旅行・地域

2019年6月 4日 (火)

箱根・富士宮(その6・富士宮の世界遺産を巡る)

白糸の滝は休暇村富士から約10kmに位置している。近傍に音止めの滝があり、ともに国指定の名勝および天然記念物に指定されているが、世界遺産富士山の構成資産に入っているのは白糸の滝の方である。
白糸の滝は富士山の伏流水が水源なのに対し、音止めの滝は芝川の本流であることによる。( 2018年6月7日

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滝は150mの範囲に分散していて私のカメラでは1枚に収めきれない。

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落差20mに及ぶ滝がこれだけの幅に連なっているのは壮観である。

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河原へ下りて主瀑に近付いて撮影。水しぶきが飛んできた。
水の勢いは昨年よりあった。

11時17分白糸の滝を出発、次の構成資産の富士山本宮浅間大社を目指した。
往路のR139で富士宮市街を目指すつもりだったが、R414の上井出交差点でうっかりR72へ曲がり損ねてしまい、R414を走り続けることとなった。が、結果的にこれは正解だった。
間もなく富士宮市街へ入り、R76との交差点に「浅間大社」の案内標識を認め左折、しばらくして浅間大社駐車場の標識を左折直進し無事浅間大社に到着。意外に早く、所要時間は30分弱だった。

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楼門。扁額に「冨士山本宮」とあり、裳階下に新天皇即位を奉祝する提灯、入り口の左右に「令和」改元を奉祝する幟が設置されていた。

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拝殿。その屋根のほぼ真ん中上方に見える屋根が本殿。
拝殿左側の社務所で御守りを求めた。

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境内にある特別天然記念物「湧玉池(わくたまいけ)」。ここも富士山の伏流水が湧き出ているそうで、コンスタントに毎秒3.6m3とのこと。可成りの水量だ。

ここの主祭神は「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)」(別称:浅間大神(あさまのおおかみ))の由。

箱根神社も同じだった。改めて箱根神社のホームページで確認したら、御祭神は「箱根大神(はこねのおおかみ)」で、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)の3神を総称して「箱根大神」という由。「このはなのさくやひめ」の用字、読みが異なっている。

浅間大社は約30分滞在し、続いて「静岡県富士山世界遺産センター」へ行った。

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「富士山世界遺産センター」の外観。富士ヒノキの木格子の逆円錐形が目を惹く。

平成29年末のオープンだから真新しさを感じた。山梨県富士吉田市には「ふじさんミュージアム」があり、こちらは沿革をたどると昭和50年代へさかのぼるようだが、平成27年にリニューアルオープンしたようなので、ほぼ期を一にしている。

「富士山世界遺産センター」は、らせんのスロープを壁に映し出される映像を見ながら上ることで、富士登山を疑似体験しつつ、各所の展示スペースで富士山の自然、歴史、文化、特に富士信仰について学べるようになっている。

富士信仰の展示から富士本宮浅間大社の祭神に関して、メモを元に整理してみた。
江戸期までは神仏習合思想によって神社は仏教思想と融合し、富士信仰においても富士山は大日如来(仏教)が浅間大菩薩=浅間大神(あさまのおおかみ)として現われた、と考えられていた。
また富士信仰(伝説)には、かぐや姫が富士山へ登り、浅間大菩薩となったという、この地域ならではのユニークな話もある。
よって、木花之佐久夜毘売命は浅間大神であり、その本地は大日如来ということになるわけだ。

ちなみに「コノハナノサクヤビメ」は「古事記」(*)上巻の末尾に登場する神話の神。
箱根の大神の他の構成神、瓊瓊杵尊は「コノハナノサクヤビメ」の夫で、天照大神の孫であり、彦火火出見尊は「コノハナノサクヤビメ」の子で「山佐知毘古(ヤマサチビコ)」となる神。

(*)「日本文学全集01」(池澤夏樹訳、河出書房新社、2014年12月2刷)

