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2017年11月

2017年11月30日 (木)

「京都・奈良・大阪の旅’17」-5(第69回正倉院展)

奈良ホテルから荒池を過ぎ、春日大社の一の鳥居脇の石段を上がり、料理旅館「江戸三」へ立ち寄る。
7月27日付け朝日新聞夕刊の「都ものがたり 奈良」で、小林秀雄が滞在していたという「縁由(えんゆ)の間」を見ておきたかったので。
「江戸三」は奈良公園の中に立地し、鬱蒼とした木立ちに囲まれて起伏のある随所に小屋が点在している。
皆似た造りで、「縁由の間」は斜面の低い位置にあった。

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記事には老朽化で現在は使われていないとあるが、スタッフの休憩所として利用されているようである。
記事によると、1928(昭和3)年東大卒業直後に東京から関西へやって来て、「縁由の間」へ約一年滞在した。当時近くに居を構えていた志賀直哉の支援があったようだ。
この頃を回想している「秋」(1950)とか、「モオツァルト」(1946)の有名な一節、「道頓堀でト短調シンフォニーが鳴った」のもこの時期の事だという。
そして翌1929(昭和4)年に「様々なる意匠」が「改造」懸賞論文の二等賞を取る。
と「江戸三」に滞在した頃が、小林秀雄にとり重要な時期に当たっているのが大変興味深い。

スタッフからもらったパンフレットを見ると、志賀直哉が命名したという「若草鍋」(10~3月)の写真があった。

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春日大社参道を横切り、奈良国立博物館側へ入ったあたりの鹿の群れ。右の並木が参道。

正倉院展はこのところ3年連続来ている。
奈良公園の中の立地、そこここに鹿がいるのがここの特長で、新館前の行列に並んでいると、もう一年が過ぎてしまったのかという感慨が湧いてくる。

正倉院宝物は、宮内庁の所管なので国宝の指定こそされてないが、正倉院展に出陳される宝物の品々はいずれも国宝級のものばかりである。

今回印象に残るのは、「21碧地金銀絵箱(へきじきんぎんえのはこ)」。直方体の小箱で、薄い青緑色の地、焦げ茶色の縁取り、鳥と草花、蝶が金、銀色で描かれ、優美な出来栄えに目を奪われる。

「27緑瑠璃十二曲長杯(みどりるりのじゅうにきょくちょうはい)」。深い緑色のガラス製の楕円形の杯。
今回の図録表紙を飾っている。ちなみに今年の表紙の色調は今までで一番良い。

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図録によれば、鉛ガラスで、銅が含まれているので緑色をしている。中国に多く、対してソーダ石灰ガラスは西、中央アジアに多い。一方形状(十二曲長杯)の原形は、ササン朝ペルシア(3~7C)に見られる。
ということで、中国産が濃厚だが、形状は中央アジア方面と不確定で、明治37年に初めて宝物帳に記載され、経緯が不明、と謎に包まれた宝物なのだそうだ。

「5羊木臈纈屏風(ひつじきろうけちのびょうぶ)」。「6熊鷹臈纈屏風(くまたかろうけちのびょうぶ)」と共に丁度10年前の第59回(2007(平成19)年)に出陳されている。

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「羊木臈纈屏風」は、今年の入場券の図柄に採用されている。
昨年も書いたが、羊は2003年の切手趣味週間の図柄にも採用された。
この宝物は、布(絁(あしぎぬ))が調布であることから国産であるが、巻き角の羊はエキゾチックで、西域のソグド人(中央アジアのイラン系民族)の7世紀頃の都市遺跡、アフラシアブ(ウズベキスタン)の壁画に似たものが見いだせるそうだ(図録130頁)。
上の27共々、中央アジア方面のイスラム、西域文化とシルクロードを通じた中国、果ては日本と、1,300年前の世界のつながりを裏付ける宝物であることは、興味深い。 

