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2020年6月

2020年6月10日 (水)

「NHKアーカイブス―第38回NHK杯将棋トーナメント」

新型コロナウイルスのパンデミックにより各界が前代未聞の行事中止、延期を余儀なくされ、政府の非常事態宣言解除発出と共に、徐々に復帰への動きが始動している。
将棋界も名人戦がスタートするし、注目の藤井七段は6月2日(火)、4日(木)に棋聖戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝、決勝を勝ち抜いて、屋敷九段が持つ史上最年少タイトル挑戦の記録を4日(!!)塗り替え、8日(月)の5番勝負第1局を見事勝利した。

NHKEテレでは今年度NHK杯トーナメントの収録中断の穴埋めとして、羽生が初優勝を遂げた第38回の3回戦から決勝までの4回を5月17日から6月7日まで毎週連続で放送した。
年度でいえば1988年、昭和63年度で、翌89年にまたがるので、年号は年初に平成となっている。

羽生は当時18才、1985(昭和60)年にプロ四段となって足かけ4年目だった。
1982(昭和57)年の小学生名人戦で羽生が優勝した時のTV中継が鮮烈で、解説が当時新進気鋭のA級八段だった谷川浩司。大山十五世名人が講評で、その強さに感嘆して近い将来谷川の地位を脅かす存在になることを予言していたのが忘れられない。

奨励会でも正に疾風怒濤の如く駆け抜けたのが記憶に鮮やかで、当時よく購入していた「将棋世界」誌の奨励会星取表はほとんど「○」で、あれよあれよと面白いように昇級、昇段していったのに強烈なインパクトを受けたことを思い出す。

そして1989(平成元)年12月には19才で初タイトル竜王を手にする。

そうした流れの中で第38回のNHK杯は、その後の羽生の幾多の活躍をも凌ぐほどの強烈な印象を受けた快挙だったので、今度の放送はありがたく思った。
対戦相手が作ったようで、歴代の名人経験者ばかりというのがすごい。
3回戦が大山康晴十五世名人(後手大山の中飛車)、準々決勝が加藤一二三九段(元名人)(先手羽生の棒銀)、準決勝は谷川浩司名人(羽生後手で相横歩取り)、そして決勝が中原誠NHK杯(十六世名人資格者)(先手羽生のひねり飛車)。
解説者はそれぞれ、森雞二王位、米長邦雄九段、森王位、そして大山康晴十五世という懐かしい顔ぶれだ。
聴き手は永井英明氏。解説者、聴き手諸氏は森雞二九段を除いてみな鬼籍に入っている。

30年余という時間の彼方となった貴重なアーカイブスを視聴し、深い感慨を覚えている。今に戻すと、藤井七段という逸材が現われ、これから将棋史をどう塗り替えていくのか興味が尽きない。

ここでは5月17日に最初に放送された準々決勝の対加藤一二三九段戦を取り上げ、将棋ソフト「elmo」(2017年コンピュータ将棋選手権優勝版)の棋譜解析を参照しつつ感想を記したい。

<局面1>43手目「▲4八玉」まで 羽生が先手

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本局の解説者米長邦雄九段は当時45才。「さわやか流」という異名に違わぬ軽快で才気溢れる語り口は絶品である。この局面は、「マイナビムック羽生善治―将棋史を塗りかえた男」(2013年日本将棋連盟)で加藤一二三九段が取り上げた局面である。加藤九段は本局が羽生との初手合いだった。

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対して加藤は△2四銀、手厚い加藤らしい手だと感じたが、elmoは△2四銀を悪手と判定。

elmoの読み筋は△2四銀に代えて△3三桂で、以下▲1六飛△4五桂▲3八香△2九歩成▲同金△8六歩▲同歩△6五桂▲6八銀△8六飛▲8七歩△3七桂成▲5九玉△3八成桂▲8六歩△2九成桂<局面1-1>・・・と続く。

<局面1-1>

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2九成桂までの局面は難解で、どちらが良いか判定できないが、やや先手良しだろうか?

<局面2>49手目「▲2七香」まで

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羽生が2七香を指し、聞き手の永井英明氏に指し手の意味を問われた米長はしばし黙考。
以下△1五銀▲同飛△1四香まで飛車を捕獲され先手困ったと思うのが我々のレベルだが、そこで羽生が指した▲2四歩が好手で先手良しである。
elmoは「▲2七香」に替えて▲1一香成を予想。「▲2七香」に対する△1五銀に替えては△4五桂を指摘。
加藤の△1五銀を境にして、elmoの評価値は先手500以上となり、先手勝勢が確立した。

<局面3>61手目「▲5二銀」まで

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この手が指された時、米長は思わず奇声を発した。▲5二銀!! この手を31年前に画面で目にした衝撃は今も鮮やかだ。
elmoもこの手で評価値を千以上upさせている。
この手でelmoは▲2三香成で、米長も解説で披露していた。
だがどうも▲5二銀の方がインパクトははるかに大きい。コンピュータも読まない一手ということか!!

以下程なく67手までで後手の投了となったが、序盤から双方の一手々々の密度が濃い味わい深い名局と言ってよいだろう。
本局もそうだが、決勝までの全4局を見て感じたのは、多彩な戦型を指しこなす羽生のレパートリーの広さと、序盤の巧みさ、中盤の読みの深さ、そして勿論終盤も強く、欠点がないバランスの良さだ。
それが、前掲書の谷川浩司九段のコメントを見ると、羽生が十代の頃は序盤が荒削りで、中終盤の強さが際立っており、二十代へ入ってから精密な序盤研究に精魂を傾けるようになって、大棋士への基礎を作ったとある。
なるほど、それは谷川本人についても言えるし、現在の藤井聡太がそれを最も体現しているといえるだろう。もっとも藤井の場合は十代にして既に序盤にも磨きがかかって来ているのかも知れないが・・・

とまれ、羽生は序盤研究の一端を「羽生の頭脳」として出版、私も一時は矢倉、横歩取りなどを読んだことがある。
現在羽生のタイトル獲得数は99で、ここ2年余この数字は動いていない。
今年の9月には羽生も50才だ。
何とか大台の100へ乗せてもらいたい。
(了)

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