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2018年12月10日 (月)

「京都・奈良の旅’18」-4(桂離宮)

10月30日午後は桂離宮を参観した。
今度の旅行のメインイベントである。

20代から折に触れ京都を訪れて来て、当初から桂離宮は脳裏にあったものの、昔は往復はがきでの参観申し込みで希望できるのは年月までで日時は指定に従うよりなく、敷居の高さを感じていたが、近年ネット申し込みが可能となり、日時まで希望できるようになってハードルも下がったので、長年の宿願を果すべく申し込んだ次第。

先ず希望日を決めて、3ヶ月前から申し込みが可能なので7月1日に宮内庁のホームページへアクセス、どの時間帯も空いていたので14時30分で申し込んだ。7月3日には参観許可のメールが届き、希望通り参観できることとなった。
桂離宮の参観は11月1日から有料となったので、期せずして我々は新制度への移行直前の参観者となった。

烏丸側バスターミナルC2乗り場から京阪バス2番系統13時28分始発へ乗車。7条通りをひたすら西下し、中心街から外れて細いくねくねした道筋に入って程なく、桂川を渡ると離宮前バス停だ。片道¥240。
広大な桂川の河川敷を歩いて北側の入り口へ向かう。

既に10名が受け付け待ちしていた。やがて続々と人が増えて20分前に受付が始まり許可証を見せて敷地内ゲストハウスへ。ホールでガイダンスビデオを見てから2グループに別れた。我々後発グループのガイド氏はひょうきんな人で、見学の随所で冗談を飛ばしては笑いを取っていた。

参観中の撮影はフリーで、見事と言うしかない園内の景観をカメラに収めることができたのはよい記念となった。
参観は園内を周遊して主として庭園を鑑賞するもので、建造物内へ入ることはできないが、古書院、中書院、新御殿は間近に外観を見ることができ、松琴亭、笑意軒、月波楼は内部の意匠も見学でき、古書院から迫り出ている月見台は目の前で見ることが出来た。

桂離宮がある桂は古来月見の名所として名高く、月を見るための装置として離宮は造営された。
地名の由来は、月には枯れることがない桂(月桂)があるという中国の故事にある。

一枝を折る身ともがな
 月の中の桂の里の
  住居なりせば
      智仁(としひと)親王
(以上はNHK「桂離宮 知られざる月の館」(2009年1月4日放送)を参考にした。なお、銀閣寺も同様に月を見るための装置として造営されたという。(「ワンダー×ワンダー銀閣寺“幻の月の御殿“」 (NHK 2010年10月9日放送))

「高い教養に裏打ちされた精神的機能美を追求し」(「桂離宮」(一財)伝統文化保存協会)ている桂離宮は、江戸時代初期に八条宮智仁、智忠(としただ)両親王により別荘として造営された。
初代智仁親王は、「細川幽斎に古今伝授、幽斎他界の同月に源氏物語三個秘事の伝授を受けた」(「桂離宮」(財)菊葉文化協会)という。
細川幽斎(藤孝)は戦国大名で武家の人だが、その幽斎が宮家へ伝授したということから当時の公家と武家間の交流の一端がうかがえる。

この日ホテルへ戻って部屋で見た京都新聞夕刊のコラムに、「ガラシャ像の変転」という寄稿文が載っていた。ガラシャは幽斎にとり長男の嫁、彼等が時代の荒波に揉まれる点へも言及されており、興味深く読んだ。

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元和元年(1615)古書院造立
寛永6年(1629)智仁親王逝去(50才)
寛永18年(1641)中書院増築
  この頃庭園を随時整備
寛文2年(1662)新御殿、楽器の間増築
  智忠親王逝去(43才)
造営に心血を注いだ智忠親王だったが、後水尾上皇の行幸を迎えたのは第三代穏仁(やすひと)親王-智忠親王の養嫡子、後水尾上皇の第十一皇子(*)-だった。

(*)「桂離宮」(一財)伝統文化保存協会)の年表1654(承応三)年に「後水尾上皇第九皇子幸宮」(P.44)とあるのは誤りと思われる。

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桂川土手沿い側の笹垣。

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表門。特別な場合以外は使用されない。

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穂垣。表門の両側に張り巡らされている。

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御幸道(みゆきみち)。御幸門方面を望む。

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鼓の滝。外腰掛けから松琴亭に至る途中の池へ注ぐ流れにある。
滝と云っても段差は十数センチ程度しかなく、水が落ちる音を作っているのだそうだ。

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松琴亭。手前左は洲浜、松琴亭手前の松、石橋と右に連なるのは天橋立。

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松琴亭一の間正面の床の間とふすまの青と白の市松模様。

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松琴亭から見た古書院(左)と月波楼。

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園林堂。後水尾天皇の宸筆(しんぴつ)の扁額が掛けられている。
手前のアーチ状の土橋(どばし)の高さは、修学院離宮の土橋に次ぐものだという。

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笑意軒。茅葺き寄せ棟にこけら葺きの庇が付いた茶室。

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笑意軒二の間の腰壁。舶来のビロードの市松模様と斜に交差する金箔の意匠。

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左から新御殿、楽器の間、中書院。手前の芝が蹴鞠場。

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古書院。

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古書院の月見台。

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中門から古書院を臨む。

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月波楼内部。舟底天井。扁額「歌月(かげつ)」は、霊元天皇の宸筆(*2)

(*2)後水尾上皇第十九皇子

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月波楼から望む松琴亭。
(続く)

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