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2019年5月

2019年5月30日 (木)

箱根・富士宮(その4・ラリック美術館)

5月10日12時に山のホテルを出発し、芦ノ湖沿いにR75を仙石原まで走り、ラリック美術館へ。
ラリック美術館は2度目で、前回(11年前)は「Le Train(ル・トラン)」を見たため、展示室をじっくり見る事が出来なくなってしまい、是非もう一度見たいと思っていた。

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入館チケット。左:ペンダント/ブローチ「冬景色」、右:ベッドサイドランプ「日本の林檎の木」

ルネ・ラリック(1860~1945)はフランスの工芸家で、前半生はアール・ヌーヴォー様式の金細工、宝飾デザインの製作、20C以降後半生はガラス工芸を手がけた。

展示はラリックの生涯を概ね反映するもので、19C末のアール・ヌーヴォー様式の七宝技術(エマイユ、プリカジュールetc.)に基づく宝飾品、20Cアール・デコ様式のガラス工芸、コティの香水瓶とか花器、テーブルウェアデザイン、また室内装飾(シャンデリアなど)、「ル・トラン」の内装等幅広く手掛けたことが紹介されている。自動車のフロントのガラス製のマスコットも多数製作しており、美術館とレストランを連絡する通路の一角にラリックのマスコットを付けたクラシックカーが置かれていて、この美術館のトレードマークになっている。(トレードマークは、「ル・トラン」か)(^^;

またジャポニスムにも無縁ではなく、「蝶の女(Butterfly Woman)」(*)(ブロンズ、1899-1900)がたしか「ジャポニスムとその時代」コーナーのメイン展示だった。
「蝶の女」とジャポニスムとの関係性を理解しているわけでなく、この記述はひょっとすると誤りかも知れない。

(*)ラリック美術館のホームページによると、1900年のパリ万博のラリックブースのショーケースの装飾柵に使用されたものだという。

昨年ポーラ美術館で見たエミール・ガレより世代的には若く、ラリックがガラス工芸を手掛けるに至った頃にはガレは世を去っている。ので、二人の接触はどうだったのか?

今回は「サラ・ベルナールの世界展」が2F企画展示室で開催中だった。サラ・ベルナールの名はプルーストの「失われた時を求めて」でも再三出て来るので記憶しているが、サラはラリック作品を愛好していたようだ。
ラリック美術館の1Fには「サラ・ベルナールの部屋」がある。

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「サラ・ベルナールの部屋」から見える池。モネのジヴェルニーの邸宅の池を連想させる。

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同上。

鑑賞後にレストランで遅い昼食を摂った。

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テーブルから庭を見る。

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ランチ。上左から牛バラ肉のブランケット、バターライス、下同メカジキのグリル、ラタトゥイユそれに別プレートの前菜、パンが付いた。

16時にラリック美術館を出発、箱根に別れを告げ休暇村冨士を目指した。
R138~R401経由で御殿場インターから東名へ乗る。程なく御殿場JCから新東名へ入り、駿河湾沼津SAで小憩後、新富士IC~R139上井出IC~R72~R414を経て17時48分田貫湖着。
渋滞もなく快適なドライブだった。この間富士は常に顔を見せていた。
(続く)

2019年5月28日 (火)

箱根・富士宮(その3・山のホテルの食事)

例年似た様なことを記すことになってしまうのは仕方がないが、恵まれた自然の中で非日常の贅沢を味わう幸せに感謝しつつ、今回の山のホテルのホテルライフを書き留めておきたい。

山のホテルの魅力を高めている要素の一つに大浴場「つつじの湯」がある。温泉で広い浴槽が内と外にあって、湯に浸かっていると虚心になってくる。特に朝の露天風呂で外気を感じながら入っている時の解放感がよい。
今回は夕食後(22時40分~)、朝食後(10時30分~)の2回利用した。
これも毎回の事ながら、ここでしか手に入らないものをショップで購入するのも楽しみの一つである。山のホテルブランドのコーヒー2種の内スペシャルブレンド、マンゴーアップルジャム、フレーバー・ティー(緑茶)のお試しセットをGET。今回は外に妻の方がお土産も含め雑多な買い物をした。(クグロフ、クリスピー・チョコ、レトルトのカレーとビーフシチュー、バターカステラ、ふき味噌など)

そして食事である。
今回も順番が逆になるがテラスでの朝食から記す。

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コーヒー。随時お替わり可能。

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フルーツは苺。2個だったが、この時1個はすでに胃の中(^^;
たしか甘いジュレ状のものがコーティングされていた。

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プレーンオムレツ。粗挽きのポークウインナ。フレッシュジュースはパインアップル。

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妻のチョイス、味噌漬けベーコン添え。

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クロワッサン。妻共々お替わりをした(^^)
外にミルクパンが出た。