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5F展示ホールからの富士。

2Fの映像シアターの映像を見たり、ここは3時間以上滞在した。

受付でスタッフの女性にR76からR139へ入る道順を教えてもらい、帰途に就いた。
15時55分「富士山世界遺産センター」を出発。
17時26分海老名SA着。休憩及び軽く食事とお土産のGET。(~19時)
程なく横浜町田ICに到着したはよいが、ここで大ちょんぼをしてしまう。
何と、反対方向の八王子方面に入ってしまった!しばらく道なりに走行していたが、間もなく大和市街へ入る分岐点があって、ここで下りると上手い具合に横浜方面への進入路があった。この間約15分。(^^;
それ以降は順調で保土ヶ谷バイパスを横浜方面へひた走り、19時40分狩場IC、同47分湾岸線に乗り、59分アクアラインへ入った。20時10分アクアライン金田出口へ到達。
20時28分無事自宅へ帰還した。
(終わり)

2019年6月 3日 (月)

箱根・富士宮(その5・休暇村富士)

休暇村富士に18時前にチェックイン。部屋は昨年と同じ最上階の5Fの洋室。
全室田貫湖越しの富士山ビューになっている。昨年はあいにく見ることが叶わなかったが、今回はここでも富士を堪能することができた。

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部屋から見た富士。

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湖畔の展望デッキからの富士。湖面に綺麗な逆さ富士が映っている。
頂上右から垂直に立ち上っているのは飛行機雲か?3月に六本木ヒルズの森アーツセンターの「新・北斎展」で見た北斎晩年の傑作「富士越竜図」を連想した。今この作品を改めて見てみると頂上の形からして静岡側から見たもののようである。

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これも展望デッキからズームアップしたショット。大沢崩れがより鮮明に分かる。昨年受講した自然塾で知ったが日々崩落しており、日量300tに上るそうだ。
それにしても富士は位置により様々な表情を見せてくれることを改めて感じた。
休暇村富士は間近に富士と合い対すことが出来、また障害物がないので裾野の末端まで目にでき、それがとても長いのが分かる。

18時30分頃で日はまだ高かったが、気温は冷え込んできていて半袖の肌へ寒さが応えつつあった。
夕食は19時過ぎに2Fレストランでいただいた。和洋のバイキングだったが、和食のみいただく。
刺身(鮪、甘海老)、牛サイコロステーキ、天ぷら(海老、タラの芽)、竹の子ご飯、鰯つみれ汁etc.を美味しくいただいた。
部屋へ戻り、しばらく休憩の後4F大浴場へ。22時を過ぎていて外は真っ暗だ。温泉で「富士山恵みの湯」という。

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翌11日5時10分頃。前日より雲が多い。日の出の時刻は過ぎているが、太陽は頂上付近に隠れている。

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同じく6時30分頃。太陽は富士の上にあるだろうことが湖面の映り込み具合で分かる。
朝の大浴場へ。窓越しに富士が見えている。太陽がまだ低く、視界に入ってしまうので頭の上にタオルをのせサンバイザー代わりにした。お湯が快い。
朝食はやや遅めの8時過ぎに2Fレストランでいただいた。窓際のテーブルで日射しが強くカーテンが下りていたが、日も高くなってきてスタッフにお願いして少し上げてもらい、富士を見ながら食事をするという贅沢が出来た。

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バイキングで始め和食をいただき、上はそれからの洋食メニュー。パンが美味しかった。種類が多かったが、胚芽パン、クロワッサン、白パンをいただく。殻付きの卵は朝霧高原の地鶏の温泉卵。

10時過ぎに休暇村冨士を出発した。
昨日のR414をさかのぼり、白糸の滝を目指す。
(続く)

2019年5月30日 (木)

箱根・富士宮(その4・ラリック美術館)

5月10日12時に山のホテルを出発し、芦ノ湖沿いにR75を仙石原まで走り、ラリック美術館へ。
ラリック美術館は2度目で、前回(11年前)は「Le Train(ル・トラン)」を見たため、展示室をじっくり見る事が出来なくなってしまい、是非もう一度見たいと思っていた。

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入館チケット。左:ペンダント/ブローチ「冬景色」、右:ベッドサイドランプ「日本の林檎の木」

