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2016年2月21日 (日)

漱石「門」を読む-2

朝日新聞は4月から「吾輩は猫である」を連載する旨2月12日付け朝刊で予告した。
正直意外だった。漱石の小説の掲載は続くとは思っていたが、「猫」は朝日に載った作品ではないからだ。
版権はフリーなのだろうが、漱石が朝日専属になった以降の作品の中から載るだろうと考えていたからだ。

「猫」に先立ち3月は「夢十夜」を載せるとの事。
明治41年「三四郎」が連載される前に掲載された小品だ。
朝日に連載される漱石作品は全てフォローする積りでいるので「猫」も「夢十夜」もこれで読む事になった訳だ。
「猫」も「夢十夜」も今度の連載がなければ再び繙く事はなかったと思う。

「猫」はしかし気になっていた作品なので今回の決定は幸いだった。

さて「門」について、手元の江藤淳「夏目漱石」(*1)に独立した章があったので、拾い読みしてみた。
ちなみにこの評論は江藤が慶応在学中に「三田文学」へ掲載され、アグレッシブな論旨で従来の漱石観へ一石を投ずることとなった記念碑的評論である。
今回頁を開いたのは、第2部第3章「「門」-罪からの遁走」である。

私がこれから取り上げるのは本評論の本質に係る事ではなく、瑣末的な問題であることをまず断わっておく。
江藤の本章における論旨は、
1.修善寺の大患後の晩年の漱石作品の背反する2面、すなわち「我執」の主題と恍惚への憧憬が「門」にも示されており、
2.また「門」は「罪」の物語ではなく、「罪」の回避の物語だということにある。

江藤は先ず谷崎潤一郎の「「門」を評す」(*2)を引用する。
「「門」は真実を語って居ない。然し「門」にあらはれたる局部々々の描写は極めて自然で、真実を捕捉して居る。」

これに注釈し、
(1)「この前半の批難は、恐らくこの作品の不統一、なかんずく宗助の参禅の不自然さに向けられているし、後半の賞讃は、暗いが、しかしむしろidyllicであるとすらいえる宗助とお米の淡々たる日常生活を叙した部分に向けられている。
(2)「作者は…当初の計画とは背反した幸福な恋愛の物語を展開」した。
(3)「彼は主人公をより高次の「罪」の回避へ向かわせる。」
(4)「複数の人間(注:宗助と御米)の社会からの絶縁は、牧歌を成立させる条件であった。…参禅とは、単数の人間(注:宗助)の、…自己を抹殺して一切の人間的責任(注:罪)を回避しようとした卑劣」な行為である。
(5)「この作品にあらわれた作者の逃避的姿勢の裏には、…著しい肉体の衰弱があるかも知れぬ。」

というように論を進めているが、論のスタートポイントになっている谷崎の批評を読んでみて唖然とした。
谷崎の引用文の前段は(1)下線のような参禅に向けられたものではない。宗助夫婦の結婚生活の概念的な表現(14章1を引用)が観念的に過ぎるから文学的真実味がないとの趣旨だ。何をまかり間違えたのか、理解に苦しむ。
後段も別に宗助夫婦の日常のidyllicで淡々たる部分に対してのみではなく、他の登場人物(坂井、佐伯の叔母)の描写、会話表現といったディテール全般への言及である。
江藤の云う「恍惚への憧憬」が宗助夫婦の日常に投影されているという見方はあるかもしれない。しかし(2)下線のようには「門」の前半部分は書かれていない。漱石は随処に二人の生活の背景にある罪を匂わせる伏線を張り巡らせている。(例えば4章の5,6)
また江藤は「幸福な恋愛の物語」と決めつけているが、谷崎は揶揄的に言っているので、彼が引用しているのも「門」14章1で、「真実を語って居ない」と断じている側の観念的な記述の部分だ。

宗助の参禅は逃避としか解釈のしようがないと思う。作中参禅の件りは、「門」全体の流れからして不自然であることも否めない。
(5)については、逃避的行動をとったのは宗助で、漱石ではない。小宮豊隆が指摘したように参禅は漱石の問題意識が唐突に提示されてしまったもので、それは漱石の「肉体の衰弱」によって作品の熟成が十分できなかったからだ。

江藤は「漱石とその時代」第4部でも谷崎の同じ箇所の引用を長目にしており、「真実を語って居ない」ことの解釈を記しているが、こちらでは宗助夫婦の結婚生活の描き方に対して断じられていると説くが、真っすぐ受け止め難い云い様をしている。
今回感じたのは、江藤は決め付け方が強引というか、こうと断じたら全てそれに倣わせてしまうところがあるようだ。

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