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2017年10月29日 (日)

「武満徹・音楽創造への旅」-8最終回(武満のギター作品)

武満全集Vol.2書籍の作品ガイドには、「現代ギター」からの引用が3件ある。それを認識したのは、「ラスト・ワルツ」の鈴木一郎の文章からだ。
「現代ギター」を見てみると、追悼特集「武満徹のギター音楽」がグラビアに続く本文の冒頭を飾っている。1996年7月号で、6月下旬発行なので、タイミングとしては遅い感があるが、内容は大変充実している。

まず座談会で、武満と縁の深いギタリストの荘村清志と佐藤紀雄、そして司会もギタリストの黃敬、読むと黃も武満作品全般をよく研究しており、興味深い内容である。
そして武満のギター全作品リスト。ギター独奏作品、協奏曲、室内楽作品はおろか、ギターが入っている管弦楽作品がリストアップされている大変貴重なもの。
管弦楽作品を聴いていて、はっきりギターの音が認識できたのは、私は「クロッシング」だけだった。(^^;
それが、「樹の曲」、「カシオペア」、「カトレーン」、「ジェモー」etc.でもギターが入っていたとは!!
あとは、ギター作品のディスコグラフィー。
最後はギター界ゆかりの人達の追悼文。
この中に鈴木一郎の文章がある。同じく全集へ引用されている伊部晴美の談話他、主として内外のギタリストが文章を寄せている。その最初がジュリアン・ブリームのもので、他の4倍はあろうかという長文である。

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社交辞令的な追悼文ではなく、武満音楽についての小論文のような内容というべきか、翻訳ではあるが原文の格調高さがうかがえ、武満の音楽への尊敬の念に満ち、かつ作品への深いアプローチ(ギター作品にとどまらず)をして来ていることがわかる。驚くべきは、音楽全般に亘る学識の広さ、深さである。
読んでブリームへ畏敬の念を覚えると共に、これだけ熱意に満ちた文章を寄せたブリームの武満への思いの大きさを感じた。

そのブリームだが、武満全集では、ギター協奏曲「夢の縁へ」(Vol.1)、「すべては薄明かりの中で」(Vol.2)の2作品の奏者として登場する。
CDは「夢の縁へ」の次が「虹へ向かって、パルマ」で、当初図書館は書籍を貸し出してくれなかったので、奏者がわからなかった。「虹へ向かって、パルマ」の方は、J.ウイリアムスであることはすぐわかったが・・・。
いずれにしても次のジョンと比べて遜色のない演奏を繰り広げる奏者が誰なのか、興味を持ったことを覚えている。

「すべては薄明かりの中で」は周知のようにブリームの委嘱により作曲され、ブリームへ献呈された作品であり、ニューヨークで彼が世界初演している。
私は武満をブリームで聴くのは、この全集が初めてである。

「すべては薄明かりの中で」のCDへ耳を傾けると、和音を余韻豊かに、美しく響かせていることにまず心を奪われた。演奏が全般的にふくよかで、何より音の美しさへ心が奪われる。

「すべては薄明かりの中で」の全集の作品ガイドに「現代ギター」のブリームと武満の対談の長い引用が載っている。
1988年に「ジュリアン・ブリーム・コンソート」(古楽アンサンブル。ブリームはリュートで参加。)として来日(*)した際に実現したものだ。

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「現代ギター」への掲載は1989年1月号。作品ガイド欄外に1989年11月7日に対談、とあるのは1988年の誤りだ。

*:11月5日のサントリーホールのコンサートでブリームのギター独奏で「すべては薄明かりの中で」が日本初演された。

作品ガイド欄外には、ニューヨークの世界初演時のプログラムが載っているので、以下に掲げる。
これでわかるように日本初演は、世界初演のわずか1ヶ月後だったわけだ。

Sunday  Afternoon  October  9 . 1988  at 3 : 00
Alice Tully Hall at  Lincoln  Center

DE VISEE  Suite in A major
    Allemande
    Courante
    Sarabande
    Gigue
BACH   Sonata No.1 , BWV1001
    Adagio
    Fuga
    Siciliano
    Presto
REGONDI  Introduction et Caprice , op.23
  Intermission
LUTOSLAWSKI Melodie Ludowe (Polish Folk Melodies)
TAKEMITU  All in Twilight , Four Pieces for Guitar
   (World Premiere)
RODRIGO  Tres Piesas Espanoras
    Fandango
    Passacaglia
    Zapateado

また武満には、ブリーム60歳を祝って彼に献呈した「群島S. 21人の奏者のための」という小管弦楽作品があることをこの全集により知った。
ブリームへの献呈作品ではあるが、ギターは入っていない。