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左の小皿はバター。トレーの3つのカップは左からカシス、ニューサマーオレンジ(伊豆の特産)のジャム、ケチャップ。

そして前夜のディナー。「Vert Bois(緑の森)」のフランス料理を今年もいただく。
19時15分からで、昨年は一番奥の窓際のテーブルだったが、今回はその一つ手前の席だった。

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一口オードブル(芦ノ湖のワカサギのフリッター、レモン添え。人参のムース、クルミのロースト乗せ)

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前菜(鯛のマリネと春野菜キャラウェイ風味)
鯛は軽く火を通して、アワビとキャビアが添えられている。野菜の方はベースのゆでキャベツにハマグリ、アスパラガス、ミニトマトなどが乗せられている。キャラウェイは香辛料。

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パンが供される。これは胡桃入りパン。

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前菜2品目(コンソメのエミュルション、レンズ豆と山菜を添えて)
エミュルションとは何かスタッフに聞いたところ、「乳化」のことであるとの答え。写真を見るとコンソメというよりポタージュのようで、泡立ちも見られる。山菜はタラの芽で、フリットされている。フォアグラが入っており、塩味が強めだった。

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パン第2弾。全粒粉パンとバゲット。
パンが美味しくて、3種類すべてをお替わりした。

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オマール海老のスープ。焼きポロ葱と天使の海老添え。

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魚料理(スズキのソテー、アオヤギ、ズワイガニ)。
スズキは明日葉の上に盛り付け。右端は紫玉葱のソース。ラタトゥイユ添え。これも塩味が強め。

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肉料理は3択。私はサーロインのグリル、ピノ・ノワール風味のマスタード添え(皿の右端の黒っぽいピース)。
ボリュームもそこそこあって、食べ応えを感じた。

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妻は仔牛ロースと茸のフリカッセ、雑穀米ともち米ヘンプシードのピラフ添え。
写真で分かるが、添え物のピラフが抜けていて、妻の申し出により大分時間が経過してから後付けで供された。理解に苦しむミスである。

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デザートは4択。私は、タルト・フロマージュ、日向夏のソルベとフルーツ(ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、オレンジ、パイナップル)、マカロンなど
現在の料理長の盛り付けの「幾何学的センス?」が良く出ている。

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妻の方。お花畑に見立てたフレッシュフルーツと杏仁のブラン・マンジェ。
フルーツ(ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、オレンジ、パイナップル、甘夏、キュウイ)と日向夏のソルベ。そして真ん中のブラン・マンジェ。フランス語で「blanc manger=白い食べ物」という意味。

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食後のコーヒー。

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妻はハーブティー。蜂蜜付き。

いつもながら大変食べ応えのあるメニューだった。
食事を終えたのは21時40分頃。我々が最後のようだった。
(続く)

2019年5月24日 (金)

箱根・富士宮(その2・山のホテルの庭園)

5月9日(木)17時30分山のホテルへチェックイン。昨年と同じ315号室だった。
しばらく部屋で気息を整えてから18時頃庭園へ行った。暮色が広がりつつあったが、まだ明るい。空気の方は大分ひんやりしていた。今回はそれに加えて翌日朝と朝食後と、都合3回庭園を散策した。

この時期の箱根へ来るそもそもは山のホテルの庭園の見事なつつじに魅せられているから。園芸作物とはいえ、その年々の気候が影響して見頃の予測が難しい。通常は5月中旬頃らしいが、昨年は既に見頃を終えていたので、今回は早めの時期としてみたが案に相違して5分咲きだった。

翌朝は大快晴。一点の雲もない。部屋のカーテンを開け、外界を目にした時の驚きと喜びは何物にも代えがたい。

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6時45分頃部屋から見た富士。
地元から見る富士は「優美」という表現がぴったりだが、箱根の富士は「勇壮」でかつ清潔感がある。

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7時50分頃庭園から見た富士。この写真をズームアップしても徴候らしいものが辛うじて認められる(ような気がする)が、右側の山際の冠雪の末端部分に定間隔で構造物らしきものが見えていた。形状が人工的で規則的に一定区間に並んでいた。一体あれは何だったのか?

