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2020年4月22日 (水)

大江健三郎「燃えあがる緑の木」-4(最終回)

ギー兄さんの説教」に関して

次にこの小説の主人公であるギー兄さんの説教について概観してみたい。
ギー兄さんは素朴で、飾らない、世間ズレしていない人物で、小野正嗣は「カラマーゾフの兄弟」のアリョーシャを想起している。(*)

(*)小野正嗣「100分de名著 燃えあがる緑の木」(2019年9月)p.104

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1.ギー兄さんサッチャンが始めた「燃えあがる緑の木」の教会は会員も増え、徐々に発展して行く。
そして小説でギー兄さんの説教が最初に出て来るのが、完成した礼拝堂での総領事の葬儀である。(第2部第6章)
ここでギー兄さんは「死者と共に生きよ」というスローガンを掲げる。
そして四国の山間の土地の先人達を振り返る。
いわく総領事、いわくカジオーバー、そして土地の神話の「壊す人」、創建者たちそれからさきのギー兄さん
オーバーから土地の神話と歴史を受け継いで、神話の「壊す人」と創建者たちが築いた「死人の道」を死んだ人たちが行ったり来たりして、死者と共に生きる共同体として現在に至っている。さきのギー兄さんは森へ入る道と谷間に降りる道について、つねに浄化の方向へとめぐる、通るべき道筋の規則を作った。

死者と共に生きよ」、味わい深い言葉である。私は「100分de名著」で中島岳志が書いていることを思い出した。(*2)。オルテガというスペインの哲学者の「大衆の反逆」を取り上げ、テキストの第3回で「死者の民主主義」について示唆に富んだ解説をしている。

(*2)中島岳志「100分de名著 大衆の反逆」(2019年2月)

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無理矢理それを圧縮すると、「オルテガの言う「生きている死者」と共に歩むというのは、過去の教訓を尊重することであり、過去や死者を忘れると、未来と繋がることができなくなる。」「生きている死者」から過去の経験、「歴史を知る」ことで、文明の進歩、未来の発展へ繋げることが出来る」となると思う。
2011年の東日本大震災の際、中島は地方紙へ「死者と共に生きる」(*3)という文章を書いたという。この時彼はオルテガを思いながら書いたそうだ。

(*3)未見。是非読んでみたいと思っている。
 
過去の経験知をリスペクトして、謙虚さを忘れず、傲慢な横暴を厳に戒める、そういう姿勢を中島は繰り返しここで説いている。

2.12月最初の週末、11月第1日曜の総領事の葬儀へK伯父さんの友人泉さんが招んだ世界的黒人歌手のアイリーンから届いたマーラーの「交響曲第3番」の録音テープを礼拝堂で聴いている際に、合唱が入る第5楽章の途中でギー兄さんは外に出てしまう。この頃のギー兄さんは不可解な挙動が多くなっていた。
そして「森の会」から今後の教会の展望について話すよう要望され、当日説教台に向かう途中、ギー兄さんは突然頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
不意の出来事に静まり返る中で、亀井さんが立ち上がり、ルカ伝終わりの部分の「我らの心、内に燃えしならずや」とつぶやく。
無様なギー兄さんを目の当たりにし、「Rejoice!」の合唱の中サッチャンは礼拝堂を飛び出し教会を去る。
そしてK伯父さんの伊豆の別荘で退廃的な日々を送る中で、ギー兄さんが襲撃されたことを知る。
ギー兄さんは松山市の医療センターの駐車場で学生時代の過激派グループのメンバーに襲われ、両膝を叩き潰されて車椅子を使うようになっていた。またその時の頭部への打撃により、てんかんの症状も出るようになっていた。
サッチャンは教会へ帰り、ギー兄さんの車椅子の介助をすることになる。

3.やがて不識寺の松男さんをリーダーとする巡礼団が伝道の旅に出て、その第1報を会員へ披露した後、ギー兄さんは礼拝堂で説教する。
ギー兄さんは先ず、車椅子を使うようになった代償に、それなしには乗り越えられなかったものを乗り越えたことを語り、襲撃を受けながら過去のこと―テン窪での糾弾のこと―と、未来にもう一度同じ経験をするという予感を同時に感じていたことを語る。
つぎに「繋ぐ」ことで「救い主」へ至る一筋のタテの流れについて・・・さきのギー兄さんは殺されてしまうが、それに続く者として現在は自分=ギー兄さんがいて、その次に来る者、さらにその次、と続いて遂には「救い主」に至る、という考えを述べる。
説教を終えてしばらくしてギー兄さんは軽いてんかん発作を起こす。

4.巡礼団は紀州、名古屋、福井県若狭湾を巡り、その公式報告が礼拝堂とその隣に建てたテントの両方を使った集会(拡大集会)で行われ、それに続いてギー兄さんの説教があった。
未来への責任」ともいうべき内容で、ジョージ・ケナンの言葉を引用する。「文明は我々の世代のみの所有ではなく、後の世代へと慈しみ、発展・改良させて引き継いで行くべきものであり、それを毀損することは神を侮蔑することである。
これもまた1で触れた中島岳志が説くオルテガの「生きている死者」に通ずるものがある。