ルネ・ラリック(1860~1945)はフランスの工芸家で、前半生はアール・ヌーヴォー様式の金細工、宝飾デザインの製作、20C以降後半生はガラス工芸を手がけた。

展示はラリックの生涯を概ね反映するもので、19C末のアール・ヌーヴォー様式の七宝技術(エマイユ、プリカジュールetc.)に基づく宝飾品、20Cアール・デコ様式のガラス工芸、コティの香水瓶とか花器、テーブルウェアデザイン、また室内装飾(シャンデリアなど)、「ル・トラン」の内装等幅広く手掛けたことが紹介されている。自動車のフロントのガラス製のマスコットも多数製作しており、美術館とレストランを連絡する通路の一角にラリックのマスコットを付けたクラシックカーが置かれていて、この美術館のトレードマークになっている。(トレードマークは、「ル・トラン」か)(^^;

またジャポニスムにも無縁ではなく、「蝶の女(Butterfly Woman)」(*)(ブロンズ、1899-1900)がたしか「ジャポニスムとその時代」コーナーのメイン展示だった。
「蝶の女」とジャポニスムとの関係性を理解しているわけでなく、この記述はひょっとすると誤りかも知れない。

(*)ラリック美術館のホームページによると、1900年のパリ万博のラリックブースのショーケースの装飾柵に使用されたものだという。

昨年ポーラ美術館で見たエミール・ガレより世代的には若く、ラリックがガラス工芸を手掛けるに至った頃にはガレは世を去っている。ので、二人の接触はどうだったのか?

今回は「サラ・ベルナールの世界展」が2F企画展示室で開催中だった。サラ・ベルナールの名はプルーストの「失われた時を求めて」でも再三出て来るので記憶しているが、サラはラリック作品を愛好していたようだ。
ラリック美術館の1Fには「サラ・ベルナールの部屋」がある。

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「サラ・ベルナールの部屋」から見える池。モネのジヴェルニーの邸宅の池を連想させる。

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同上。

鑑賞後にレストランで遅い昼食を摂った。

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テーブルから庭を見る。

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ランチ。上左から牛バラ肉のブランケット、バターライス、下同メカジキのグリル、ラタトゥイユそれに別プレートの前菜、パンが付いた。

16時にラリック美術館を出発、箱根に別れを告げ休暇村冨士を目指した。
R138~R401経由で御殿場インターから東名へ乗る。程なく御殿場JCから新東名へ入り、駿河湾沼津SAで小憩後、新富士IC~R139上井出IC~R72~R414を経て17時48分田貫湖着。
渋滞もなく快適なドライブだった。この間富士は常に顔を見せていた。
(続く)

2019年5月28日 (火)

箱根・富士宮(その3・山のホテルの食事)

例年似た様なことを記すことになってしまうのは仕方がないが、恵まれた自然の中で非日常の贅沢を味わう幸せに感謝しつつ、今回の山のホテルのホテルライフを書き留めておきたい。

山のホテルの魅力を高めている要素の一つに大浴場「つつじの湯」がある。温泉で広い浴槽が内と外にあって、湯に浸かっていると虚心になってくる。特に朝の露天風呂で外気を感じながら入っている時の解放感がよい。
今回は夕食後(22時40分~)、朝食後(10時30分~)の2回利用した。
これも毎回の事ながら、ここでしか手に入らないものをショップで購入するのも楽しみの一つである。山のホテルブランドのコーヒー2種の内スペシャルブレンド、マンゴーアップルジャム、フレーバー・ティー(緑茶)のお試しセットをGET。今回は外に妻の方がお土産も含め雑多な買い物をした。(クグロフ、クリスピー・チョコ、レトルトのカレーとビーフシチュー、バターカステラ、ふき味噌など)

そして食事である。
今回も順番が逆になるがテラスでの朝食から記す。

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コーヒー。随時お替わり可能。

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フルーツは苺。2個だったが、この時1個はすでに胃の中(^^;
たしか甘いジュレ状のものがコーティングされていた。

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プレーンオムレツ。粗挽きのポークウインナ。フレッシュジュースはパインアップル。

