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2020年4月19日 (日)

大江健三郎「燃えあがる緑の木」-3

第5章 死に至る手続きの数学的記述」関係

この作品、特に第2部は章名がユニークなところが魅力の一つで、本章はその最たるものと言ってよいだろう。それが暗示するように総領事は徐々に健康状態を悪化させていき、遂には死に至るが、一方で教会の建設プランは着々と進行して行く。

設計の現地調査で注目されたのがテン窪の南側斜面、人造湖の水際から一段奥まった高みにある東西50mに渡る石垣だった。
谷間の北側斜面の上の森の高みにやはり東西に敷石道の遺蹟があり、死人の道と呼ばれている。
これには壊す人が海辺から移って来た創建者たちに造らせたという伝承がある。
死んだ人達が行ったり来たりするので「死人の道」といい、石垣はそれを支えるためのものだった。
戦争末期にアポ爺ペリ爺による測量で、敷石道は盆地を囲む森の下辺を水平に切る楕円の周を示していることが分かった。

教会の全体プランでは石垣に沿う敷石道が中庭に位置し、それを囲むように各施設が配置される。そして礼拝堂が先行して設計施工され、技術的問題、特に音響設計について詳述される。

「壊す人」、アポ爺、ペリ爺等は、「同時代ゲーム」へ登場してくる。

Img_9118

「同時代ゲーム」新潮社(昭和54(1979)年11月25日、昭和55(1980)年2月5日5刷)

過去の作品と同じ舞台、人物が出て来ることで作品間の有機的つながり、作品個々が立体感を持ち、作品のスケールが大きくなるように思う。私が思うのはウイリアム・フォークナーのヨクナパトーファ・サガだ。
本文中でも触れられているが、アポ爺は、アポジー=apogee、ペリ爺は、ペリジー=perigeeでそれぞれ地球に対する月軌道の最遠点、最近点をもじっているのも面白く、彼等が測定した敷石道が描く軌跡が楕円というのも、谷間の空間の天文学的悠久さを象徴しているかのようだ。

一方で総領事は「治療塔の子ら」へかかりきりで、テン窪北側斜面の家にこもる日々を送る。
そして6月にギー兄さんとヨーロッパ旅行に出るが、ここは必然性がよく分からない部分である。
帰国後総領事は東京のK伯父さんへ様々な書籍探しを依頼する。そのやり取りに係る数ページは実に味わい深い。

時代を感じるのは、「ワードプロセッサはもとより・・・ファックスが・・・公衆電話で・・・」(p.202~3)90年代初め頃の作品なのを今更ながら思う。
それに続く箇所では、「外交関係の評論で、私がレイモン・アロンの新刊を送ると、サルトルの信奉者が・・・居間の書棚にジョージ・ケナンと並べておくような新発意(しんぼち)の態度もずっとある」という、高級すぎて理解不可な文も出て来る。

そして「尊敬している同世代の小説家の近作に、ドイツ文学者でもあるその人自身の訳でエックハルト(*)が引用され・・」とあって、その一節、「六千年前も六七日前も、今日にとっては同じ近さである。それは時が今の中にあるから。ただひとつの今の中に、魂の日は生じる。」(*2)に対して、ギー兄さんの「一瞬よりはいくらか長く続く間」という説教と結び付け、病床を見舞うギー兄さんへ総領事は「ただひとつの今の中に、魂の日は生じる。」とつぶやく。

(*)中世の神秘家。「説教集」という著作がある。
(*2)これが古井由吉「魂の日」からの引用であることを尾崎真理子に教えられた(*3)。未確認だがこの文の中に引用部分があると思われる。
(*3)尾崎真理子「世紀末に集中した「魂のこと」」(「大江健三郎全小説」第12巻解説(講談社))

ミツという教会関係者の高校時代の師が乳がんとなり、死を見据えた心境を述べた手紙で、「今が夢のように思われたり、名残り惜しい気持ちが込み上げてくる」という箇所が総領事の心に響くくだり。
読んでいて他人事ではなく前段の「魂の日」の箇所と併せ、時々の時間の貴重さを思う。

ダンテ「神曲」の「結びの、原語ではそこだけ四行詩となっている分を・・・山川訳で」とあって山川訳の引用をしている箇所。(p.208)
ここも意図がよくわからない。「神曲」天堂篇全篇の最終歌である第33歌の最後の部分を何故ここで引用するのか?
筑摩全集版の訳者野上素一の解説によると、ダンテは「神曲」を「地獄篇」、「煉獄篇」、「天堂篇」の3篇とし、「地獄篇」が総序である第1歌を含むため34歌だが、他の2篇はそれぞれ33歌という風に、「3」を三位一体に基づく神秘数と捉えて「3」を基本とする構成とした。そして全編を3行詩で統一した。(しかし各歌の最後の部分は4行である。)それを引用部分の山川訳は3行へ組み直しているのだ。
因みに野上解説によれば、ダンテはこの三界巡りを1300年4月7日(復活祭前の聖木曜日)(*4)-ダンテ35才-にスタートして、地獄巡りは24時間かけ、浄罪山の麓へ到達したのが4月10日午前5時、浄罪界は3日3晩かけて4日目の正午に浄罪山頂上へ到達、天堂界第6天(木星天)へはその翌日4月14日木曜日に達した。そして至高天に達した後その日に地上に戻って一週間の遍歴を終える、とある。

(*4)本文第1歌第1行の注には「復活祭の聖金曜日(3月25日か4月5日)の前夜と推定される」とあり、おそらく「4月5日」は「4月8日」のミスプリントと思われる。

・・・とこうして日々が過ぎ、総領事の衰弱が誰の目にも明らかとなり、総領事自身からすれば残された時間の逼迫からK伯父さんから届く本を日夜読みふける一方、小説執筆の方は中断の憂き目を見ることとなる。

八月半ばとなり、サッチャンザッカリーは北軽井沢のK伯父さんの別荘で一週間の休暇を取る。向かう飛行機の中でザッカリーはK伯父さんの小説を数式で分析する。


歴史事象Γ1、Γ2・・Γn-1ΓnΓn+1・・とあって、それらの事象が起こった結果として谷間の状態が

Γ1Γ2・・Γn-1ΓnΓn+1・・Γ1φ

とすると、事象の発生順がΓ1、Γ2・・Γn+1ΓnΓn-1・・という風に入れ替わっても

Γ1Γ2・・Γn-1ΓnΓn+1・・Γ1φ =  Γ1、Γ2・・Γn+1ΓnΓn-1・・Γ1φ

同じ結果となる時、両者は「可換である」という。
K(伯父さん)の小説においては、この可換性は主人公の死を意味している。よって以下の公式が導かれる。

<時間を操るもの = 死>

さらにザッカリーはサッチャンへ礼拝堂の設計者である荒さんの理論を紹介する。
「谷間に生れた人々は、谷間の外へ出て行くが再び帰ってくる。K(伯父さん」の小説は

流出 = 生  帰還 = 死

という「世界モデル=場の空間」を構築している。谷間の場はすべて「死」に向かっているので、

「死に至る手続き=ルーフ(屋根)」

と表記したい。」
ちんぷんかんぷんで理解不能な部分だが、直接的には総領事へこの公式があてはまると思うし、この作品の主人公であるギー兄さんの運命をここで暗示しているのだろう。

北軽井沢でサッチャンとザッカリーはギー兄さんから総領事の死を知る。
(続く)

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