5.そしてギー兄さんが襲撃された松山市の病院の駐車場での一般向けの集会での説教。
ギー兄さんの発心、「人間を傷つけることをしないで生きよう。
襲撃を受けながらギー兄さんは「人間は他の人間を傷つけるものだ」と考えていた。ダンテ「神曲」地獄篇(*4)から「思えば」、それは「人間は人間を傷つける」と一般化できる。それを踏まえての決意。

(*4)「残忍なる魂己を身よりひき放ちて去ることあれば」第13歌94~5行。96行には「ミノスがそれを第7圏へ送ります。」(野上素一訳)とある。第7圏第2環は自分に対する暴力者、すなわち自殺者がいる。

そしてギー兄さんは、以下の語の語原について述べる。
イノセンス(無垢) ← noceo(傷つける)という意味のラテン語 + in(否定の接頭辞)
アヒンサ(サンスクリットの教えの根源) ← 傷つけるという語 + 否定の接頭辞
  
以上に見たことからも察することは可能だと思うが、ギー兄さんの生き方はガンジーの非暴力主義とかキリストの贖罪にも似て、その方向性は私には理解が困難なものがある。
が、はじめに述べたようにディテールに興趣尽きないところが多く、読んでいて大変面白い小説だった。

Tさんのオペラ」について

エピローグに入って、K伯父さんがサッチャンへオペラの話をする部分がある。
音楽家のT さん」の誘いでオペラのシナリオを作る話である。「Tさん」は武満徹で、オペラの創作プランは大江健三郎との間で実際にあった話である。
オペラは武満の死によって完成に至ることはなかったが、作曲へ着手はしていたようなので大江健三郎との間でシナリオの合意はできていたものと思われる。

武満には「雨」のシリーズというのがあって、それらすべては大江健三郎の短編「頭のいい「雨の木(レインツリー)」」の同じ一節にインスパイアされて作曲された。すなわち

1.「雨の樹」3人の打楽器(またはキーボード)奏者のための 1981年作曲
2.「雨の樹 素描」ピアノのための 1982年作曲
3.「雨の樹素描Ⅱ―オリヴィエ・メシアンの追憶に」ピアノのための 1992年作曲

第1曲は大江健三郎他1名へ献呈されている。大江の原作が「木」なのに、武満の方は「樹」としているところが面白い。
二人の交友は長く、ある対談で大江は、二人の出会いが「安保闘争のころ」(1960年)からだと言っている(*5)。二人は互いに相手をリスペクトしており、それは相手のことを書いている文章を読めばよくわかる。

(*5)集英社「武満徹の世界」p.222

一例として1994年に大江がノーベル賞を受賞した年に武満が当時毎日新聞へ月1回掲載していたエッセイ「時間の園丁(ときのえんてい)」の1994年11月18日付けの文章を挙げておく。ここでは受賞への祝福の念と、作家としての大江への全幅の敬意の念とが文章の隅々まで満ちている。

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武満徹の最後のエッセイ集が「時間の園丁」と命名されているが、その最後に収められている「海へ!」という短文の最後に出て来る「西も東もない海を泳ぐ鯨」というのが、武満が構想していたオペラのイメージだったのだそうだ。(立花隆「武満徹音楽創造の旅」P.590)

1996年2月20日に武満徹は死去し、大江は葬儀の弔辞でオペラのプランに触れ、「奮い立って、「治療塔」「治療塔惑星」を書いたが、あなたのめがねにかないませんでした」と述べている。
SF作品「治療塔」「治療塔惑星」は、武満のオペラのために書かれたのだった! 大江健三郎のSF小説というのがどうにもピンと来なかったが、これで納得が行った。武満は幻想文学、推理小説、SF小説といったジャンルが好きだったようだ(立花隆「同上書」p.191)。
また大江は弔辞の最後で「私はもう本だけを読んで、生を終りたいとねがっていたのですが、・・・長編小説を書いて、あなたに捧げようと思いたっています。」と極めて重要な決意を述べている。

燃えあがる緑の木」第2部「揺れ動く(ヴァしレーション)」の単行本が刊行された1994年8月の翌9月17日付け「朝日新聞」で、「以後小説は書かない」旨の大江の記事が掲載されて(*6)、翌1995年に第3部「大いなる日に」の刊行により「燃えあがる緑の木」が完結して、本作が大江の最後の作品と目されていた中での翻意だった。

(*6)尾崎真理子「世紀末に集中した「魂のこと」」p.614

終わりに
大江健三郎は難解だが、作品は独特で不思議な魅力を湛えている。読み終えて充実感を覚えている。これで大江健三郎を終わりにするのではなく、今後の読書プランへ入れたいと思っている。
ただ大江の膨大な作品群を相手にするのは私には荷が重い。当面これまで読んだ「同時代ゲーム」、「万延元年のフットボール」、「ヒロシマ・ノート」は必ず読み直そうと思っている。
また、ダンテ「神曲」は是非再びチャレンジしてみたい。今回「燃えあがる緑の木」に関してネットで種々参照していて偶々、元大学教員だという方のブログに出会った。その詳細を極める「神曲」解説に敬服している。それを座右に読み進めるのもいいかなと考えている。
(了)

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