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2018年4月14日 (土)

夏目漱石「明暗」を読む-1

漱石の「明暗」を読んだ。

漱石メモリアルイヤーに因む朝日新聞の一連の漱石作品の連載も平成29(2,017)年3月28日をもって終了した。その都度私は感想をこのブログへアップしていたが、それ以来漱石からは離れている。
が、以前谷崎潤一郎の「芸術一家言」を読み(→'16.3/19)、「明暗」が完膚なきまでに酷評されている点がずっと気になっていて、今度繙くこととなった次第である。

私が目にした範囲では、「明暗」の評価は谷崎以外で作品の価値を否定する者はいないようだ。
以下に今回の読書体験を記してみたい。

「明暗」は、主人公津田が30歳、もう一人の主人公である津田の妻お延は23歳で、結婚して半年あまりの若い二人に生起して行く愛憎劇といってよいだろう。

作中に明示はないが、津田の父親は推定55歳前後、叔父の藤井が50歳になるかならぬか位、その他お延の叔父岡本にしても、その子供達の年齢からして還暦には間がある年回りと思われる。

絶筆の未完作「明暗」を書いていた漱石にして49歳という若さである。

従って老人として登場する人物は皆、私よりはるかに若い人達ということで、その点も「明暗」を読みながら常に念頭にあったことだ。

開始早々に脱線してしまうが、一月に発表された第158回芥川賞受賞者の若竹千佐子さんは何と私の地元の方だった。
「おらおらでひとりいぐも」という作品名から東北の作者だとばかり思っていたところ、妻のコネクションにより地元の人だと知って読み始め、抱腹絶倒しつつ読み終え、たくさん元気を貰った。
主人公は74歳になる女性で、独り平凡な日々を送っているが、尽きない豊かさに満ちた内面に向き合う幸せな「老人」である。
作者も63歳だそうだが、分身であるだろう主人公の精神の健全さ、バイタリティ、したたかさが遺憾なく表現されており、「明暗」の世界よりもこちらの方に若々しさを感じ、かつもう一人の受賞者も54歳であることと併せ高齢化社会を象徴する今回の芥川賞だと感じた。

閑話休題。
「明暗」は188回で未完に終わった。
「明暗」を読んで釈然としないのはスタート早々に清子の存在、お延と結婚する前のこの女性との交渉が津田の心に深く巣喰っていることが暗示されながら、小説は大きく迂回してお延を中心とする世界が延々と展開していき、突如津田は温泉地の清子の元へと走る、という脈絡のなさ加減である。
谷崎が「瑣末的な事が紆余曲折してだらだら続き、本筋が出て来ない。人物相互でくだらない事で腹の探り合いをする場面が長すぎる」(「芸術一家言」)、と誇張気味に書いているのもあながち的外れとも言い切れない。

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上は「芸術一家言」の最終頁(中央公論社版「谷崎潤一郎全集」第20巻(昭和43年刊))

そして様々な疑問が置き去りのまま作品が中断してしまったことが読者へ大きなフラストレーションを与えている。

連載第2回で津田はいきなり、
何うして彼の女は彼所へ嫁に行ったのだろう。・・・さうして此の己は又何うして彼の女と結婚したのだろう。・・・」
などと述懐しておきながら、中々その問題が出て来ない。
読み進めればアンダーライン部分の「彼の女」が誰と誰かはわかるが、述語の部分は全く未解明である。自身前段にばかり関心が向いていて、後段は等価であるのに、これを記しながらそれと認識するまでこの後段部分は全く関心の外にあった。

津田が吉川宅を訪問して吉川夫人と会談する場面で、吉川夫人から
「お延さんばかりぢゃないわ、まだ外にもう一人ある筈よ」(11)
夫人宅を辞去後の帰宅途上歩きながら
「あの細君はことによると、まだあの事件に就いて・・・」(13)
というように思わせぶりな言葉が出て、これは上の前段の「彼の女」の事だとわかるが、約400頁後の津田の入院している病院へ吉川夫人がやって来る場面を待ってようやくその顛末が明らかにされる。(「清子」という名が読者へ初めて提示されるのもこの場面である。(*))
(131)から(142)の約50頁にわたる部分で、読者としてはその唐突さに面食らうが、ここまでの叙述が何だったのかと思う程あれよあれよという風に重要な事が次々に提示される。
・清子を愛するよう仕向けたのは、そもそも吉川夫人だった。
・清子は結婚する寸前まで行きながら津田から去り、関と結婚した。
・夫人は清子の逗留する温泉へ津田を行かせようとする。それを「笑談みたいなもの・・・大袈裟に云った所で面白半分の悪戯よ」と遊び半分に投げかける。
・お延を奥さんらしい奥さんに育て上げてみせる、とうそぶく吉川夫人へ危惧を抱く津田。
(*)1975(昭和50)年6月の漱石全集第7巻(以下旧全集という)460頁(137)

第17回では津田が病院でばったり出会った友人と晩飯を一緒に取りつつ、「性(セックス)と愛(ラヴ)に就いて六づかしい議論をした」という、漱石にしては刺激的な叙述に驚かされる。直後に「彼との間には、其の後異常な結果が生れた」と記される。
(131)から(142)を踏まえれば、この友人は清子の夫となった関で、「異常な結果」という用語は、津田を去って友人の関と清子が結婚した事を意味していると解釈できる。
ここは大岡昇平も「「明暗」の結末について」(「小説家夏目漱石」筑摩書房1988)で触れ、「多くの「明暗」論を読んでやっと気付」いたと述べている。

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私はいかにも露骨な表現だったので頭に焼き付きはしたが、「異常な結果」の意味へはすぐは想到できなかった。
(続く)

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