さて、山のホテルの庭園の先ずはつつじ園から。

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昨年もこのアングルからのショットをブログへ載せた。較べると今年の方が花は鮮やかである。

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これは9日だが、株によって頃合いが違うのがよく分かる。

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10日8時頃、同様に開花時期の違いがわかる。

昨年講演を聴いたツツジ・シャクナゲの研究者の倉重祐二氏の監修によると思われる銘板が今年初めて各所に見られたので、目に付いたものを以下に示す。

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「八重げら」(江戸キリシマ)希少種。
山のホテルの庭園で最大の株。昨年はこの穂木の苗木を講演受講記念にもらって、すでに満開となって楽しませてくれたが、親の株の方は上のとおりこの時点で3分~5分位だった。いただいた方の花の色合いはもう少し薄い朱色という感じである。

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「キリシマツツジ’ムラサキミノ‘」これは古い方の銘板。

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「小紫」(オオヤマツツジ系)希少種。
見るとおり蕾で、これから開花という状態。

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「紫琉球」(リュウキュウ系)希少種。
ほとんど白だが、銘板によれば薄紫色で斑点(ブロッチと云うそうだ)が濃い紫。

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「飛鳥川」(オオヤマツツジ系)希少種。
というように、上に見たつつじはほとんどが希少種。

次にシャクナゲ園。
シャクナゲ園入り口にある案内看板によれば、シャクナゲ園には250株の内洋種、日本種が各100株、北米種のカルミアが50株で、5月上旬に見頃となるのは「ヒカゲツツジ」で日本種へ分類されている。
シャクナゲ園は山の北面の鬱蒼とした日陰部分にある。

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上は急斜面を回遊する石畳。

倉重祐二氏の監修によると思われる銘板がシャクナゲ園へも設置されていた。

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「キョウマルシャクナゲ」
日本種で、見頃だったことになる。希少種で、環境省の絶滅危惧種に指定されている由。

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「フォーチュネイ」中国原産で、洋種に分類される。洋種の見頃は5月下旬~6月上旬だそうだが、優美な見事な花を咲かせていた。

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「ノバ・ゼンブラ」洋種の希少種。

その他「マイケル・ウォータラー」、「ステラ・ウォータラー」の銘板があった。共に洋種の希少種だ。開花は見られなかった。
(続く)

2019年5月20日 (月)

箱根・富士宮(その1・彫刻の森美術館)

5月9日(木)~11日(土)の3日間箱根・富士宮方面へドライブ旅行して来た。
この時期の箱根へは2014年以来毎年で6年連続となる。一方富士宮は昨年に続いて2回目である。
走行距離は3日で405km。天候に恵まれ、渋滞もなく快適なドライブを楽しむことが出来た。
加えて今年は、かつてなかったほど富士山を堪能した。
出発してまずアクアラインの橋で富士山を見た。記憶をたどる限りアクアラインで富士を見るのは今回が初めてだ。東名から小田原厚木道路に入ってからも、伊勢原、平塚、そして小田原市へ入り弁天山トンネルを抜けてからと、各所で富士を見たことも今回初めてである。

国道1号に乗って、いよいよ箱根に入った。みずみずしい新緑が目に快い。湯本、塔ノ沢、大平台、宮ノ下と登って、小涌谷から強羅方面へ分岐(R723)し、目指す「彫刻の森美術館」へ到着した。

7万㎡の広大な敷地内に約120点の屋外彫刻が配置され、庭園の緑を賞でつつ鑑賞するという、他所では経験できないユニークで贅沢な美術館で、やはり新緑と相まって心身が癒やされるのを感じた。

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「ネットの森」エリアにあるオシップ・ザッキン作「山野を歩くヴァン・ゴッホ」。

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佐藤忠良作 「カンカン帽」
カフェの2F「緑陰ギャラリー」に展示されていた佐藤忠良「カンカン帽」((‘1975)。
此のギャラリーの展示は撮影可。ポーラ美術館のエントランスにあったブロンズに酷似している。

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「幸せを呼ぶシンフォニー彫刻」内部のステンドグラス。高さ18m、内径8mの巨大な構造物だが、フランスのガブリエル・ロアールの作品。4月2日付け朝日新聞のここのステンドグラスの記事を見て、妻が希望したのが今回彫刻の森美術館へ来た動機だ。

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そのらせん階段を上り詰めて塔の屋上からの眺望がこれ。遠く本館とその背後に箱根外輪山が見える。

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緑陰広場の猪熊玄一郎「音の世界」。芝生にうつ伏せの人の彫像は「密着」(1993)。イギリスのアントニー・ゴームリーという人の作品。銘板を見ると1950年生まれで私と同年!!

本館ギャラリーでピカソ作品が展示されていた。
ピカソ館が工事中ということで、リニューアルオープンする7月末までの暫定的措置のようだったが、小品が主体ながら見るべき作品が多かった。
グアッシュ、鉛筆画、ペン画、版画等の渋い作品が中心だった。とりわけ印象的だったのは、陶芸作品。
詳細は把握しなかったが、彼が陶芸に熱中したのはフランソワーズ・ジローと生活していた1940年代後半頃だったと思うが、傑作という語が陳腐に思われるほどの素晴らしさで、見ていてため息が出て来た。
デイヴィッド・ダグラス・ダンカンのピカソの写真を見て、「ピカソとの生活」(ジローとカールトン・レイクの共著)も写真が豊富だったことを思い出した。

