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2016年2月19日 (金)

漱石「門」を読む -1

漱石の「門」を読んだ。朝日新聞に昨年9月から連載中で来月3日に完結予定の由。
当初は連載をフォローしていたが、途中「門」から離れ、年が明けてから再び連載により始めから読み直し、参禅の件りになる18章の2からは連載を追い越したので主として岩波版全集で読んだ。
今回が3度目になり、実に36年振りの「門」である。

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「門」第1回(平成27年9月21日(月))

漱石は明治42年8月に「それから」を稿了後、満州朝鮮旅行をし、「満韓ところどころ」として新聞へ連載された(満州の紀行部分で年末に未完で打ち切り)。「門」は明治43年3月から6月に朝日新聞へ連載された。「それから」と「門」の間には泉鏡花の「白鷺」、永井荷風の「冷笑」(明治42年12月~43年2月)が掲載された。ちなみに「冷笑」は朝日文芸欄が創設されてから最初の小説となった。漱石自ら荷風へ依頼したそうだ。
「門」を書き終えて、漱石は修善寺の大患を経験、翌年「思い出す事など」にその模様を記した。
「それから」の後胃カタルを患い、満州旅行中も胃痛に悩んでいたそうで、この頃から漱石の胃の状態は相当悪かったようだ。

「門」は秋日和の日曜、夫婦ののどかな生活の一齣からスタートする。
地味で慎ましやかな夫婦の生活と、弟小六を巡る佐伯家との関係、そして大家の坂井との交流といった事が季節の移ろいと共に緩やかに進行して行く。
4章で先ず宗助の経歴が語られ、次いで13章で御米の3回の妊娠の不首尾、続く14章で学生時代の安井との交友と御米との出会い、というように地の文を読んでいて感じる疑問は過去が語られることによって明らかにされて行く。またそれは徐々に提示されて行くので、読者は何枚も重ねられたヴェールを一枚づつ取るようにして、少しづつ全体像が見えて来るのである。
漱石の筆は冴え、前記3部作の棹尾を飾るに相応しい作だと内心唸りながら読み進んだ。

しかしながら14章で胸騒ぎがし始めた。
夏季休暇に入って、休暇明けの再会を約し各々帰省した宗助と安井だが、その間安井は御米を連合いにするが、その馴初めが全く説明されない。新学期が始まり京都へ戻って来た安井は事情を伏しつつ御米と新所帯を持つ。その際何故安井は御米を妹として宗助に紹介したのだろうか?
極め付きは14章の最後だ。新聞連載で云うと最後の第10回で突然宗助と御米の姦通へと瞬間移動してしまう。
「事は冬の下から春が頭を擡げる時分に始まって、散り尽くした桜の花が若葉に色を易える頃に終った。」・・・「大風は突然不用意の二人を吹き倒した。」・・・「世間は容赦なく彼らに徳義上の罪を背負わした。」・・・「彼らは親を棄てた。友達を棄てた。大きくいえば一般の社会を棄てた。・・・」「これが宗助と御米の過去であった。」
と言われても正直面喰うしかない。

15章以降は安井の影に精神の均衡を失った宗助は鎌倉へ参禅に向かい、戻ると安井は大陸へ戻った後で当座の危機が回避されたことを知らされる。
そして23章、連載1回分の短い間に合せのようなエンディング。
終盤はぎくしゃくした、釈然としない書きぶりである。

岩波版全集の小宮豊隆の解説は、宗助の参禅の辺りの筋立ての不自然を漱石の健康へ起因させている。
「もっと腰を据えて、・・・根気よく事件の発展を待ってゐさえすればよかった。」「漱石は、自分の書かうとしていた事だけは書」き、「義務を果した。」それが「多少・・周到を欠いたと言っても、・・・余儀ないことだった」。
納得である。
漱石は「門」を書き上げて入院後、修善寺へ転地療養し大患に至る。

小宮解説は宗助の参禅の伏線として5章の漢詩「風碧落を吹いて浮雲盡き月東山に上って玉一団」(迷妄の浮雲尽き、心月大空に輝き出づる。碧落=大空。禅林句集。句集では「東山」は「青山」)を挙げる。宗助が歯の治療の待合室で雑誌の中に目にするのだが、何気なく読み飛ばしてしまった部分だ。
参禅のエピソードは漱石自身の問題意識を象徴していると云う。そして作中それを宗助に単独で経験させた事は御米との関係上問題だったと云う。
宗助は全てを代償として御米との生活を選んだ人間だ。それが御米を置き去りにして単身逃避としか言いようがない行動を取ってよかろう筈がない。

とまれ、上の漢詩は煩悩が絶たれ心の平穏を得た境地を詠っているが、参禅体験を書いた事は、後期作品の端緒を開く事ともなった作品と「門」を位置付けることができよう。

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