。
以前四条河原町から南の高瀬川に面した「たん熊本家」へ行った事がある。
両者は同じ創業者の子孫だが、経営は全く別だそうだ。

四条河原町から本家とは反対に北へ向かい、3ブロック目を右折、木屋町通へ向かう半ばにある。
門構えはあっさりしていて、入口にのれん、上に〆飾りを架け、右に提灯がぶら下がり、よく言えば小ざっぱりしていると言えなくもないが、一見すると渋いというより、貧相な感じがした。

中へ入ってもそれは同じで、靴を脱ぎ、直ぐの部屋へ案内されたが、やはり印象は同じ。
四条河原町の高島屋地下へ出店(今はどうか?)、東京へも数店支店があって、私の地元にある三越のサテライト店で時々取り扱っているたん熊北店の弁当(今回帰りの新幹線で食べたのも京都駅新幹線構内売店で買った同じもの)は、味もさることながら、箸袋、箱の帯など洒落たデザインで、その延長で想像していたのとは当てが外れた。

とはいえ、料理の方はしっかりした味で、盛り付けも良く、楽しむことが出来た。

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和室にテーブルを置き、椅子に座った。

1.八寸

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飾りで紅葉、柿の葉、サツキの枝が添えられ、食前酒で白鷹が出た。

2.お造り

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鯛、車海老、いか

3.土瓶蒸し

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はも、松茸(国産だが丹波産ではないそうだ。)etc

4.焼き物

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ぐじ(甘鯛)と銀鱈の粕漬け
皿の賑やかしで日蔭のかずら、菊葉。日蔭のかずらは針の様な葉が見た目とげとげしいが、触ってみると手触りがとてもgood。

5.炊き合わせ

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里芋、湯葉、穴子、大根(ピーナッツ和え)、絹さや

6.酢の物

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蟹、蟹みそ、キュウリ、浜ぼうふ、茗荷

7.茶碗蒸し

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フカヒレ姿煮入りというのがユニーク。

8.茸ご飯、味噌汁、漬物

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漬物は千枚漬け(自家製)、しば漬け、きょう菜

9.デザート

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抹茶ゼリー(生クリームをトッピングしたラズベリー)、フルーツ(マスカット、メロン、柿、梨)

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抹茶に付された和菓子。

(つづく)

2015年11月15日 (日)

京都、奈良行(1)

10月29~31日に京都、奈良へ行って来た。
それを何回かに分けてレポートしたい。

第1回は初日の29日(木)。
東京発9:50のぞみ105号6号車8列D,E席を占めた。
富士山は雲に隠れて見えず。

京都着12:08
中央改札から出て、北側への連絡通路を歩き、駅構内の観光案内所で市バスの「バスなび」と京都観光まっぷ(京都市観光協会)をGET。
地下鉄烏丸線で四条下車、今夜宿泊するホテルユニゾ四条烏丸へ行き、小憩後六角堂へ行く。

紫雲山頂法寺といい、一般に六角堂と呼ばれている。

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六角通りに面した入口で、左に見える立札には、聖徳太子の開基で、弘仁13年(822)嵯峨天皇の勅願所となったというから古い歴史を持っている。

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門から入って行くと本堂の正面へ行き当たる。

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これは裏側で六角形をしている。

ここへ来たのは、華道池坊の本部があり、頂法寺会館の4階屋外にある如哉庵参拝が今度の旅行の最大の目的だったからである。

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写真に見えるように祠があって、後方にそれを囲むように池坊華道へ精進した人達の名前を刻印したプレートが設置されている。

ここに昨年亡くなった義姉のプレートが昨夏据え付けられて1年余、妻は日頃一度参拝したい思いを持ち続け、ようやく果たす事が出来、一区切り付けることが出来たと喜んでいた。

六角堂を出て、六角通りを東へ進む。通りには立派な構えの割烹旅館(ホテル?)が2つ3つあった。その他洒落たお店もある。
堺町通を左折し、イノダコーヒー本店に入る。

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店内はかなり広い。屋外にもテーブルがあった。
奥の禁煙席で「アラビアの真珠」を注文。出て来るタイミングが早く、一口飲んだ感じがホットプレートで煮詰まったよう(?)。
正直なところ余り美味しいとは感じられなかった。

ただ水は美味しく、妻が店員に問うと水道水を浄水器に通しただけだそうだが、妻曰く市販のペットボトルより美味しい(!?)。

京都の人が羨ましい。

堺町通を南下、錦小路へ。

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午後6時近い時間だったので、シャッターを下ろした店もあったが、行き交う人で賑わっていた。

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錦市場400年の垂れ幕。ゆかりの伊藤若冲の野菜をモチーフとしたイラスト。

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錦小路終点にある錦天満宮。

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新京極は人でごった返していた。
北上し、寺町通りに入って京都鳩居堂へ。

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妻が銀座鳩居堂では入手できない便箋、封筒他を購入していた。
(つづく)

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