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2016年7月 6日 (水)

養老孟司講演会

7月4日地元かずさアカデミアホールで養老孟司氏の講演会を聴いた。
演題は「幸せになるための生き方・暮らし方」だが、内容は必ずしもそうではなく、恐らくは養老氏が現在頭に留めているであろうテーマの一つを、メモとかレジュメとか一切用意せずに、時々時計に目をやりつつ1時間半を空で喋り続けた。氏に拠れば最も聴講者が眠たくなる時間帯(午後1時~2時半)だったが、独特の感性、鋭さを感じさせる語り口で最後まで飽きる事はなかった。
主催者が用意したOHPでスクリーンへ投射される養老氏の文字が魅力的だった。
ご自宅の鎌倉から木更津まで電車で来られて所要時間が2時間半で、冗談で京都へ行くのと同じ時間距離だとおっしゃていた。また息子さんが木更津の学校(高校?)でかつて寮生活を送られていたそうで、木更津との意外なご縁を語られていた。
またつい2日前までは台湾で昆虫採集をお一人でされていたとの事で、失礼ながら御年齢を思えば随分活発な日々を送られているなと思った。

この日の養老氏の話は人間の能力について、抽象概念の構築、外界の認識について、動物と対比しながら進められた。
まずはじめに「意識」について話された。
全ての生物に意識は有ると養老氏は考えておられる(確か動物に限定されていた。意識こそ生命活動そのもので、脳は意識の活動を維持するために睡眠を必要としている由。眠るのは魚も同じ。)
アメリカでは20年前に意識学会が創設されているが、日本ではいまだにない。また意識を定義するのはむつかしいそうだ。

意識の活動の一環として認識があるが、ヒトはそれから得たものを抽象化して概念を構築できる。
動物は目の前の現象を知覚するのみで、犬が人の言う事に整合する行動を取るのは、養老氏に言わせると一種の絶対音感で飼い主の言う事を特定の行動へ結びつけているので、言葉を理解しているわけではないのだそうだ(それはそうだろうが、人だって単語の意味を無視して言葉に短絡的に反応する事は結構あるように思うのだが・・・)。ただ養老氏は動物の認識メカニズムへ格別の興味と畏敬の念を持たれているようだった。

また意識に関係するのは大脳皮質で小脳などは全く関与していないそうだ。社会脳、自然脳(とたしか言われていた?)という機能があって、社会脳は管理部門、自然脳はアカデミックな方面という隅分けがあり、例え話としてNASAのチャレンジャー打ち上げ失敗事故を取り上げた。(技術者チームは当日の気候を理由に打ち上げ中止を主張したが、広報チームはそれを無視して強行し事故に至った。氏は詳細な調査文献を読んでおられるようだ。)(*)

(*)自然脳、社会脳からジャン・ジャック・ルソーの自然人、社会人の概念を類推した。ルソーは「社会契約論」で個人と社会の意志が矛盾しない社会、近代民主主義の概念を説き、「エミール」で民主主義社会を構成する人間の自然人、社会人教育を説いた。

概念の抽象化の例として数学を取り上げ、面白い話をされた。
数学を脱落して行く生徒の話。

1.3+3=6   これに疑問を持つ生徒はいない(だろう)。
2.x=3      文字が入ると一部の生徒はついて行けなくなる。
3.a=b、b=a そもそもaはaであり、bではない。なぜ違うbとaが=で結ばれるのか?→ これは立派な一つの見識といえる(がこれで数学と決別するのも・・・)。

3は一種哲学的な疑問ではないかとも思えるが、それに似たような一種の思考実験のエピソードを披露した。

1.「平家物語」で「諸行無常」というが、万物流転といいつつ著作そのものは数百年の風雪を経、内容は変わりなく今に伝えているというのは自己矛盾ではないか。「方丈記」もまた然り。(「ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・・世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」と口ずさまれる。)
2.キリスト教の最後の審判で、将来裁かれるのは果たしてどの段階の個人なのか?
養老氏は中高一貫のミッションスクール在学中に疑問を抱かれたそうで、人の一生は0..2mmの受精卵に始まり、幼年期、少年期と成長して行き、青、壮、老年期、果ては臨終の間際に至るが、審判はどの時期が対象となるのだろうかと考えたそうだ。(これも特定の時期というのではなく、一生のすべてが対象だとも考えられるのでは?)

上のエピソードは養老氏の思考のユニークなこと、また常識への懐疑、凡人が何気なく見過ごしてしまう事への問題意識、といった鋭利な科学者の頭脳の一端を感じさせる。

1のエピソードの方はすぐ種明かしをされ、上の理屈は一種の詭弁で、作品は紙なり、電子媒体へ記録される事で-情報化される事で-「不変化」する。作品の主張として万物流転という真理を説いているわけで、矛盾ではない。
(余談で人体を構成する細胞は、約7年で総入れ替えされる。私は生れてこの方11回入れ替わった事になります、と言っておられた。が、永田和弘「タンパク質の一生」(岩波新書。2,013年第9刷P.150)には「一年」で「全細胞の」「九十数パーセントが入れ替わ」るとあり、細胞を構成するタンパク質に至っては「三カ月で・・・ほぼすべて入れ替わる」と書かれている。百パーセントとは言っていないが、永田氏の方を普通に読むと入れ替わるのはおおむね一年となるのだが・・・)

養老氏は東大教授を定年を余してお辞めになられ、確信される人生を歩まれている印象だ。昆虫とか(個人的にはもっと昆虫の話が聞きたかった。)我が道を行かれるご趣味をお持ちだ。本を書けばベストセラーになるし、社会の評価も高い。正にこの日の演題を地で行かれる幸福な生き方・暮らし方をされている。

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