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2017年10月25日 (水)

「武満徹・音楽創造への旅」-4「二つのレント」

「武満徹・音楽創造への旅」を読んでいて感じるのは武満徹の人間的魅力である。大変親しみやすい人柄を彷彿とさせる。
生前から武満は世界各所から遍く作曲委嘱があり、音楽祭、記念コンサート等で頻繁にその作品が演奏されてきた大変幸福な作曲家だった。

「二つのレント」は武満20歳の作品だが、その頃の武満の生活は、親から自立し経済的苦境の中で音楽修行をするのだが、前回も見たとおりその時々で重要な人物と出会い、その薫陶を受けつつ、一歩一歩成長していった点でも大変幸福な人だった。

すごいと思うのは、一日3本とか半端でない量の映画を毎日のように見つつ、どうやって時間を作ったのか不思議な限りだが、専門の音楽教育を受けることなくほぼ独学で作曲の技術を習得したことだ。驚くのは音楽のみならず美術の教養をも深く蓄積していることである。

「二つのレント」へ至る過程での武満は、十代後半に鈴木博義、福島和夫といった作曲仲間、清瀬保二(1,900~81)、早坂文雄(1,914~55)という師と出会い、1,949年には一柳慧と知り合い、彼を通してメシアン(*)を知る、というのも出来過ぎのシナリオのようだ。

*:一柳の父親は音楽家で洋譜をしばしば購入していて、武満はその中からメシアンのピアノ曲「プレリュード」を借りたのがメシアンとの初めての出会いだったという。(「音楽創造への旅」P.92)

1,950年12月7日新作曲派協会第7回発表会でピアノ作品「二つのレント」は初演された。

「二つのレント」という奇妙な作品名にまず戸惑う。ドビッシーの「レントよりおそく」という作品を連想させる名称だ。1曲目はAdagioとあり、Lentであるのに妙な感じ。随分苦労して完成させたらしいが、2曲目のLento misteriosamenteは一気呵成に書き上げたそうだ。
聴いた感じは、1曲目は印象的な不協和音が出て来て面白いが、どこか座りが悪く、屈折した音楽であるのに対し、2曲目の方は洒脱で仏印象派風で、中間部は軽快な16分音符(?)のパッセージを持ち、流れもスムースで、というように対照的な作品だ。

初演会場の読売ホールの楽屋の武満を、終演後秋山邦晴と湯浅讓二が感動の余韻覚めやらぬ状態で訪問した。これが彼等の初対面だったようだが、武満のキャリアの出発点で彼等は知り合い、やがて実験工房同人として、その後も終生の交友を結ぶこととなる。
特に秋山邦晴は武満の最大の理解者として、後年ディスクのライナー・ノート執筆、武満の著作集のために年譜、ディスコグラフィーを作成したりしている。また武満が没した半年後の同じ1,996年8月に逝去している。これも、偶然とはいえ出来過ぎのシナリオのようだ。

小学館版「武満徹全集」Vol.2書籍の作品ガイドを見ると興味深い記事がある。
「ロマンス」には、清瀬、早坂等と共に写る武満と鈴木博義の1,950年の写真がある。
「二つのレント」には、立花「音楽創造への旅」第5章P.89~91(「文學界」’92年10月号)の引用、「東京新聞」の山根銀二の批評、武満の「ピアノ・トリステ」(‘61)、吉田秀和のライナー・ノートとか面白い記事が満載されている。

山根銀二の批評-といっても「武満徹の「二つのレント」は音楽以前である。」だけだったようだがーは、武満には後々までトラウマとなったようだ。
山根銀二は当時のベートーヴェン研究の第一人者だったようで、岩波新書に「音楽美入門」という著書があり、かつて読んだことがある。
また「現代ギター」の1,967年7月号から1年間、巻頭随筆「音楽を考える」を連載している。
私は手元の第1~3回に目を通してみたが、文章が読みづらく、言いたいことが明確に伝わってこないもどかしい印象を受けた。

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吉田秀和のライナー・ノートは立花も取り上げている。第6章冒頭で、全集の前後の部分も含めて引用している。この文章は実に初演から16年後のもので、文章を草するにあたって当時の記憶のみを頼りに書き上げたという途方もないもので、立花を唸らせている。
「奇妙な曲」といい、「レント」を二つ連ねる処へ違和感を覚えながらも、ひたすら内部へ沈潜して行く音楽が記憶へ刻み込まれたといった趣旨のことが綴られている。

立花「音楽創造への旅」では、「二つのレント」の一曲目(Adagio)が何十回となく書き直しをした末に完成された事、初演の楽譜は残っておらず、福島和夫宅のピアノの裏で見つかったスケッチが唯一残されたものであることが武満から語られる部分がある。

この全集のCDに収められた「二つのレント」はそれを元に武満自身が清書したものだそうだから、初演時に演奏されたものではない。ただ聴いてみると大体吉田が書いているのと同じなのは感じ取れる。

武満は後年この作品を元に「リタニ」(’89)を作曲した。全集に収録されているこの二つを比較すると、「リタニ」の方に、音の洗練、滑らかさを感じるが、「人を寄せ付けない孤独狷介」(吉田秀和)な人の魂へ直接訴えかける強度はむしろ「二つのレント」の方が勝っているかも知れないと思った。
(続く)

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