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2016年4月11日 (月)

国立歴史民俗博物館行

桜のみずみずしい若葉が日毎に目に付くようになって来た。今朝(4月10日)は桜花がひらひらと舞うように散る中を散歩した。地面は桜の花弁が敷きつめられたような状態だった。
朝日新聞では1日から漱石の「猫」の連載がスタート。面白くて読みながらげらげら笑ってしまうほどだ。苦沙弥先生の行状へ、漱石は自分自身をストレートに反映させているようなのが又ユーモラスだ。
恩地孝四郎展の図録が届いた。4月中旬頃と聞いていたので早く手元に届いて大変嬉しい。
県立神奈川近代文学館で入手した「読書清遊」にある富士川英郎著「江戸後期の詩人たち」(東洋文庫)を図書館から借りて来て見ている。はじめの「六如上人」を読み、「あとがき」と「解説」を次に見たが、富士川の「あとがき」(昭和48年)に紹介されている、本書を読んで富士川へ手紙を書いた当時の東大大学院生だった当人が平成24年(2.012)東洋文庫(平凡社)版の「解説」の筆者で、富士川への傾倒ぶりが並々でなく、愛情のこもった書きぶりに感銘を受けた。

3月30日(水)佐倉市の国立歴史民俗博物館へ行って来た。
木更津市郷土博物館主催の地域学講座第3回「縄文人の植物利用」(2月13日)の講師が歴博の工藤さんという准教授で、その時に歴博の招待券を持参してくれて期限が3月末だったので、折角なので利用させてもらう事にした次第。
千葉駅で内房線から総武本線への乗り換え時間が14分あったので、ペリエBF「みよ川」の銀鮭弁当\660を電車内で食べた。この弁当にあり付く機会は余りないが、大変お得感のある弁当だ。
千葉駅は延々と構内の工事をやっていて、動線が乗客の利便性を全く無視していて、迷惑がはなはだしいことこの上ない。千葉駅を利用する時は不愉快になってくる。

閑話休題。
歴博は今回4回目くらいになる。この日は老若男女、グループの来館者が目立ち、賑わうほどではないが入館者は多かった。

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展示が膨大で、半日弱の時間ではとても足りないので、今回は年代を逆に新しい時代から見て行こうと考えた。
展示室は6あって、今回は第3展示室「近世」と第6展示室「現代」の2室のみを見た。それでも駆け足気味になってしまい、第6展示室の方は半分しか見られなかった。
また殆んどの展示はフラッシュを焚かなければ撮影OKである。展示物の撮影許可がある所は今まで経験がなく、ちょっとびっくりしたが、これは大変有り難く、メモではとてもこれだけのヴォリュームへは対処できない。

順路からすると出口側から入ったので、まず見たのは「村から見える「近代」」の「夢の浮橋」(三方領地替え反対一揆。1,840(天保11)年)。
水野忠邦の天保の改革に絡む事件。庄内藩の一揆の指導者の一人が顛末を絵巻にしたものが展示されている。

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隣室になるが同テーマの展示で、「阿波人形」。阿波、淡路の人形浄瑠璃を大阪との関係を含めて説明している。小豆島の農村歌舞伎も中山の現在の歌舞伎をイラスト(高宮良子)で見せてくれて、芝居見物のための弁当作りの模様と、独特な弁当箱(わりご)も展示されていて、谷崎潤一郎「蓼喰う虫」の淡路島の人形浄瑠璃見物のくだりが連想され、興味深かった。
また幕末の百姓の日記「浜浅葉日記(夕鑑(ゆうかがみ))」は、農事その他日常生活全般についての詳細な記録で大変興味深いものだ。

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今回最も印象に残ったのは「江戸図屏風」。たしか将軍家光が描かれているので、書かれたのは寛永年間だろう。明暦の大火(1,657年)で焼失した江戸城天守閣、二の丸(現在の皇居東御苑に当たる)が描かれている。江戸城に入る朝鮮通信使一行も見える。

6曲1双2幅の大作だ。

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上は左隻江戸城天守閣はじめ下方には日本橋が描かれている。

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日本橋の部分。今回いただいた招待券の図柄はこの辺りが採用されている。

その他「大日本沿海輿地図(伊能図)」関係とか、盛り沢山でとても見切れない。

第6展示室の方も更に駆け足になってしまったが、半分は見残してしまった。「現代」の展示は最近のことだそうで、太平洋戦争に至る戦前と戦後にセクションが分かれている。
20世紀初頭第1次世界大戦の教訓を踏まえた国際条約の数々、日本の軍隊のシステム、歴博の立地する佐倉歩兵第57連隊(ほぼ=千葉県)福井部隊の'37~'39年の中国南部の軍事行動、レイテ戦、沖縄戦、原爆投下等前半だけでも盛り沢山だった。

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上は「満州事変から日中戦争」「帝国内の人の移動」コーナー。

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歴博は佐倉城址公園内にあり、これは隣接する二の丸の濠跡。

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バス停のベンチを占領していたのはなんと黒猫だった。「吾輩は猫である」の「猫」はどうも黒ではないが、初版本の扉絵等が黒で描かれているので、「猫」というと黒猫を連想してしまう。ここで黒猫と出会ったのも面白い巡り合わせだなと思わず笑ってしまった。

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