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妻のチョイス、味噌漬けベーコン添え。

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クロワッサン。妻共々お替わりをした(^^)
外にミルクパンが出た。

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左の小皿はバター。トレーの3つのカップは左からカシス、ニューサマーオレンジ(伊豆の特産)のジャム、ケチャップ。

そして前夜のディナー。「Vert Bois(緑の森)」のフランス料理を今年もいただく。
19時15分からで、昨年は一番奥の窓際のテーブルだったが、今回はその一つ手前の席だった。

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一口オードブル(芦ノ湖のワカサギのフリッター、レモン添え。人参のムース、クルミのロースト乗せ)

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前菜(鯛のマリネと春野菜キャラウェイ風味)
鯛は軽く火を通して、アワビとキャビアが添えられている。野菜の方はベースのゆでキャベツにハマグリ、アスパラガス、ミニトマトなどが乗せられている。キャラウェイは香辛料。

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パンが供される。これは胡桃入りパン。

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前菜2品目(コンソメのエミュルション、レンズ豆と山菜を添えて)
エミュルションとは何かスタッフに聞いたところ、「乳化」のことであるとの答え。写真を見るとコンソメというよりポタージュのようで、泡立ちも見られる。山菜はタラの芽で、フリットされている。フォアグラが入っており、塩味が強めだった。

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パン第2弾。全粒粉パンとバゲット。
パンが美味しくて、3種類すべてをお替わりした。

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オマール海老のスープ。焼きポロ葱と天使の海老添え。

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魚料理(スズキのソテー、アオヤギ、ズワイガニ)。
スズキは明日葉の上に盛り付け。右端は紫玉葱のソース。ラタトゥイユ添え。これも塩味が強め。

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肉料理は3択。私はサーロインのグリル、ピノ・ノワール風味のマスタード添え(皿の右端の黒っぽいピース)。
ボリュームもそこそこあって、食べ応えを感じた。

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妻は仔牛ロースと茸のフリカッセ、雑穀米ともち米ヘンプシードのピラフ添え。
写真で分かるが、添え物のピラフが抜けていて、妻の申し出により大分時間が経過してから後付けで供された。理解に苦しむミスである。

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デザートは4択。私は、タルト・フロマージュ、日向夏のソルベとフルーツ(ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、オレンジ、パイナップル)、マカロンなど
現在の料理長の盛り付けの「幾何学的センス?」が良く出ている。

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妻の方。お花畑に見立てたフレッシュフルーツと杏仁のブラン・マンジェ。
フルーツ(ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー、オレンジ、パイナップル、甘夏、キュウイ)と日向夏のソルベ。そして真ん中のブラン・マンジェ。フランス語で「blanc manger=白い食べ物」という意味。

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食後のコーヒー。

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妻はハーブティー。蜂蜜付き。

いつもながら大変食べ応えのあるメニューだった。
食事を終えたのは21時40分頃。我々が最後のようだった。
(続く)

2019年5月24日 (金)

箱根・富士宮(その2・山のホテルの庭園)

5月9日(木)17時30分山のホテルへチェックイン。昨年と同じ315号室だった。
しばらく部屋で気息を整えてから18時頃庭園へ行った。暮色が広がりつつあったが、まだ明るい。空気の方は大分ひんやりしていた。今回はそれに加えて翌日朝と朝食後と、都合3回庭園を散策した。

この時期の箱根へ来るそもそもは山のホテルの庭園の見事なつつじに魅せられているから。園芸作物とはいえ、その年々の気候が影響して見頃の予測が難しい。通常は5月中旬頃らしいが、昨年は既に見頃を終えていたので、今回は早めの時期としてみたが案に相違して5分咲きだった。

翌朝は大快晴。一点の雲もない。部屋のカーテンを開け、外界を目にした時の驚きと喜びは何物にも代えがたい。

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6時45分頃部屋から見た富士。
地元から見る富士は「優美」という表現がぴったりだが、箱根の富士は「勇壮」でかつ清潔感がある。

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7時50分頃庭園から見た富士。この写真をズームアップしても徴候らしいものが辛うじて認められる(ような気がする)が、右側の山際の冠雪の末端部分に定間隔で構造物らしきものが見えていた。形状が人工的で規則的に一定区間に並んでいた。一体あれは何だったのか?

