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2019年3月18日 (月)

「新・北斎展」と「小原古邨」展

3月8日、9日に表記の展覧会へ行って来た。

浮世絵といえば私的には小学生時代(何とかれこれ60年前!!)に空前絶後の大ブームだった切手と結びついている。
切手趣味週間の歌麿、写楽、春信といった美人画・役者絵、国際文通週間の広重「五十三次」、北斎「冨嶽三十六景」というように切手を通じて浮世絵(版画)を知ったのだった。

2年前の秋の千葉市美術館での「ボストン美術館浮世絵名品展・鈴木春信」、あべのハルカス美術館での「北斎-富士を越えて-」(大英博物館とのコラボレーション企画。大英博物館所蔵品をメインとしていた。といってもこの展覧会は会場まで行きながら、時間的やりくりが付かなくて入場を諦めた。)、2012(平成24)年2月千葉県鋸南町の菱川師宣記念館での特別展「元禄繚乱(フリーア美術館「江戸風俗図屏風」(複製)里帰り」(鋸南町は師宣の出生地)というように、名だたる浮世絵の名品は海外におびただしく散逸している。

今回の「新・北斎展」(森アーツセンターギャラリー)は永田生慈(せいじ)という北斎研究家のコレクション(「永田コレクション」)を中核として国内で所蔵されている作品で構成されている。永田氏自ら準備を進められていたそうだが、昨年2月に病没され、「永田コレクション」は彼の郷里にある島根県立美術館へ寄贈されて今回が都内での見納めになる由。

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「新・北斎展」出品目録。

出品NO.462「弘法大師修法図」(末尾の(追補)参照)の発見、460「雨中の虎図」と461「雲龍図」が対の作であることetc永田氏は北斎に関する重要な発見をして来ている由。氏は460の所蔵先である太田記念美術館に長く在籍されていたそうだが、ここは「小原古邨」展の会場である。

全479点が展示されたが、前期・後期、更に作品によっては前期のA期間・B期間、後期のA期間・B期間、もちろん通期展示もあるが細かく割り振られ全出品作を目にするのは至難の業だ。
ちなみに私が煎った8日は後期B期間にあたる。

以下「冨嶽三十六景」について覚え書き風に記す。
あべのハルカス美術館「北斎」展の「冨嶽三十六景」は24点(大英博物館18、メトロポリタン美術館4、太田記念美術館2(共に校合摺り))。
それに対し今回の「新・北斎展」は26点(「神奈川沖浪裏」は2点。島根県立美術館23(内新庄コレクション13、永田コレクション2(校合摺り))、日本浮世絵博物館3)
なお双方に共通する作品は14点である。

私は後期なのでその内13点を見た。「神奈川沖浪裏」、「山下白雨」、「尾州不二見原」、「隅田川関屋の里」等々であるが、到底全貌に迫るには足りない。
あべのハルカス美術館の図録解説に大変示唆に富むものがあるので、ここに梗概を記す。
出だしの1期から4期までは5点ずつ摺られ、始めは当時人気だったベロ藍単色で摺られた。
夜明けのモノクロームな世界が、陽が昇ると共に色彩が多様になっていき、やがて昇りきって豊かな色の世界が出現して、とシリーズの進行に連れ色調が変化して行き、最後の方では陽光がもたらす様々な色彩の効果が追求されている、というもの。
因みに西村屋という版元から出版されたのは全46図になる由。

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ギャラリーのある52Fからの眺望。

9日(土)。「小原古邨」展の会場である太田記念美術館へ。今回は3回目で久し振りだ。前はJR山手線の原宿からだったが今度はメトロ千代田線の「神宮前」から行った。

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表通りから折れてすぐの閑静な場所にある。

小原古邨(おはらこそん:1877(明治10)―1945(昭和20))はNHK日曜美術館で昨秋茅ヶ崎市美術館での展覧会の模様が紹介されて魅了されたが、美術館へは行きそびれてしまい残念に思っていたところ、今回の企画を新聞で知り一も二もなく見に行こうと決めていた。
茅ヶ崎の方は中外産業の「原安三郎コレクション」230点が展示されていた。
今回の太田記念美術館は個人蔵を主体とした茅ヶ崎とは異なる150点を前、後期各75点に分けて展示した。私が見たのは後期の方である。
古邨は明治末から昭和10年代半ば迄活動し昭和期は「祥邨(しょうそん)」と号して、渡邊庄三郎の元から「新版画」の制作も行い、川瀬巴水(1883(明治16)-1957(昭和32))や吉田博(1876(明治9)―1950(昭和25))と同時期に同じ版元へ所属していたことは瞠目すべきである。
巴水の風景画、吉田の山水画に対し古邨は花鳥画を手がけ、作品は500点以上に上るそうだ。
恩地孝四郎を含め、皆海外での評価が高く、特に古邨は日本国内ではほとんど忘れられた存在となっていたようだ。

この日14時から小池満紀子さんによる特別講演会があった。小池さんは中外産業原安三郎コレクションの担当者で、偶然倉庫に眠っていた古邨作品を発見された由。
日曜美術館でも古邨版画の高度且つ精細な技法について話されていたが、今回は浮世絵版画の伝統を踏まえて独自の境地へ達した古邨版画について、「雨」の表現、「光」(月、星)の表現という側面から歌川広重と対比しつつ話された。

小池さんが配布したのは「有明月と木菟(みみずく)」の擂りの異なる3点をプリントしたA4一枚だった。
木菟の色付け、止まっている枝の濃淡、背景の陰影の付け方、月周辺の濃淡と擂り方が違い、その中の一点には「忠」印がある由。(優良なものに押されているとのこと。小池さんは何処に押されているか話されていたと思うが、今ペーパーを見ても判別できない。)
今回の展示では「月に木菟」(NO.29)として前期に展示されたようだが、比較すると上の何れとも違っている。
版画は擂りの工程が複雑な程この様に個々の刷り上がりは千差万別になるのだろう。
そこが版画の面白さであり、奥が深い処でもあると感じた。

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「古邨」展図録

改めて図録を見ると「祥邨」落款の作品より「古邨」期の方が色調は渋く落ち着いていて格調が高く、私は好きだ。
後期展示ではない「蓮に雀」(NO.2)、今回の展示作品ではないが図録で紹介されている「柳に油蝉」、「花菖蒲に翡翠(かわせみ)」(共に原安三郎コレクション)は典雅で美しく、高い境地に達したものとして魅力を覚える。

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「蓮に雀」のポストカード

(追補)16日(土)のTV東京「美の巨人達」で、「弘法大師修法図」(太字:色)について静嘉堂文庫美術館長の河野元昭氏の解釈が大変参考になったのでここに概要を記す。
木に巻き付く犬は、婆娑羅大将(金剛力士(仁王))の化身。十二神将(薬師如来の守護神)の戌に該当している。
木は疫病に苦しむ人間の暗喩。びっしり生える茸は「カワラタケ(植物病原菌)」で、寄生した樹木を徹底的に枯死させてしまう。犬(婆娑羅大将)は木(瀕死の病人)を迫り来る鬼(病魔)から決死の覚悟で守ろうとしている。
空海も木(病人)の脇で経巻を手に一心に祈祷することで鬼に対峙しているというもの。

またナレーションで述べていた「神奈川沖浪裏」との構図上のアナロジーは、卓見である。
いわく、「修法図」は遠近法により立体感が創出されている。
最前景の左の鬼(グレート・ウエーブ)、右手前の犬と木(波に翻弄される舟)、そして最奥でどっしり構える空海(冨士)という対比である。
(了)

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