聖語蔵(しょうごぞう)の経巻を見るのも楽しみの一つだ。
勿論判読はできないが、整然と記されている文字群に何ともいえない魅力を感じる。
唐代の中国で書かれた経巻が特に優れていると思う。
今回は「56阿毘達磨大毘婆沙論(あびだつまだいびばしゃろん)巻第七」。
図録によると、インドの説一切有部(せついっさいうぶ)派の根本経典「阿毘達磨発智論(あびだつまほっちろん)」を解釈した全200巻の論書で、唐代に玄奘三蔵により漢訳された。
なお、第57回(2005(平成17)年)に「大毘婆沙論巻第百七十八」を見ている。巻第百七十八は、この年1979(昭和54)年以来26年振りで、あと巻第百七十が1988(昭和63)年に出陳されている由。

今回は久しぶりに本館の仏像を見た。時間がなくて、中央ロビーとその北側、第1~7室までしか廻れなかった。

午後5時夕闇がそろそろ押し寄せようという頃、博物館を後に、再び奈良ホテルへ向かう。

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上は春日大社の一の鳥居を参道から見ている。

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上は荒池越しの奈良ホテル。

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ホテルのラウンジでコーヒーで一息入れた。
タクシーで近鉄奈良駅へ行き、18時の京都行き特急で、再び京都へ。
(続く) 

2017年11月28日 (火)

「京都・奈良・大阪の旅’17」-4(奈良ホテル)

午後6時前に奈良ホテルへチェックイン。昨年も同月同日に宿泊した。
昨年は本館だったので、今年は新館スタンダードツインにした。
本館の1階が新館では5階となっていて最上階になり、ゲストルームは4階から下である。
奈良ホテルは小高い丘に立地していて新館は斜面へ増築されたので、このようになったのだろう。 
ホテルのパンフレットを見ると、斜面を有効活用した「吉野建て」という吉野地方の建築様式だそうだ。

今は解体されてしまっているが、ホテルオークラ本館のロビー階が5Fで、地上階は1Fまであったのが正に奈良ホテル新館と同じ立地条件だったであろうことを連想した。ホテルオークラは、本館4Fと別館B1Fが同レベルで、連絡通路で行き来できるようになっていた。ただし本館側にエスカレーターがあってロビーフロアにつながっていた。

我々は2Fの客室へ案内された。
部屋に落ち着くとどっと疲労が出て来た。夫婦共々日常の運動不足がたたった。歩数計を見ると、前日が11,000歩、この日は約9,000歩を記録している。この頃両下肢外側の筋肉痛が出ていた。痛みは旅行中ずっと続き、簡単には取れないと覚悟していたが、帰ってから翌々日には不思議にもきれいに消えてしまった。

ホテルの和食レストラン「花菊」を7時に予約していたが、30分繰り延べてもらった。
季節限定メニューの「INOKURA」。結婚記念日の食事として予約したので、メニューへ反映されていた。
「INOKURA」は、奈良市のティーファーム井ノ倉製の茶葉を一部に使用したコース。

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写真の上側がメニュー。料理名を縁起の良いものにしている。

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千代久(先付け) フォアグラと南京の二見寄せ(生ハム、クコの実、セルフィーユ(ハーブ)乗せ)

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祝儀肴(前菜) 左から、
海老柴煮(松茸、柚子添え)、千枚数の子かに黄味卸し和え(イクラ、色三つ葉同)、焼き茄子の胡麻浸し

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御吸物 清し汁仕立て(甘鯛新蒸(大根薄切り、三つ葉、人参(形抜き)、柚子を重ねる)、松茸、紅葉麩
崩すのが憚られる趣味の良い盛り付けだ。

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御造里 手前左から、鯛、烏賊、奥はかんぱち 醤油皿の色の薄い方が、月ヶ瀬の緑茶風味の醤油
月ヶ瀬は地名で、ティーファーム井ノ倉の所在地

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家喜物 あわびうに風味クリーム焼き(茶葉をまぶす) 林檎甲州煮、かぼす添え