さて、山のホテルの庭園の先ずはつつじ園から。

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昨年もこのアングルからのショットをブログへ載せた。較べると今年の方が花は鮮やかである。

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これは9日だが、株によって頃合いが違うのがよく分かる。

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10日8時頃、同様に開花時期の違いがわかる。

昨年講演を聴いたツツジ・シャクナゲの研究者の倉重祐二氏の監修によると思われる銘板が今年初めて各所に見られたので、目に付いたものを以下に示す。

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「八重げら」(江戸キリシマ)希少種。
山のホテルの庭園で最大の株。昨年はこの穂木の苗木を講演受講記念にもらって、すでに満開となって楽しませてくれたが、親の株の方は上のとおりこの時点で3分~5分位だった。いただいた方の花の色合いはもう少し薄い朱色という感じである。

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「キリシマツツジ’ムラサキミノ‘」これは古い方の銘板。

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「小紫」(オオヤマツツジ系)希少種。
見るとおり蕾で、これから開花という状態。

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「紫琉球」(リュウキュウ系)希少種。
ほとんど白だが、銘板によれば薄紫色で斑点(ブロッチと云うそうだ)が濃い紫。

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「飛鳥川」(オオヤマツツジ系)希少種。
というように、上に見たつつじはほとんどが希少種。

次にシャクナゲ園。
シャクナゲ園入り口にある案内看板によれば、シャクナゲ園には250株の内洋種、日本種が各100株、北米種のカルミアが50株で、5月上旬に見頃となるのは「ヒカゲツツジ」で日本種へ分類されている。
シャクナゲ園は山の北面の鬱蒼とした日陰部分にある。

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上は急斜面を回遊する石畳。

倉重祐二氏の監修によると思われる銘板がシャクナゲ園へも設置されていた。

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「キョウマルシャクナゲ」
日本種で、見頃だったことになる。希少種で、環境省の絶滅危惧種に指定されている由。

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「フォーチュネイ」中国原産で、洋種に分類される。洋種の見頃は5月下旬~6月上旬だそうだが、優美な見事な花を咲かせていた。

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「ノバ・ゼンブラ」洋種の希少種。

その他「マイケル・ウォータラー」、「ステラ・ウォータラー」の銘板があった。共に洋種の希少種だ。開花は見られなかった。
(続く)

2019年5月20日 (月)

箱根・富士宮(その1・彫刻の森美術館)

5月9日(木)~11日(土)の3日間箱根・富士宮方面へドライブ旅行して来た。
この時期の箱根へは2014年以来毎年で6年連続となる。一方富士宮は昨年に続いて2回目である。
走行距離は3日で405km。天候に恵まれ、渋滞もなく快適なドライブを楽しむことが出来た。
加えて今年は、かつてなかったほど富士山を堪能した。
出発してまずアクアラインの橋で富士山を見た。記憶をたどる限りアクアラインで富士を見るのは今回が初めてだ。東名から小田原厚木道路に入ってからも、伊勢原、平塚、そして小田原市へ入り弁天山トンネルを抜けてからと、各所で富士を見たことも今回初めてである。

国道1号に乗って、いよいよ箱根に入った。みずみずしい新緑が目に快い。湯本、塔ノ沢、大平台、宮ノ下と登って、小涌谷から強羅方面へ分岐(R723)し、目指す「彫刻の森美術館」へ到着した。

7万㎡の広大な敷地内に約120点の屋外彫刻が配置され、庭園の緑を賞でつつ鑑賞するという、他所では経験できないユニークで贅沢な美術館で、やはり新緑と相まって心身が癒やされるのを感じた。

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「ネットの森」エリアにあるオシップ・ザッキン作「山野を歩くヴァン・ゴッホ」。

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佐藤忠良作 「カンカン帽」
カフェの2F「緑陰ギャラリー」に展示されていた佐藤忠良「カンカン帽」((‘1975)。
此のギャラリーの展示は撮影可。ポーラ美術館のエントランスにあったブロンズに酷似している。

