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2017年4月30日 (日)

夏目漱石「吾輩は猫である」-5

今回は、NHKFMで今年の2月4日に漱石生誕150年に因んで放送された「クラシックの迷宮―夏目漱石と音楽」について触れたい。

「クラシックの迷宮」は、ユニークなテーマで構成される土曜夜の1時間番組で、片山杜秀の博識が見事だ。片山はこの3月まで朝日新聞で文芸時評も担当していた。こちらはほぼ毎回愛読し、やはりその博識ぶりに舌を巻いていた。

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上はその最終回(朝日新聞平成29年3月29日(水)。終わってしまい残念。

漱石の西洋音楽への親しみは、さほど深くはなかったそうだ。
それでも「猫」で寒月がヴァイオリンを手にしたり、「それから」で代助がピアノに触れる場面とか作品へ登場させている。
「猫」でも明らかなとおり、漱石はどちらかというと、能楽とか義太夫といった邦楽へ親しんだようだ。
寺田寅彦との交友から東京音楽学校のコンサートでベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いたりもしている由。

「クラシックの迷宮」当夜の曲目は以下のとおり(2,3以外は部分的な紹介)。
1. 宝生流「高砂」
2. ケーベルの歌曲2曲(ソプラノ、ピアノ伴奏)
  「何故薔薇はかくも白いのか?」(ハイネの詩による)
  「陽光眩しい日々」(ガイベルの詩による)
3. 滝廉太郎「恨み」(ピアノ独奏)
4. 広瀬量平「夢十夜」(和楽器アンサンブル)
5. 林 光 オペラ「吾輩は猫である」から
第1場 橋
第2場 庭
第21場 座敷、夜
6. 林 光 映画「心」テーマ音楽
(以上)

「高砂」が冒頭置かれたのは、一時は漱石が謡曲の手習いをしていた事から。

次のケーベルは、漱石全集の「ケーベル先生」でその名は知っていたが、今回の放送でケーベルの音楽との関わりについて初めて知り、ちょっと驚かされた。
以下にケーベルの経歴をメモ風に記す。
ラファエル・ケーベル(1,848-1,923)は、代々ロシア在住ドイツ人の家に生まれ育ち、モスクワ音楽院でチャイコフスキーに作曲を師事(!)。やがて音楽の道を断念し、ドイツで哲学、美学を修め、ハルトマンの元で哲学の研究にいそしむ。井上哲次郎の招聘で東京帝国大学哲学科教授として来日、1,893(明治26)-1,914(大正3)年まで教鞭を執り、哲学、美学、ギリシア語、ラテン語等を講じた。来日の初年度、学生だった漱石もケーベルの講義を受講している。
また1,898(明治31)-1,909(明治42)年東京音楽学校においてピアノ、音楽理論も講じた。

以上だが、改めて「ケーベル先生」(明治44年)へ目を通すと、その篤実、謙虚で寡黙な人柄が漱石の文章から伺え、且つ漱石が深くケーベルを敬愛していた事はその経歴からも納得できる。
1,914(大正3)年に離日するはずが、第1次大戦の勃発により急遽中止となり、結局日本で生涯を終えたというドラマティックな晩年だ。没年は1,923(大正12)年、関東大震災の年である。
漱石は「ケーベル先生の告別」(大正3年8月12日)で離日にあたっての送別の辞を、「戦争から来た行違ひ」(大正3年8月13日)で離日が中止となってしまった事の訂正文をその翌日に、それぞれ朝日新聞へ寄稿している。

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上は早稲田南町時代の書斎の漱石。恬淡とした様子が千駄木時代より好もしい。旧版全集第8巻口絵のもので、「ケーベル先生の告別」を書いた大正3年12月のもの。

放送で流れたケーベルの2つの歌曲は片山が言っていたように19世紀ロマン派の典型的ドイツ・リートで、シューマンともシューベルトとも違う、哀愁を帯びた第1級作品だと思う。

ケーベルは、東京音楽学校で滝廉太郎を指導したそうで、滝のドイツ留学にあたっては推薦状を認めているそうだ。放送された彼のピアノ曲「恨み」は、素朴な、どちらかと言えば稚拙な作品だが、滝の才能の片鱗を感じさせるものがあり、ケーベルが推薦したのも頷ける。
富士川英郎によると、滝が一時(1,895(明治28)~98(明治31)年)住んだ西片町九番地は富士川の生地であるらしい。富士川は1,909(明治42)年生まれなので、滝が転居してから11年後になるわけだ。

林光のオペラ「猫」は、ユーモリスティック、諧謔的な曲調が「猫」によく合っていると思う。オペラよりオペレッタという方が妥当と思うが。2時間30分の大作で、演奏は登場人物(猫を含む)と、楽器はヴァイオリンとピアノ各1台のみ。放送では当然ながら部分的な紹介をした。
第1場は漱石のテキストではなく林自らのもので、日露戦争へ出征する兵士の壮行場面のようで、マーチ風の威勢良い音楽は「猫」にピッタリだと感じた。
第2場は「猫」第1章冒頭部分のテキストをピックアップしている。
第21場「座敷、夜」(最終場と思われる)は、第11章の寒月がヴァイオリンを購入するに至る経緯を東風、迷亭等へ語る場面で、話が中々先へ進まず聞き手が焦れるところ、放送で流れたのは定本版P.494~P.502(旧版P.468~P.476、連載198~200回)で、テキストはやはり随所のピックアップだ。
それに続く猫のモノローグは、聴いた範囲でもそれと頷けるが、片山によるとこのオペラでは猫は死なずに旅に出るのだそうだ。始めと終わりを林自身がテキストを書き、作品としてユニークなものとなっているようだ。

番組最後の曲も林光作品。林が作曲した新藤兼人監督作品、映画「心」のテーマ音楽である。ジャズ風な洗練された曲で、トランペットのソロが哀愁あるメロディーを奏で、そこにピアノ、更にダブルベースの伴奏が加わる。ピアノが淡々と刻む和音が切なさを募らせる。やがてそこへチェロ、そしてヴァイオリンの対旋律が入り、物憂い、やるせない感情を表現して行く。
「心」に相応しい音楽と言えるだろう。
(続く)

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