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御蒸し物 栗饅頭(胡桃、鶏そぼろ)、鼈甲餡、とき山葵

御小鉢 大和まなのお浸し、柚子
写真を撮るのを忘れてしまった。(^^;

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御煮物 金目鯛の焙煎茶煮付け、大根

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御壽物(酢物) 帆立貝酒蒸し、虹鱒の砧巻き、蓮根、胡瓜、右の小皿は緑茶風味ソース

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留め椀 オプションで松茸ご飯にした それと香の物。梅干しに見えるのはコンニャク。

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デザート 楕円形の板チョコレートに金文字でグリーティングが書かれている。

翌日(11月1日)もよく晴れて好天に恵まれた。
朝食はメインダイニングの「三笠」のテラスでいただいた。

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昨年と同じく私はアメリカンブレックファスト、妻は茶粥定食。
上はオレンジジュースとサラダ。蓮根が入っていたのがちょっと珍しい。

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茶粥定食。まだお粥と味噌汁が届いていない。
鰆の煮魚、だし巻き玉子、はじかみ、ひじき煮(人参、油揚げ)、野菜煮物(里芋、人参、いんげん、小帆立、小がんもどき)、胡麻豆腐、香の物(奈良漬け、大根、刻み菜)、小梅干し、塩昆布
茶粥、赤だし(ワカメ、丸麩)

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プレーンオムレツにソーセージ

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トースト立ては奈良ホテル以外では見たことがない。ジャムはスイスのヒーローのストロベリーと地元奈良産富有柿のジャム。

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コーヒーはオムレツの前に出してもらい、この写真は2杯目をいただいた時のもの。
リッツカールトン京都のように淹れ直しではなかったようで、1杯目の味ではなかった。

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テラスの様子。レトロでクラシックな雰囲気がよい。窓越しに興福寺の五重塔が望める。

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テラスからの五重塔。塔の左は工事中の中金堂。

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新館は南に面しており、好天の日は快適である。
レイト・チェックアウトを選択したので、窓際のソファで奈良新聞をひろげた。旅先でご当地の新聞を見るのは格別なものがある。妻は本館のショップへ買い物に行った。
奈良漬け、朝食で出た柿ジャム、奈良ホテルオリジナルコーヒー等を購入した。

午後1時。チェックアウトをして、荷物を預け、奈良国立博物館へ向かった。
(続く) 

2017年11月23日 (木)

「京都・奈良・大阪の旅’17」-3

旅行2日目の10月31日の朝食前、鴨川沿いを散歩した。
ホテルを出るとすぐ河川敷へ降りて行く階段があり、河川敷にはゆったりとした遊歩道が整備されている。
ホテル直近の二条大橋、丸太町橋間を一周した。快晴で喧騒からも遠く、大変気持ちよく歩けた。

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降り立った場所から上流を見る。護岸の随所に水面近くまで行ける階段があった。

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鴨川と平行して流れているみそヽぎ川。河川敷へ降りる途中にあり、やはり上流を見ている。みそヽぎ川は高瀬川の源流でもある。
それほど多くはないが、犬の散歩、ジョギングをする人、通勤途上と思われる人とか、出会うのはほとんど地元の人だ。

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上がみそヽぎ川のスタート点。鴨川の水を取り込んでいる。

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左岸側から。中央の傾斜屋根の低層建築がリッツ・カールトン京都。その右の高層ビルは京都ホテルオークラ。

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御池大橋より上流の橋の配置図。二条大橋、丸太町橋間は0.5km。この図にはないが、両橋のほぼ中間点左岸側に琵琶湖疎水からの合流点がある。

朝食後、島津製作所創業記念資料館へ行った。

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瓦屋根二階建てが資料館。ホテルとは目と鼻の先。
昨日ホテルへの帰途、高瀬川一の船入に隣接するこの資料館に遭遇して、是非とも見たいとの思いから訪れた。
創業者島津源蔵がこの場所で創業し、資料館の外観は創業当時のもの。展示は可成り充実しており、時間がなかったので駆け足になってしまったのが残念。
見学者は団体が複数と個人も何人かいて、団体にはスタッフの解説が付いていた。
写真撮影OKだったので、展示の様子を一部紹介したい。

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遊び心があふれた製品のコーナーにあった「昼夜の長短説明器」。カラフルな地球(?)の中央には婦人と子供(老人?)のフィギュアがある。(大正期?)