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「幸せを呼ぶシンフォニー彫刻」内部のステンドグラス。高さ18m、内径8mの巨大な構造物だが、フランスのガブリエル・ロアールの作品。4月2日付け朝日新聞のここのステンドグラスの記事を見て、妻が希望したのが今回彫刻の森美術館へ来た動機だ。

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そのらせん階段を上り詰めて塔の屋上からの眺望がこれ。遠く本館とその背後に箱根外輪山が見える。

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緑陰広場の猪熊玄一郎「音の世界」。芝生にうつ伏せの人の彫像は「密着」(1993)。イギリスのアントニー・ゴームリーという人の作品。銘板を見ると1950年生まれで私と同年!!

本館ギャラリーでピカソ作品が展示されていた。
ピカソ館が工事中ということで、リニューアルオープンする7月末までの暫定的措置のようだったが、小品が主体ながら見るべき作品が多かった。
グアッシュ、鉛筆画、ペン画、版画等の渋い作品が中心だった。とりわけ印象的だったのは、陶芸作品。
詳細は把握しなかったが、彼が陶芸に熱中したのはフランソワーズ・ジローと生活していた1940年代後半頃だったと思うが、傑作という語が陳腐に思われるほどの素晴らしさで、見ていてため息が出て来た。
デイヴィッド・ダグラス・ダンカンのピカソの写真を見て、「ピカソとの生活」(ジローとカールトン・レイクの共著)も写真が豊富だったことを思い出した。

彫刻の森美術館を閉館時刻過ぎの17時10分に出発し、宿泊先である元箱根の山のホテルを目指した。
(続く)

2018年12月30日 (日)

「ぱしふぃっく びいなす クルーズ」-3

(11月10日の続き)
午後4時頃停泊中の「ぱしふぃっくびいなす」号へ帰着。
キャビンで今夜のイベントを再確認後、サンドイッチバーへ。

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私はレモンティー。

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妻はアイスカフェオーレ。

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午後5時新宮港を出港した。
岸壁では地元主催による送迎イベントが催され、和太鼓の演奏等で盛大にもてなしてもらった。
デッキからテープを投げたが、風は強くなかったのに上手く飛んで行かなかった。

5時30分からは7階のメインラウンジでビンゴ大会。カードが通常の穴を開けていくタイプでなくてスライド式だった。妻共々ビンゴは強くなく、今回もリーチ止まりに終わった。
その後は「All That JAZZ!!」。セントトロペスバンドというピアノ、フルート(アルトサックス掛け持ち)、ベース、ドラムスと女性ヴォーカルのユニット。
Around the World(Disneyのテーマソング)、You’d be so Nice!位しか曲名を覚えていないが、いずれも馴染みのある曲をジャズ風に演奏していた。女性ヴォーカルは若いだけあってエネルギーがすごい。
メジャー契約クラスではないが、プロの演奏である。

船は外洋に出てから揺れ始めた。前後に大きくうねるように上下する揺れで、周期は長目。
そして夕食となった。ちょっと遅めに会場へ行ったので、テーブルはほぼ埋まっていた。
紀州の旬の食材をふんだんに用いた会席コースで、可もなく不可もないというのが正直なところだ。

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お通しと前菜

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お造り(紀州梅真鯛、海桜鮪)

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お吸い物(和歌山産太刀魚の素麺、紀州南高梅、舞茸、酢橘)

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熊野牛の山椒焼き、椎茸、銀杏、里芋添え。しらすと百合根のかき揚げ。

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栗ご飯、お吸い物、香の物。

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梅餅。

夕食はほぼ9時頃まで続いた。
9時15分からメインイベントというべき麻倉未稀のコンサートがあるので、忙しい。
「Voice of Power」と題しただけあってパワーはすごかった。ソロコンサートでBGMはカラオケ。トークが多めで、それも即興のようだったのでやや冗長な感じがした。
コンサート中も揺れがすごくて、麻倉未稀は途中から椅子へ座って歌っていた。デビューしたての頃の清新なイメージが強く記憶に残っているだけに、現在の彼女の歌唱は私の望む方向とは違っているように感じながら聴いた。

