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2016年6月21日 (火)

谷崎潤一郎「吉野葛」、「蘆刈」を読む

谷崎潤一郎の「吉野葛」と「蘆刈」を読んだ。読み終えて一月以上過ぎているので細部の記憶が飛んでしまっているが、どうしても書きとめておきたい気持ちが強く、取り留めないものになるのは承知で綴ってみる事にした。

池澤夏樹個人編集の河出版「日本文学全集」Vol.15(2,016年2月)を図書館で目にして、池澤氏の解説に興味を覚えて借りる事にして、序でと言っては何だが「吉野葛」を読み、更に序でに「蘆刈」も読んでおこうという事で読んだ次第。

この2作品は「吉野葛」が昭和6(1,931)年、「蘆刈」が昭和7(1,932)年と谷崎が40代半ばの同時期に発表されていて、作品の構造、テーマに共通するものがあり、セットで読んだのは半ば偶然とはいえ貴重な体験だった。

2作品とも筋を進行させるのは「私」という作者の化身のような人物だ。それが冒頭魅力的なモチーフを提示する。それがまた悠久の過去の歴史の悲劇であり、それが展開される舞台となった土地へ「私」の足を運ばせ、土地の委細を過去現在を織り交ぜて興味深く巧みに語って読者の興味を逸らせない。
それに加えて谷崎の古典、伝統芸能への造詣の深さが遺憾なく作品に発揮されている。

そうして読み進めて行くと、やがて作品の真のテーマが現われて来る。2作品に共通しているが、それは「母性」への追慕の念である。そしてその「母性」を求めて止まないのは「私」ではなく、対になるもう一人の登場人物なのだ。

導入部分の魅力的な語り口に一気に作品へ引き込まれたのに、連れて行かれる処はそれとは別の世界。豊饒なエピソードに満ちてはいるが、いささか肩すかしを喰ったような妙な気分にさせられる。
そして落ちというかラストはそれまでの重厚とも言ってよい作品進行に較べれば余りに呆気ないというか、煙に巻かれるようなエンディングである処も共通している。

以下覚書
「吉野葛」
1.作品の時点
・「私」が回想しているのを作品が発表された昭和6年とすると、旧制高校の学友津村との吉野行は20年前の明治末~大正初年頃になる。
2.引用される伝統芸能
・「妹背山婦女庭訓(おんなていきん)」(歌舞伎)
・「二人静」(謡曲)
・「義経千本桜」(歌舞伎)
・「孤噲(こんかい)」(箏曲)
・「葛の葉」(人形芝居)
3.「母性」の対象
・幼くして死別した津村の母←津村
・今回の旅に先立つ津村単独の旅で母の実家を訪れ、おりと婆さん(伯母)の孫娘を見染め、津村の今回の旅の真の目的はお和佐という親戚筋にあたる娘をもらい受けることだった。
「蘆刈」
1.作品の時点
・「私」が回想しているのは作品が発表された昭和7年だろう。冒頭「おかもとに住んでいたじぶん」とあり、「私」の山崎行は谷崎が岡本(現神戸市灘区)へ居を構えていた昭和3('28)~6('31)年のいずれかの年の九月だろう。
2.作品の舞台
・水無瀬の宮(後鳥羽院の離宮)跡を訪ねるべく、阪急、新京阪を乗り継ぎ山崎へ降り立つ。山崎は山城(京都)、摂津(大阪)の境にあり、淀川を挟んで対岸への渡船があり、うどん屋で熱燗をあつらえ、ほろ酔いの興に委せて「私」が渡船で渡った淀川の中州が舞台で、そこで不思議な男と出会う。
・山崎は戦国時代の山崎の戦いの地であり、サントリーのウイスキー工場の地でもある。解説で池澤氏は「中州は新幹線の線路から一キロも離れていない。」と述べていて、確かに天王山、男山、水無瀬の離宮跡の八幡神社等が迫る所を新幹線が通っている。
3.「母性」の対象
・伏見の「巨椋(おぐら)の池」の御殿へ満月の秋の日に毎年男(息子)を連れて通う父(芹橋慎之助)。父が娶ったのはお静で、御殿の主「お遊」の妹。父が想いを寄せるのは「お遊」だが、「お遊」は子がある若後家で、妹のお静と結婚する。
父と「お遊」、お静の間は対立は一切ない妙な三角関係ともいうべきもの。男の語る過去において対象は「お遊」←父だが、男は父が亡くなってからも単独で御殿参りを重ねている点では「お遊」←男という関係も出来ている。
4.その他
・かなを多用し、句点がほとんど使われていない独特な文体。ワンセンテンスが極めて長く、改行もほとんどない。同一の固有名詞へ、ある箇所では仮名、別の箇所では漢字が用いられ、統一されていない。
この文体が幽玄な作品世界を醸し出す一助となっている。

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