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大正期の製品コーナー。

島津製作所といえば分析計測機器のメーカーというイメージが強いが、当初は理化学器械の製造からスタートし、1895(明治28)年、初代の急逝で二代目源蔵を名乗った梅次郎は、X線装置、関連技術の高電圧発生装置、また鉛蓄電池の開発等を行って、その工業化を図り、事業を大きく拡大して行く。
日本電池(現GSユアサ)は二代目源蔵が興したのだそうで、GSとは「Genzo Shimadzu」のイニシャルだとのこと。

以降昭和平成と編年で展示されていて、下はその最後、1995(平成7)年~2005(平成17)年のコーナー。

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その時々のトピックスと共に島津製作所の取り組みが紹介されている。
2002(平成14)年の田中耕一さんのノーベル化学賞授賞式の写真、2005(平成17)年の小泉首相(当時)の三条工場視察時の記念写真等がある。

また機会があればじっくり見学してみたい施設だ。

12時にリッツ・カールトン京都をチェックアウトし、手荷物をホテルに預けてバスを乗り継いで京都国立博物館へ向かった。
河原町通りを南下、五条を過ぎ、七条へ差し掛かろうというあたり、通りの西側に長い土塀が見えてくる。涉成園で、東本願寺の別邸だ。かつて枳殻(からたち)の生け垣で囲まれていたので枳殻(きこく)邸とも称されるそうだ。入口は西側のようだ。

七条河原町で乗り換え、博物館前下車。2年振りである。前回は琳派展(参照:'15.11/26)だった。
今回は京博120周年記念「国宝」展
目録によると全210件を展示するが、会期を4つに分け、全会期展示する作品は少なく、見たいと思うものがすべて見られるわけではない。

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ところで、今まで疑問に思わなかった「国宝」だが、ちょっと調べてみた。
根拠法は文化財保護法で、文部科学省が歴史的、芸術的、学術的価値が高い美術工芸品、歴史・考古資料、建造物に対して指定した重要文化財の内、特に世界文化の見地から価値が高いとして指定されたものが国宝なのだそうだ。
また今回の「国宝」展でも出品されているが、中国等外来の美術工芸品も多数指定されていて、それらも含め文化財保護法により海外への流出防止、修復等の際の国の補助等、保護の施策が定められている。

文化庁のホームページによると11月1日現在の国宝件数は、美術工芸品885件、建造物223件で合計1,108件。よって今回は美術工芸品の約4分の1に及ぶ件数が展示されたことになる。

我々が鑑賞した10月31日はⅢ期の初日にあたり、目録によると96件が展示されていた(10/31~11/3)。
予めチェックして臨んだので、見たいと思う作品へ重点を置いて回ったが、それでも人が多かったので誘導スタッフの指示に従い順路とは逆になる1Fから見始めたので、やや巡りづらく感じた。

Ⅲ期のみ見られるのは、
148 日本霊異記 巻上
149 日本書紀 巻第22(岩崎本)
150 御堂関白記 自筆本
198 金印
等だが、殊に「金印」(漢委奴国王)は、間近で観るための特別な行列が出来ていて、約30分待ちとのことだったので後方からの鑑賞で我慢した。折角の単眼鏡を荷物の中へ置いてきてしまったことをこの時ほど悔いたことはない。
が、金色が目に鮮やかで、思ったよりも小さな金印を目に焼き付けることは出来た。

