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2020年4月12日 (日)

大江健三郎「燃えあがる緑の木」-1

最近の私にとって大江健三郎は気になる存在ではあるが、作品には手を出すことはしないと決めていた作家である。

その気が変わったのは小野正嗣による。
彼が朝日新聞へ文芸時評を書き始めて、毎回興味深く読んでいるが、昨年7月に大江の「燃えあがる緑の木」を取り上げたのである。冒頭で9月のEテレ「100分de名著」でも講師として本作について講じることを告げている。
小野がやはりEテレの「日曜美術館」MCをするようになって当初は彼が芥川賞作家であることに気が付かず、その内フランス文学者であることも知って、彼を見る目が変わった。

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朝日新聞「文芸時評」2019年7月31日

そもそも25年以上前の作品を敢えて文芸時評に取り上げたのは、本作が今日色あせるどころかますます重要性を増しているとの認識からであろうし、又小野が大江以外の作家を取り上げていたら私も気を変えることはなかったかも知れない。

大江健三郎に初めて触れたのは「ヒロシマ・ノート」だった。高校時代に倫理社会の夏休みの宿題としてこの本の感想文を書かされたのだった。そしてやはり高校で友人から借りて読んだのが「万延元年のフットボール」、その次が80年代に「同時代ゲーム」。この本は神保町のパチンコ屋の景品で手に入れた。(^^;
その次が「燃えあがる緑の木」だった。大江はこの作品の刊行中にノーベル文学賞を受賞し、メディアでも大きく取り上げられ、私がこの作品を読んだ動機は受賞のニュースからだった。

そしてたしか大江はこの作品を最後の小説にすると宣言して、しかしその後も作品を発表し続け、「さようなら私の本よ!」を読むも、その後も新作の発表はとどまらず、深く内実を理解することなく大江作品からの決別をしたのだった(*)。ただし朝日新聞へ一時掲載されたエッセイ「定義集」-これも難解だったが-を興味深く読んではいた。

(*)そう記しつつ還暦を過ぎてからすぐ「芽むしり仔撃ち」を読んだことを思い出した。この初期作品には上記作品群への萌芽があると思う

以上のとおり余り真面目な読者ではなかったが、人生の物心が付き始めてから折々に数少ないながらもほぼリアルタイムで大江作品に親しんで来た思いはある。
そんなささやかな大江体験の蓄積が、今度小野正嗣に触発されて「燃えあがる緑の木」を再読しようと思い立った根にあると思う。

読み終えた感想は、読んでよかったとつくづく思う。
大江の作家としての力量が並大抵のものでないことが今度の読書で分かったような気がする。
作品のバックボーンにある大江の文学の造詣の深さ、読書量の膨大さには瞠目するばかりである。

燃えあがる緑の木」は3部作で、以下のとおり。
第一部 「救い主が殴られるまで」 1993(平成5)年11月(私のは1994年10月の第2刷。ノーベル賞受賞で増刷となったもの?)
第二部 「揺れ動く<ヴァシレーション>」 1994(平成6)年8月(以上新潮社版単行本)
第三部 「大いなる日に」 1995(平成7)年「新潮」3月号

以上のように私は1994年10月時点で第2部まで出ていた単行本でスタートして、第3部は一挙掲載された「新潮」3月号で読んだ。奥付の出版年を見ていると25年もの時間が経過していることに改めて驚くと共に、自分に残された時間が残り少なくなったことに淋しさと胸が詰まるような感じがしている。

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「新潮」1995年3月号

「燃えあがる緑の木」は、アイルランドの詩人イエーツ(Yeats)の詩「揺れ動く<ヴァシレーション>」に出て来る暗喩(メタファー)で(第1部p.319)、「一本の木の片側は燃えているが、片側は露に濡れた緑・・・」(第2部p.75)というもので、それぞれ全体の作品名、第2部の作品名となっている。
そしてサッチャンは桜の板で「燃えあがる緑の木」のレリーフを作り、ギー兄さんの教会の「しるし(象徴)」とした。

以下に所感を思いつく儘に綴ってみたいが、私が最も感銘を受けた第2部を中心に考えてみたい。

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「揺れ動く<ヴァシレーション>」

第2部の主役はさながら、ギー兄さんの父である「総領事」。そしてその幼馴染みの作家である「K伯父さん」が重要な関係性を誇示する。この作家は作者の大江健三郎そのものという人物。
第2部が興趣尽きないのはこの2人によって織り成される様々なエピソードが小説のプロット以上に深く、尽きない魅力を湛えている点にある。

第1章 イェーツに導かれて」関係

・「総領事」は病を得て外務省を辞め郷里である四国の山間の土地へ戻り、さきのギー兄さんの蔵書のイェーツ関係の読書を始める。「エブリマンズ・ライブラリー」のイェーツ全詩集を評伝により伝記主義的に読むのが総領事の方法だった。K伯父さんは1冊を最後までつぶさに読んでいくのに対して、総領事は必要なページのみ読むのが二人の違い。ただ総領事の語学力は並大抵でなくCOD(Concise Oxford English Dictionary)を座右にしていた。(p.9~11)

・ドロシー・ウェルズリーという女流詩人宛ての書簡の一節をK伯父さんの境遇への比喩として引用し、イェーツの彼女宛て書簡集の存在へ言及する。(p.12) かなりマニアックだ。この部分を読んでいて、大江宛ての少なからぬ武満徹の書簡をテーマに回想文を請われたというエピソードを思った。(*2))

(*2)「宇宙にとどまる花 武満徹さんの手紙のことなど」(1998(平成10)年4月15日毎日新聞夕刊)

・総領事によるイェーツの詩の引用で、オーバーの葬儀でギー兄さんへ急降下した鷹のエピソードの元がイェーツであることが明かされている。(p.17~18)

・総領事がブリュッセルの公使時代の公邸中庭の木<orme pleureur>をK伯父さんが見て、四国の谷間をめぐる森の中によく似た木(ハルニレ)の存在を総領事に告げ、それを機に四国の地を「終の住処」と決意するに至る、という味わい深いエピソード。(p.33~36)
<orme pleureur>は総領事の死後、K伯父さんの回想として後出する。(p.227~8)
(続く)

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