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2018年12月18日 (火)

「京都・奈良の旅’18」-6(興福寺)

近鉄特急は快適だ。窓外の眺めも良く、あっという間に奈良へ着いてしまう。西大寺駅を出るとすぐ平城宮跡へ差し掛かり、左に大極殿、右に朱雀門が見えてくると、奈良へ来たという実感が湧いてくる。
程なく電車は地下へもぐって、近鉄奈良駅へ到着した。
隣接するタクシープールからタクシーで奈良ホテルへ向かった。

奈良ホテル正面玄関前に着いたが、生憎団体客でごった返していてスタッフが我々へ対応してくれない。仕方なく荷物を持って階段を上がり、ロビーへ入るとフロントにも先客があってしばらく待たされた。
番が回ってきたものの午後1時を回ったばかりで、チェックインは3時からだというので、荷物を預けて興福寺へ行った。

猿沢池と興福寺を結ぶ石段、奈良ホテルのガイドマップに「五十二段」とある。
この石段は奈良へ来ると大概は上り下りしているが、そういう名があることは知らなかった。

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五十二段。右手に興福寺の五重塔。写真のとおり結構急で、上りはしんどい。

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五十二段から見た猿沢池。

五十二段を上って道路を横断すれば興福寺だ。
今年は中金堂の再建工事が完成して一般公開され、また寺宝が秋の特別公開中とあって境内は人でごった返していた。

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まず中金堂を見る。

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正面に見えるのは本尊の釈迦如来坐像。今回の「再建にあわせ修理」したとパンフレットにある。
「興福寺」(末尾に「H9.9」とあるので1997年9月に興福寺が製作した冊子)45頁の写真は胸と肩の金泥が剥がれていたりしているが、それらが綺麗に塗り直されている。

本尊仏の前に「法相柱(ほっそうちゅう)」という柱があり、日本画家畠中光享(こうきょう)による法相宗祖師群像が描かれている。カラフルで魅力的であり、思わず目を奪われてしまった。

「中金堂は和銅3年(710)平城京遷都と同時に藤原不比等が興福寺最初の堂宇として創建」(パンフレット)した。

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中金堂から見た五重塔と東金堂。

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南円堂。安置されている諸尊の公開は10月17日のみだった模様。
行列は大流行の御朱印をいただく人達。南円堂は西国三十三ヶ所中第九番の札所。
その前に立つ灯籠は、平成の大修理で複製されたもの。
創建当初の灯籠は国宝館に陳列されていた。
現在の灯籠の火袋の銘文「平成観音讃」は陳舜臣によるもので、読み下し文のパネルが灯籠の前にあった。

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南円堂の本尊不空羂索観音。これは売店でGETした絵はがき。

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北円堂。南円堂同様の八画円堂。「藤原不比等の菩提のために養老5年(720)に完成。その後焼失等を経て承元4年(1210)に復興され今に至る。現存中で最古の堂宇。

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無著(むじゃく)菩薩立像」。北円堂に安置される諸像中、最も感銘を受けた。
運慶による建暦2年(1212)頃の作。周囲を回って参観するが、位置を変えても無著像の視線がこちらに向かっているように感じる。悠然とした造形は堂々として威厳があった。

最後に国宝館へ入った。2回目になるが、以前より陳列が洗練されたように思う。
最も印象深かったのは、「仏頭」。「天武14年(685)完成の白鳳彫刻の傑作」(パンフレット)とあり、清新の気に溢れすがすがしさを感じる。

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国宝館のパンフレットから。

阿修羅像」は八部衆のセンターに位置取り、参観者の注目を集めていた。

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これも国宝館のパンフレット。

国宝館では中金堂落慶記念特別展示として
再会~興福寺の梵天と帝釈天
かつては共に東金堂へ安置されていたが、帝釈天は現在東京の根津美術館が所蔵する。
邂逅 志度寺縁起絵
旅行から帰ってきてパンフレットを読んだ。
志度寺は香川県さぬき市の真言宗の寺。
不比等に関わる物語が一幅の絵の各部へ描かれている。中金堂の本尊釈迦如来に関わる話も入っている。
今回は全六福中「二、讃州志度道場縁起」二幅を前期に第一幅、後期に第二幅を展示した。
我々は後期の最終日に滑り込みで第二幅の方を目にすることが出来たわけだ。

興福寺の寺宝の数々を堪能して帰途「旧大乗院庭園」を見た。奈良ホテルの南側に広がる庭園で、初めて奈良ホテルへ来た2年前に知ったが入るのは初めて。(→'16.11/18

入館時にもらったパンフレットにより改めて概要を記す。
大乗院は寛治元年(1087)の創建で、興福寺の塔頭。藤原氏の門跡寺院だった。
寛正6年(1465)に足利義政の命により善阿弥による作庭が始まった。
現在の庭園は平成になってからの発掘調査と江戸末期の門跡隆温(りゅうおん)筆の「大乗院四季真景図」を元にして、江戸末期の状況を復元している由。

調査結果を尊重し、正確性を優先したのは正しいと思うが、復元された庭園は無味乾燥の感を禁じ得ない。前日に桂離宮を見ているだけにその落差の大きさを感じてしまう。

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旧大乗院庭園文化館の入り口。

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東大池と中島

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西小池と四阿(あずまや)。

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四阿脇に設置されている「大乗院四季真景図」のパネル。
(続く)

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コメント

もう読まれましたか、
歴史探偵の気分になれるウェブ小説を知ってますか。 グーグルやスマホで「北円堂の秘密」とネット検索するとヒットし、小一時間で読めます。北円堂は古都奈良・興福寺の八角円堂です。 その1からラストまで無料です。夢殿と同じ八角形の北円堂を知らない人が多いですね。順に読めば歴史の扉が開き感動に包まれます。重複、 既読ならご免なさい。お仕事のリフレッシュや脳トレにも最適です。物語が観光地に絡むと興味が倍増します。平城京遷都を主導した聖武天皇の外祖父が登場します。古代の政治家の小説です。気が向いたらお読み下さいませ。(奈良のはじまりの歴史は面白いです。日本史の要ですね。)

読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。

ブログへお立ち寄りいただき誠にありがとうございました。
一年前にomachiさんが書き込まれた際に読んでおります。
感想等もその時書かせていただきました。
今回の旅行においても記憶の片隅に置きつつ興福寺を参観してきました。
http://guit-kichi.cocolog-nifty.com/blog/2017/11/1769-795c.html

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