その他も逸品揃いで、
21 源氏物語絵巻 柏木
23 平家納経
31 信貴山縁起絵巻(延喜加持巻)
40 伝源頼朝像
58 松林図屏風 長谷川等伯
63 雪松図屏風 円山応挙
116 油滴天目茶碗 (東洋陶磁美術館)
等々を観ることが出来、感銘を新たにした。

Ⅲ期で見られなかったものは、
1 吉祥天像 (薬師寺)
47~52 雪舟6点
61 風神雷神図屏風 俵屋宗達
62 燕子花図屏風 尾形光琳
115 曜変天目茶碗 (京都龍光院)
121 天寿国繍帳 (奈良中宮寺)
等は目にしたかったが、1、47~52、61はかつて見たことがある。
京都龍光院の曜変天目茶碗は通常は非公開のようで、今回の展示は貴重な機会だっただけに残念(なんと、我々が鑑賞した10月31日の2日前までは展示されていた!)。
大阪藤田美術館、静嘉堂文庫美術館の2品は目にしているだけに惜しい。

三十三間堂脇に待機しているタクシーでホテルへ戻り、荷物を引き取って京都市役所前から市バスで京都駅へ。
京都発17時の近鉄特急に乗り、17時35分奈良に到着。
タクシーで奈良ホテルへ向かう。
(続く)

2017年11月19日 (日)

「京都・奈良・大阪の旅’17」-2(リッツ・カールトン京都)

リッツ・カールトン京都はオープンして3年半経過しているそうだ。
「サライ」の2008(平成20)年秋の京都特集号付録の京都市街図を見ると「ホテルフジタ京都」となっている。経営が移転して建替えたのかスタッフに聞くと、リニューアルだそうだ。設計には3年かけたそうだ。

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二条大橋から見たリッツ・カールトン京都。地上4階というのは古都京都に相応しいが、他の高層建築が入ってしまうので折角の景観が損なわれている。

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ホテルエントランスへのアプローチ

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エントランス前。

10月31日朝8時前散歩に出た時、若い外国人宿泊客とエレベーターに乗り合わせ、ホテル前の道路には外国人向けと思われる大型観光バスが待機していた。また9時過ぎにレストランで朝食を摂った際も、周囲はほとんど欧米系の外国人だった。
ホテルのスタッフは皆若く、また外国人スタッフもいた。聞くとシンガポール人とのことだった。
サービスは行き届いているかのようで、今一つ不足不満を感じた。
一生懸命努めているのは伝わってきた。特に今回チェックインの際に対応してくれた女性は人柄の良さはこの上なかったが、業務上は未熟さが目立った。
ホテルオークラのコンセプトであるACS(Accommodation  Cuisine  Service)でいうと、すべてが今一歩だと感じた。
よかったのは、朝食だ。内容も充実していて、またここだけはスタッフのサービスも申し分なかった。

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我々のゲストルーム。

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上は外出から帰った時に部屋に届けられていた結婚記念日のプレゼントのマカロン。ピエール・エルメのレシピによるもので、妻によると東京の某ホテルよりもしっとりして美味しかったとのこと。

以下レストランでの食事を紹介したい。
時間的には逆になるが、まず朝食から。
イタリアンレストラン「ラ・ロカンダ」でアメリカン・ブレックファストをいただいた。

スタッフが次々とテーブルに運んできて、サービス付きのビュッフェみたいな感じ。
はじめにミニグラスでぶどうジュースと琉球ビネガー。グラスを氷のボールへ入れてサービス。
そしてオレンジ・フレッシュジュース。
サラダ・バーで野菜と牛乳(これだけはセルフ・サービス)。アボカドのディップがよかった。
コーヒーはブラジル、タンザニアがベースのブレンドとのこと。
フルーツはメロン、オレンジ、苺、ラズベリー、ブルーベリー、ルビー・グレープフルーツ。