「現代ギター」から作品ガイドへの引用の最後は「リング」で、「ラスト・ワルツ」の鈴木一郎と同じ1996年7月号の武満追悼特集へ寄せた伊部晴美の談話である。全体の半分ほどが引用されている。
全集によると、伊部は1933年生まれで、武満と同じ1996年に没している。ある意味この談話は彼の遺言でもあるわけだ。談話へ、病気で武満の葬儀へ出席できなかった無念を語っている。
談話に拠れば、昭和32(1957)年頃に、オーケストラの現代音楽へエレキギターで参加したという。武満が「弦楽のためのレクイエム」を作曲した年だ。
武満との出会いは、鎌倉の佐助に武満が住んでいた頃というから武満の新婚時代の1955(昭和30)~60(昭和35)年頃だろうか。1961年の「リング」誕生、その後の系列化の作品が作曲された背景に、伊部の存在があったことがわかる。’60年代から’70年代はじめ頃に小澤、若杉、岩城、渡辺暁雄等と協演(!!!)して、「バレリアⅠ」(Ⅰは入らない?)、「樹の曲」、「クロッシング」を弾いている!!!!
「リング」で協演している濱田三彦(リュートを担当)は、「現代ギター」の追悼文で伊部から図形楽譜の読み方、呼吸の取り方を学んだ、と述懐している。

(付記)
●古い本を整理していて偶然派生した事を最後に記しておきたい。
河出書房新社の世界文学全集のロマン・ロラン「ジャン・クリストフ」の3巻目の月報を見たら、武満が一文を寄せていた。

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「ロマン・ロラン 芸術家と社会の問題」という表題で、社会を形成する個人と歴史の機能、それに芸術はどう関係しているか、という大問題を取り上げている。
武満は、ベン・シャーンという画家の言を借りて一つの社会(ある時代)の性格は、代表的な芸術によって象徴される、という考え方を紹介する。
またジャン・クリストフはべートーヴァンをモデルとしていることは認めつつ、ドイツの音楽評論家の著作によってロマン・ロランとエドガー・ヴァレーズの交流と、ヴァレーズがジャン・クリストフのモデルの一人とされている記述に遭遇して興奮を覚えたことを述べ、ロランへの共感を示している。
短い文章だが、扱っている内容は気宇壮大であり、かつ大変難しい。
この文章が何時書かれたものなのか興味がある。
私のものは昭和47年1月の第31版で、初版は昭和35年6月と奥付けにある。これは、安保闘争の時である。
1960年から1971年と幅があるが、ヴァレーズへ言及している部分から、その没年である1965年以前のような気がするので、あるいは初版が出た1960年頃の文章なのかも知れない。とすれば、まさに「リング」を作曲している頃になる。
第3回で触れた「美術手帖」’59年1月号の座談会の出席者駒井哲郎(版画家)からヴァレーズのレコードを聴く誘いを受けたりしていた(立花P.136)時期なので、可能性は高い。(→第3回
30歳前後のことになるわけで、瀧口修造の影響の下で書かれたのかも知れない。 
新潮社「武満著作集」へこの文章は収録されているだろうか?

●全集Vol.2書籍の巻末エッセイはいずれも武満の人柄に魅せられ、心からの敬慕と哀悼の念に満ちた胸に沁みるものばかりだが、立花隆と鈴木大介のものが印象に残った。立花は、自著「音楽創造への旅」を通しての武満との交流過程での様々な回想と興味深いエピソードに触れ、特に戦争後半武満が埼玉山中での学徒動員の際の見習士官が密かに聴かせてくれたシャンソンのレコードの話(*)、武満自身エッセイのいくつかでこのエピソードを取り上げ、ジョゼフィン・ベーカーだったと述べているのが誤りで、リュシエンヌ・ボアイエだったことを突き止める話は、納得するまで取材の手を抜かない立花の姿勢をよく示す話だと思った。

*:このシャンソン(パルレ・モア・ダムール)を聴いて武満は音楽をやりたいと決意した、いわば作曲家武満徹誕生の原点というべきエピソードである。

鈴木のエッセイは、武満のギター作品集のアルバム製作を巡り、完成半ばで武満が逝去してしまったため、武満から十分なアドヴァイスを受ける機会を永遠に失うという事態になりながら、内心の葛藤を克服しつつアルバムを完成させたこと等を綴り、彼の真摯な姿勢、何より心優しさが行間ににじみ、読み終えて心が和む思いをした。
(終わり)

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コメント

山根の「二つのレント」の記事を探していてブログにヒットしました。武満徹の音楽活動について,瀧口修造の影響やいろいろな関係者について要領よくまとめあり,興味深く読みました。感謝します。

ブログをお読みいただきありがとうございました。
私にとって、昨年の武満体験は大変に貴重なものとなりました。

第4回「二つのレント」を見直しましたら、山根銀二の「銀」が誤変換されていることに気付きました。(^^;
早速訂正いたしました。

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