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2017年3月 6日 (月)

2月回顧

春の気配が着実に色濃くなってきた。
今日(5日)は啓蟄、タイムリーに鶯が初鳴きをした!!
今年は春一番が吹いたのが2月17日という異例の早さで、寒さは峠を超えた。
妻の実家の庭では冬の間葉が落ちていたアーモンドの枝にびっしりと花の蕾が芽生えてきて、早いものは赤い色を付けている。
そこここの家々では、白梅が清楚に咲いている。
まだまだだが、散歩コースの桜にも蕾の徴候が現れてきた。
1月半ばに水路を埋めるくらいの大群を成していた鴨の群れは、今や大分まばらとなった。

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上はアーモンド、下は桜の蕾

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昨年4月からの朝日新聞の漱石「猫」の連載も3月28日で終了し、漱石作品の連載は「猫」が最後になるとのこと。
2,014(平成26)年4月20日に「心」連載100年を記念して始まった漱石作品の連載は2,016(平成28)年は没後100年、2,017(平成29)年は生誕150年と漱石のメモリアルイヤーが続いている中での終了は意外と言う他なく、次があるものと思っていただけに残念な気持ちだ。

今年は漱石作品をもう1,2作読みたいと思う。

以下に2月を振り返ってみたい。

まず集英社から創刊されたインターナショナル新書の福岡伸一「生命科学の静かなる革命」と池澤夏樹「知の仕事術」を読み、知的刺激をもらったことが揚げられる。
福岡氏は朝日新聞の文化・文芸欄へ毎木曜に「動的平衡」というコラムへ知的スパイスの利いたエッセイを書いていて、数ヶ月前に偶然読んで以来愛読者となった。
今回の著書から、福岡氏の意識の中で通奏低音のように流れている「生命とは何か」という問いに対して、コラムのタイトルの「動的平衡」に本質を見ておられるようであることがわかる。
昆虫少年だった頃の国立科学博物館でのエピソードやロックフェラー大学の話etc.興味深い話を語る筆の冴えも見事だ。
最近福岡氏の文章を読んでいて、免疫学者の多田富雄(1,934~2,010)を連想するようになった。
「免疫の意味論」、「生命の意味論」、「寡黙なる巨人」等の著書や昨年はEテレで放映された(*)多田の新作能「生死の川(しょうじのかわ)―高瀬川考」を観て感銘を受けた事が記憶に新しい。
(*)2,016年6月26日「古典芸能への招待」

池澤氏も朝日夕刊へ毎月第一水曜日の文芸・批評欄へ「終わりと始まり」という辛口のエッセイを書いていて、こちらはもう大分以前から愛読している。
池澤氏の著作は「ハワイイ紀行」が初めてで、それ以来小説も含め、いろいろ読んでいるが、最近は氏の個人編集による「日本文学全集」、「世界文学全集」を図書館から適宜借りてきて、氏の解説を読書の参考にしたりしている。
今回の著書では随分いろいろ披露しているが、氏が毎日新聞を基地にされていることを知った。
実は朝日新聞の前は毎日新聞を購読していて、今の朝日と当時の毎日の書評欄とを比較すると毎日の方が面白かったように思う。(*2)
が、主導されていた池澤さんとか、丸谷さんとかはあまり意識したことはなかった。
暦年の毎日書評賞が揚げられているが、その第4回(2,005年)矢沢永一「紙つぶて 自作自注最終版」は、当時毎日紙上で取り上げられてGETしたことを思い出した。
また模範書評として採用している三省堂「新グローバル英和辞典」の評が1,994年3月の掲載で私が愛用しているのは「新」がない「グローバル英和辞典」(1,991年3月 24刷)なので親近感を覚えた。
それと、「ドン・キホーテ」、「神曲」を未だ読まれていないそうで、池澤氏が読んでいて私が読んでいない古典は限りなくあるわけだが、中には数少ない例外もあるということを知り、ここでも親しみを持てた。
また加藤周一を尊敬されている点も、意を強くした。
(*2)今日(3/5)付け朝日新聞読書欄に「池澤春菜が薦める文庫この新刊!」というコラムを発見!池澤氏のお嬢さんのようだ。書きぶりはお父さんそっくり。

次は映画。「沈黙」を地元で観た。遠藤周作の原作は私が高校生の時に発表されて以来脳裏に刻まれ、いずれは読むべき作品だと思いつつ今日に至ってしまい、これを機に映画館へ行く前に読んだ。
1月24日の「天声人語」でも作品の歴史的背景を軸として取り上げていた。
原作は、「まえがき」の客観描写、はじめの4章は「セバスチャン・ロドリゴ」の書簡、5~11章が客観描写、そして最後は「切支丹屋敷役人日記」により構成されている。
瑣末的な事だが2章では記述の経時的な矛盾が認められる。
遠藤の著作にはあまり接していなくて、以前「イエスの生涯」を読んで大変感銘を受けた覚えがある程度だ。
映画は概ね原作に忠実であるが、故国ポルトガルを若い司祭が3人で出発し、マカオに至る部分までは割愛されている。
最後のロドリゴが棄教して岡田三右衛門として仏教の作法で火葬に付される場面、棺の中の彼は十字架を手にしている。
これは原作にはない大変印象的なシーンだ。

最後に地元で講演を受講したこと。
2月ではないが、1月31日に市福祉会館で「暮らしの中の食生活―何をどのように食べれば良いか」という講演を受講した。
講師は市包括支援センターのケアマネージャーの方。
これからのシニアライフの指針となるべき内容で、「フレイル」という概念、認知症の目安としてのALB(アルブミン値)、高齢層のコレステロール値の受け止め方、幅広く栄養を摂取する事etc.新しい知識も得ることができた。

次は2月4日、市中央公民館で「平和的手段で日本の安全を確保する道」講師は孫崎亨(うける)氏。

最後は市立図書館で「木更津船の航路”上総澪”について」講師は宮本敬一氏。木更津市在住の方で、自己紹介で遺跡の発掘調査をして来られたと言われていたが、文学好きのようで、露伴の「蝸牛庵夜譚(よばなし)」の「水の東京」という文章を読んでいて「上総澪(かずさみお)」なる語に出会い、それから種々の文献を渉猟、その成果を披露してくれた。
因みに「上総澪」とは隅田川河口の延長上にあった水深のある船舶の通り道のことである。

以上

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