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クロワッサン2種。通常のクロワッサンともう一つは表面にシナモン、シュガーをまぶして、中に洋梨他の果物を入れてあった。その上に見えるのはイスパハン・ヨーグルト。共にピエール・エルメのレシピ。
ジャムはストロベリー、ブルーベリー、オレンジ・マーマレード。オーストラリア産。食パンでいただきたかったが叶わず、持ち帰りたい旨申し入れるとミニ紙バッグを持ってきてくれた。

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メインのオムレツ。山梨県中村農場のハーブ卵。色が濃い。黄というよりオレンジ色をしている。オムレツにはハム、マッシュルーム、ほうれん草などの具材が入っていた。

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あとハム(イベリコ豚の生ハム、豚肉・鶏肉のハム)と生サーモン、チーズ(カマンベール、エメンタール(スイス産)、チェダー(アメリカ産))が出た。

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上はイベリコ豚の生ハムのディスプレー。この貯蔵庫はサラダバーにあった。
最後にコーヒーのお代わりを所望した。ややあって届いたが、新たに淹れ直してくれたとのこと。こういう心づくしは滅多にない。この時のスタッフは胸の襟にブドウのバッジを付けていた。ソムリエ資格所有者だ。

「ラ・ロカンダ」は個室に藤田財閥創始者である藤田傳三郎の京都別邸の部屋を移築して使用している。

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「ラ・ロカンダ」。奥が移築された個室。
下は個室の様子。

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ソムリエのスタッフは個室見学も案内してくれた。

以下は前夜(10月30日)の夕食。
日本料理「水暉(みずき)」の会席料理「伯州」をいただいた。

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先付け(甘鯛昆布〆、蕪、あわび茸、土佐酢ほか)

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鱧スープ仕立ての土瓶蒸し(鱧、松茸)
鱧は、時節柄これが最後になるとのこと。たっぷりとした量で、脂がよくのっていた。

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お造里(鯛、鮪、烏賊、縞鯵)、野菜のクリュディテ、山利の諸味噌
カービングした氷を立てたりして、盛り付けが派手でサプライズではあるが、自分の趣味ではない。

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焼き八寸(下左から、栗と胡桃の白和え、かます一夜干し、揚げ銀杏、酢取り蓮根、いくら寿司、胡麻豆腐、車海老、茄子と雲丹)
銀杏と紅葉が効果的に配されて、器の趣味も唯一良かった。

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地鶏ときのこの小鍋仕立て(絹豆腐、エノキ茸、椎茸)、中村農場のハーブ卵
味が濃く、食べづらかった。

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釜炊きご飯、赤出汁、香の物5種
サツマイモ、銀杏、栗、百合根、むかご、といろいろ土鍋に入っていた。

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デザート(生、ロースト無花果、ラズベリー)、柚子ジュース、お祝いの言葉入りホワイト・チョコレートの板
ここでもサプライズ。結婚記念日を祝して、テーブルへ花びらを蒔いてくれた。
そして2ショットのスナップ写真を撮ってくれた。
(続く)

2017年11月14日 (火)

「京都・奈良・大阪の旅’17」-1

10月30日から11月2日まで関西へ行って来た。
‘15年から3年連続になり、それまでは1、2年おきくらいのペースだったが、’14年に華道教授をしていた義姉が逝去し、京都の頂法寺会館にある如哉庵へ祀られて以来、毎年その参拝に妻と訪れている。

東京発10時のぞみ221号の5号車11番D、E席。
10月の台風21号が第3週末だったことにひそかに胸をなで下ろしていたのも束の間、新たに台風22号が発生し、出発前々日からの雨に肝を冷やしたが、幸い本州南海上へ進路を取ったのでスピードアップして29日夜には関東は勢力圏を脱し、旅行当日は天候に恵まれることとなった。

雲が多めだったので富士を見られるかどうかが危ぶまれたが、幸い今回も姿を見せてくれた。

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富士市あたりから見た富士。初冠雪のニュースは新聞紙面を飾っていたが、頂上付近は白くなっていない。
12時を回り、新幹線車内の楽しみの一つ、東京駅でGETした弁当を開ける。