彫刻の森美術館を閉館時刻過ぎの17時10分に出発し、宿泊先である元箱根の山のホテルを目指した。
(続く)

2019年5月 1日 (水)

松本清張展

令和時代が始まった。戦後3つ目の元号となり、これからどんな歴史が刻まれていくのか、期待と不安が入り混じっている。
個人的にはこれまで同様、日々有意義な時間が持てるよう努力を重ねて行くだけだが・・・

4月26日(金)に県立神奈川近代文学館へ特別展「巨星・松本清張」を見に行ってきた。
この日は天気予報通り午前は雨で寒く、横浜まで行くことを躊躇したものの、次第に雨も小降りになり、GW前にとの当初の予定を実行した。

2016年4月の漱石展以来丁度3年振りだ。
前回同様高速バスを利用。

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ベイブリッジからのみなとみらいの高層ビル群。

これもいつも通り、フランス山から入ったが、通常の入り口は工事中なのか閉鎖されていて谷戸坂を少し登り始める辺りの通用口みたいなところから入った。
一気の登りで急な階段を2段づつ上がるのが今回は少々きつく感じられた。

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大佛次郎記念館を過ぎた辺りの近代文学館の案内看板。

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連絡橋を渡ると文学館にたどり着く。

午後2時少し前の入館で、館内アナウンスで2時から2階ホールでギャラリートークがあることを知り、タイミングがよいので聴講した。
今年は清張生誕110年だそうだ。

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上は図録。清張71才の書斎でのショット。随分と幸せそうな表情をしている。後方の書架に並ぶのは恐らく岩波の「日本古典文学大系」。

清張は我々世代には流行作家の代名詞みたいな存在で、大概作品の一つや二つは読んでいる。
自分もあまり読んでいないが、それでも初期の「西郷札」、「小倉日記伝」、「断碑」や「点と線」、「ゼロの焦点」や「砂の器」といった推理小説、また「昭和史発掘」をほんの少しだけかじったり、「両像森鴎外」を読んだりした。

今回の展示は全生涯をバランス良く紹介していて、大変勉強になった。
改めて驚くのは、40才過ぎの作家として遅いスタートだったにも関わらず、その膨大な著述には目を瞠るものがある。
それと絵が上手い(と云うか素人離れしている(実際作家になる前はプロだったわけだが・・・))!!!
図録の10頁(几帳面な中に絵心を感じさせる魅力的な絵)、45頁(平山郁夫ばりの、画家としても看板が張れる力量を感じる)。

日本地図に清張作品がプロットされていて、それがバランス良く各地へ散らばっているのに感心した。
千葉県を見ると3作品がプロットされていた(「Dの複合」(成田)、「遠い接近(黒の図説)」(佐倉)、「十万分の一の偶然」(鹿野山))

「昭和史発掘」は2.26事件に最も注力したそうだが、清張が参照した関連資料として「田中義一日記」上下、「真崎甚三郎日記」1~3(皇道派(2.26事件実行グループが信奉した派閥)リーダーの一人),「北一輝著作集」Vol.2、そして副産物として清張編「二.二六事件=研究資料」1~3(文藝春秋社、‘76(S 5 1).3月、’86.2月、‘93.2月)が展示されていた。
昭和史研究へ深く沈潜した清張へ、半藤一利は親しく交流するという貴重極まる体験を巻頭言で述べている。冒頭では坂口安吾から得た清張評を披露もしている。

新聞連載の挿絵原画も素晴らしく、「砂の器」(読売、‘60(S35).5/17~’61.4/20)は朝倉摂で大変見応えがあり、「火の回路」(朝日、‘73(S48).6/16~’74.10/13、単行本は「火の路」と改題)の方は利根山光人。この人はNHKFM「日曜喫茶室」でたしか‘79年に「ギターと絵筆、テキーラの旅」と題してギタリストの中林淳真とゲスト出演して、メキシコ滞在経験を披露していたのを記憶している。

展示のラストは小倉(清張の生地で前半生を過ごした)の松本清張記念館で展示されている杉並区上高井戸の清張邸の再現書斎、書庫の映像で、書斎のカーペットには数カ所に煙草の焦げ跡、書庫はたしかⅠ~Ⅷと8室に及び、記念館の模型で配置を確認させながら書架に並ぶ蔵書群を映し出していた。
中々圧巻で、一度記念館で直接見てみたいと思った。

また第1展示室の常設展示(「神奈川の風光と文学」)も改めて見応えを感じた。漱石はもとより、谷崎、中島敦、有島武郎、三島・・・神奈川ゆかりの作家の多さよ。
横浜市街地の模型から神奈川近代文学館の至近に谷崎潤一郎の横浜時代の邸宅があったことを知った。

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