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2016年3月 4日 (金)

東京散歩2(恩地孝四郎展)竹橋~神保町

2月26日(金)国立近代美術館の恩地孝四郎展へ行って来た。
西船橋で東西線に乗り換え、竹橋で下車。地下で直結しているパレスサイドビル(毎日新聞社屋)へ入り、1階アーケードの百人亭で昼食(週替わり定食)を摂った。

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写真は清水濠に架かる竹橋。右手石垣の上、樹木の先に見えるのが美術館。
恩地孝四郎展の会期は2月28日までだった。
日曜美術館の放送を見て、作風、技法に興味を覚え、足を運んだ次第。

最初期から最晩年まで約400点に及ぶ作品が一堂に会す充実した展示だ。

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上は作品目録。
Ⅰ(1,909~1,924)明治末から大正末までの初期。Ⅱ、Ⅲ期とりわけⅠ期は大半が和歌山県立近代美術館の所蔵。
Ⅱ(1,924~1,945)大正末から敗戦まで。
Ⅲ(1,945~1,955)戦後から死去まで。
各セクション毎に注目作、代表作がピックアップされ、簡単な解説を付し、その後に作品リストをジャンル毎にナンバリングして並べている。
Ⅲ期は日曜美術館に拠ればGHQの一員として来日したエルンスト・ハッカーが収集した恩地作品は大英博物館へ寄贈されたとのことだが、今回のリストを見るとボストン、シカゴ美術館、とりわけホノルル美術館が目立っている。この時期の作品は実材版画という、紐とか様々な素材を用いて画面に形象を構成して行く技法で版木、原版のない作品も製作したとの事。

Ⅰ、Ⅱ期のペン画、油彩の何点かは確かなデッサン力を感じさせる。メインの木版の多数は細部(刷りの荒さ、緻密さの欠如)が雑で、むしろ凡庸な感じだ。「新東京百景」など、色彩も豊かで印象に残る作品ではあるが、巴水などと較べると見劣りがする。作風が異なるので一概に言う事は出来ないが。

室生犀星、萩原朔太郎、泉鏡花等の書籍、山田耕作の楽譜の装丁、また自著も展示されており、大変興味深かった。
図録は売り切れで、増刷中だったので予約した。おって4月半ばに郵送してくれるとの事。

近代美術館を出て神保町へ行った。
白山通りに入ってすぐ一ツ橋を渡る。

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写真は渡って竹橋方面を見ている。上にのしかかるようなのは首都高速都心環状線。架かっているのは内濠川で、神田川から分岐し隅田川へと合流している。
大正14年(1,925)に架かったコンクリート製の橋だそうだ。渡ってすぐ左が如水会館。元一橋大の跡地だ。将棋の丸山九段がかつて名人就位式を行った会場でもある。

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程なく白山通りの右手に学士会館が見えて来る。
そして神保町交差点に辿り着くのはあっという間だ。一ツ橋からは600mくらいか。

前回は逆に神保町から竹橋へ歩いたのだった。(神田古本まつり'14.11/2)
駿河台方面へ靖国通りを歩く。大雲堂、一誠堂、巌松堂、田村、小宮山、玉英堂、八木各書店、三茶書房で谷崎全集昭和40年の20巻の在庫を聞いて回るもバラはどこも在庫なしだった。谷崎の全集自体、最近の取り扱いがない所が多かった。

三茶書房で翰林書房の「漱石研究」Vol.18「明暗」特集号GET。また三省堂2Fで谷崎「文章読本」(中公文庫)他文庫を2冊GET。レジは1F。八重洲ブックCもそうだ。
駿河台下交差点(漱石「門」2章で宗助が路面電車を降りたのが駿河台下だ)を過ぎ、源喜堂を素通りし(以前F・ジロー「ピカソとの生活」をGETした店だ)、外堀通りとの交差点にある丸ノ内線淡路町駅を目指した。神保町交差点から大体1.4kmくらいか。

2月28日にNHKFM「日曜喫茶室」がオンエアされた。この放送の収録は2月15日に行われたそうで、司会のはかま満緒は翌16日に急逝した。
いずれはこの時が来るとは思っていたが、新年が明けて早々なので驚いている。
この番組は私が20代の頃から続いていた超長寿番組だっただけに、大変残念である。

ギターを趣味としているので、ギタリストの中林淳真、荘村清志、スペイン滞在歴のある画家石井崇がゲストの回とか、木更津出身の俳優中尾彬の回とか印象深い。これらは録音があるので時々聴いている。

はかま満緒の冥福を祈る。合掌。

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