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京都着12時17分。烏丸口バスターミナルA2乗り場から市バスで京都市役所前下車、徒歩でリッツ・カールトン京都へ。道すがら、二条通沿いは陶芸のギャラリーとか洒落た店が建ち並ぶ。

午後1時前だったが、準備が整っているとのことで部屋へ案内してくれた。
4階のデラックスダブルルーム。45㎡。
チェックインはフロントではなく部屋で行った。その際2万円の預け金を差し入れる。これは初めての経験だ。一通り部屋の説明を受けて、暫時休憩。

ホテルを出たのは午後3時になろうかというころだった。地下鉄東西線で京都市役所前から烏丸御池の一区間乗る。烏丸通りを京都駅方面へ下る。
三条通にさしかかると、向かいにクラシックな建築が・・・みずほ銀行京都中央支店だ。
旅行後になるが11月4日付け朝日新聞土曜版(be)「古都さんぽ」で取り上げている。それによれば現在はレプリカだそうで、元は1906(明治39)年に第一銀行京都支店として辰野金吾の設計により建築されたとのこと。赤煉瓦に白い石の帯が入る目に鮮やかなデザインは、辰野式というそうだ。

頂法寺会館4Fの如哉庵へ義姉をお参りした後、東本願寺へ向かった。

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上は烏丸線五条駅から東本願寺へ向かう途中。京都タワーと東本願寺の土塀、御影(ごえい)堂門が見えている。

東本願寺は真宗大谷派の本山。家康により西本願寺(龍谷山本願寺)から分離した。
教義はほとんど同じだそうで、浄土真宗親鸞の教えに基づいた阿弥陀仏への帰依、本願他力による往生を説く。
阿弥陀は、サンスクリット語の「アミターユス(無量寿)」(限りない命)、「アミターパ(無量光)」(限りない光)から来ているそうで、南無阿弥陀仏の「南無」は、やはりサンスクリットの「ナマス」で、意味は「帰依します」だそうだ。(Eテレ100分で名著「歎異抄」第1回)

烏丸通りに面した御影堂門から境内へ入る。

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御影堂門から見た御影堂。
下は阿弥陀堂。

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両堂は1604(慶長9)年完成。以後火災に4度見舞われた。4度目は1864(元治元)年の蛤御門の変による京都大火の類焼で、1895(明治28)年に共に再建され現在に至っている由。
写真でわかるように、御影堂には裳階(もこし)がある。
両堂は回廊で結ばれ、阿弥陀堂は本尊の阿弥陀如来、御影堂は親鸞坐像が安置されているとのことだが、我々が詣でた際は垂れ幕が掛かり、拝むことは叶わなかった。

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御影堂門から見た烏丸通りの中央分離帯樹木の黃(紅)葉。マップを見ると烏丸通りの中央に植栽帯があるのは東本願寺前だけである。

地下鉄烏丸線、東西線を乗り継ぎ、京都市役所前へ戻って、木屋町通りへ入りホテルを目指した。歩いて行くと、道路脇に立て札、石碑が目に止まり、水路が開けて俵を積んだ高瀬船があった。

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高瀬川一の船入(いちのふないり)という史跡で、船入とは荷の積み卸し、船の方向転換を行う場所で京都に9カ所在ったのが、今はここだけが保存されているらしい。

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高瀬川は角倉了以が開墾した運河で、ここは北限にあたり水路が尽きるところに日本銀行京都支店の通用門があって、その脇に角倉氏邸跡の石碑があった。

我々が見たのは以上だったが、帰ってGoogle Mapを見るとこのあたりは大村益次郎遺址とか桂小五郎・幾松寓居跡、山県有朋の第二無鄰庵等々幕末・明治期の史跡が多いことがわかった。

17時30分ホテル帰着。

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上はエントランスへのアプローチから見た1階(ラウンジ)、B1階(和食レストラン)。右の石垣と直交している下側の横ラインは滝になっている。上部は客室階。鴨川が望める。
(続く)

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