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2019年1月19日 (土)

「ウイーン・フィル・ニューイヤー・コンサート2019」番外編+α

新しい年がスタートして早や半月が過ぎた。
ニューイヤー・コンサートの番外編+αということで、手元にある過去のニューイヤー・コンサートの中で最も古い2005年の録画-第1部がなくて不完全なのが玉に瑕なのだが-についてと、その他のあれこれを思いつく儘に取り上げることにする。

2005年のニューイヤー・コンサートは見所がいくつかあり、大変興味深かった。
指揮はロリン・マゼール(1930~2014)。武満徹と生年が同じである。この時75才で、ニューイヤー・コンサートの指揮は何と11回目だった。
コンサートマスターはヴェルナー・ヒンク
マゼールの指揮はあまり見たことがなく、ティーレマンの今年との比較で云うと粗雑な感じがした。

ところで大晦日のEテレ「クラシックハイライト2018」は楽しめた。司会の宮本亜門が素晴らしく、アシスタント役は「ブラタモリ」の林田アナ、そして解説者が片山杜秀で、その博識振りに再た々々舌を巻いた。
2018年のハイライトだけでなく、過去の貴重映像の数々も流れて、取り分け「第1回サイトウ・キネン・フェスティバル松本」での武満徹「セレモニアル」(平成4年(1992)9月5日)は得難い映像体験だった。指揮は小澤征爾。演奏が終わり、客席から武満が舞台へ上がり小澤と握手、会場へ返礼する場面は文字通りのお宝映像だ。

年が明けて、1983年元旦にNHKFMで放送された「日本の管弦楽作品」(N響)というエアチェックテープが出て来た。山田耕筰、伊福部昭、小倉朗等7名の邦人作品中に早坂文雄「左方の舞と右方の舞」(1942年3月3日初演)があった。早坂は修業時代の武満の恩人(師)にあたる(立花隆「武満徹音楽創造の旅」および →2017年10月25日参照)。早坂と武満との関係を思いつつ、感慨深く聴いた。
36年も前の正月番組が正月に出て来たというのも新年早々縁起がよい。

また正月には「京都の漱石句碑」(→2018年12月27日)で取り上げた「谷崎潤一郎全集16巻」で気になった文章を読んだが、その3編中の2つが新年号への掲載だった。(*)

(*)「潺湲亭(せんかんてい)のことその他」(昭和22(1947)年1月号「中央公論」)
   「月と狂言師」(昭和24(1949)年1月号「中央公論」)
   「同窓の人々」(昭和21(1946)年12月号「新潮」)

どれも「磯田多佳女のこと」(昭和21(1946)年)と同時期の文章で、戦争が終わり、京都へ居を定めて間もない時期の文章である。当時は谷崎60代の前半で、「(先の)潺湲亭」に居を定め、近くの南禅寺、永観堂、若王子そして平安神宮といった名跡に囲まれ、上田秋成はじめ近縁のゆかりの先人達に思いを馳せ、能・狂言、仕舞、地唄等を趣味とする近隣の人達との交流を綴っている。
そうした満たされた日々を綴っているにしては、文中谷崎自身も記すとおり一所に長く留まらないのが谷崎たる所以で、昭和24年4月には同じ京都の「(後の)潺湲亭」へと転居している。

福田進一のツイッターブログ1月3日に「正月三が日は、バッハのソナタBWV1001とパルティータ1004の編曲を浄書して過ごした」とあった。
これは、懸案のバッハチクルスのレコーディングを示唆しているようだ。(→2016年6月5日
実現すれば偉業達成となる。期待したい。

松の内が明けてから知ったことだが、「ぶらあぼ」2019年1月号にウイーン・フィル楽団長のダニエル・フロシャウアーへのインタビューが載っていた。
といっても「若林暢(のぶ)」という女性ヴァイオリニストのCDのPRが目的の記事だが、読んで面白いと思ったのは彼がジュリアードへ留学したという事実だ。
また彼の使用楽器はストラディバリウス「Ex Benvenuti、ex Halphen」(1727年)とのこと。
これも意外で、昨年のニューイヤー・コンサートでも書いたが、団員が使用しているのはウイーン製の楽器で、ストラディバリウスはコンサートマスターのみに付与されているものと思っていた。

さて2005年の番外編に入りたい。
「見所」が何だったかを先に記しておく。
1. マゼール関係
・「ピチカート・ポルカ」を団員のヴァイオリンを借りて弾き振り。
・「ウイーンの森の物語」では、通常ツィターが用いられる前奏、後奏の部分を見事な美音でヴァイオリンで弾いた。
・アンコールの「美しき青きドナウ」に入る前、通常指揮者の主導でウイーン・フィルのメンバーの新年の挨拶に代えて、マゼールが長目のメッセージを述べて、自身が日本語、中国語を含む数カ国語で新年の挨拶を述べた。
2. 2部の1曲目の後に楽団長(当時)のクレメンス・ヘルスベルクがWHO事務局長のイ・ジョンウクと共にステージ中央へ立ち、異例のスピーチをした。
前年暮れのアジアの自然災害(*2)への見舞いの言葉と、ウイーン・フィルからWHOを通じ被災地へ飲料水の寄付、恒例の「ラデツキー行進曲」をこの年は控える旨を表明した。
というように、この年は異例ずくめだったことがわかる。

(*2)2004年12月26日のスマトラ沖地震(津波発生 死者行方不明約22万7千余名)

NHKの司会は中川緑アナウンサー、ゲスト錦織健。1991-2年にウイーン留学中もTVでニューイヤー・コンサートを視聴したそうだ(指揮者はカルロス・クライバー)。

以下プログラムのメモを記す。

◎映像挿入
△バレエ映像

第2部
1. フランツ・フォン・スッペ : 喜歌劇「美しきガラテア」序曲

ここで楽団長のスピーチ

2.ヨハン・シュトラウス : クリップ・クラップ・ギャロップop.466
「クリップ・クラップ」は擬音語で「カタカタ」いう音のこと。
打楽器奏者がバチで拍子木のような木片を叩いて出していた。
3.ヨハン・シュトラウス : 北海の絵op.390
今年と唯一の同一曲。この曲を聴き較べてみると、ティーレマンが丁寧な曲造りをしているのに対して、マゼールはあっさり流してしまう演奏で、そう言っては何だが底の浅い感じだ。
ヨハン・シュトラウスが滞在したフェール島を地図で探してみた。デンマーク国境近くのシュレスウィヒ・ホルシュタイン地方の北海に浮かぶ北フリージア諸島の中心へ位置している。従ってウイーンからは可成り離れた処だ。
また今年は「北海の風景」とされていた。
4.ヨハン・シュトラウス : いなかのポルカ
「Bauern Polka」 ウイーン・フィルメンバー、歌いながら演奏。
5.ヨハン・シュトラウス :  ポルカ・マズルカ「蜃気楼」op.330△
6.ヨハン・シュトラウス :  ポルカ「観光列車」op.281 2016(ヤンソンス)
7.ヨーゼフ・ヘルメスベルガー : ポルカ「ウイーン風に」◎
2005年はヘルメスベルガー生誕150年だった。
映像はウイーン風アップルパイ(ウイーン名物?)を主婦が作る過程を流す。
8.ヨハン・シュトラウス : ロシア風マーチ・ファンタジー
9.ヨハン・シュトラウス : ポルカ・マズルカ「心と魂」op.323△ 2010(プレートル)
バレエ映像:コーブルグ宮殿。
10.ヨハン、ヨーゼフ・シュトラウス : ピチカート・ポルカ
allピチカートの曲。マゼールの弾き振り。
11.ヨハン・シュトラウス : ワルツ「ウイーンの森の物語」op.325◎
映像:ウイーン近郊の森
またしてもマゼールのヴァイオリン、今度は弓を使う。なかなかの美音。
2016(ヤンソンス)、2018(ムーティ) この作品も採用率が高い。
12.エドゥアルト・シュトラウス : ポルカ「電撃」
ここでマゼールに花束。

アンコール
1.ヨハン・シュトラウス:ポルカ「狩」 2010(プレートル)、2016(ヤンソンス)
2.ヨハン・シュトラウス:ワルツ「美しく青きドナウ」op.314△
演奏の前にマゼールの長目のメッセージと新年の挨拶。
バレエ映像:ベルベデーレ宮殿

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