11月11日(日)第3日目
昨夜の揺れは就寝中もずっと続いていた。
一夜明けてみると船は相模灘を航行中で波は静かで揺れは全くない。
昨夜のような揺れは決して快適ではないものの、航海ならではの経験が出来たと思う。

キャビンの窓からご来光を迎えた。日の出前から空は明るく、6時29分頃から太陽が見えてきた。

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この写真は6時31分頃のもの。左に見えるのが三浦半島。太陽の下に微かに見えているのが房総半島。

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7時15分頃にアーリーモーニングティー。この時はコーヒーをいただく。フレンチトーストはgood!

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お茶の後にボートデッキへ。7時26分頃で浦賀水道あたりか?左の陸地は房総半島。

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陸地は横須賀の街並みか?

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8時15分朝食をいただく。

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フードバーから。ハッシュブラウンポテトはまずかった。

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8時40分頃食事中にベイ・ブリッジを通過した。

9時に横浜港大桟橋へ着岸、そしていよいよ下船である。
バスの待機場所までフィリピン人の女性スタッフが荷物を運んでくれた。レストランにしても、キャビン内清掃にしても、船内のベーシックな仕事はすべて外国人だった。
最近はTV、新聞でもニュースになるが、クルーズ船は正に日本社会の縮図のようだ。

途中東京湾アクアライン海ほたるのトイレタイムを経て、無事木更津へ帰着した。
(終わり)

2018年12月29日 (土)

「ぱしふぃっく びいなす クルーズ」-2

11月10日2日目
順調な航海で大きな揺れもなく盛り沢山な船内イヴェントもあって、疲労からぐっすり眠ることが出来た。
カーテンを開けると強烈な光がキャビンへ差し込んでくる。
7時過ぎにボートデッキへ行った。1周336mある。

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左舷側から後方(東)を見ている。夜が明けて間もない頃。波は静かだった。

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航跡が長く続いている。その延長に太陽の光がある

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右舷側。救命ボート。

下は定員25人の救命筏。膨張式のようだ。

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上は救命筏用シューター。

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船首。陸地(紀伊半島)が見えている。

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7階へ下りてアーリーモーニングティーをいただく。このティーサービスのスタッフの女性はすべてヨーロッパ系で、ウクライナ、クロアチア、モンテネグロ出身だそうだ。

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朝食。洋食主体のフードバーもあったが、あまり食欲もなく見合わせた。
正直言ってあまりグレードは高くない。

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フードバーからフルーツとコーヒーだけいただいた。

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予定通り9時に新宮港へ到着した。

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海水がエメラルドグリーン。

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タグボート。

シアターでは9時から「キミサラズ」(2015年)の上映が始まっていた。木更津を舞台に木更津市出身者が中心となって製作された映画と言うことなので見た。独立プロ系の作品だが、観客の共感を得る普遍性を持つ処までは至っていないように感じた。この映画の存在を知ることが出来たのはよかった。
昨夜もそうだったが観客は我々以外に数組だった。

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11時頃モーニングティーへ行く。アイスティーを飲む。

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11時45分メインダイニングで昼食。

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ポークカツカレー

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マンゴープリン

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コーヒー

午後はオプショナルツアー。我々が参加したのは「熊野古道・大門坂と那智の滝」。参加者は30名くらいだったか、大型バス1台でベテランのガイドさんが付いた。

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大門坂。

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ヘアピンカーブの路肩へバスを停車させて一部を歩いた。

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杉並木の間に石段が熊野那智大社まで延々と続く。

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那智の滝入り口。
熊野那智大社の別宮となっていて「飛瀧神社」という。由緒書きに神倭磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと、神武天皇)により、大瀧を大穴牟遅神(おおなむちのかみ、大国主命)のご神体として祀ったとある。
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滝見台へ続く石段。

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那智の滝。落差133m、水量毎秒約1トン。約40年振りだ。形が美しく、再た見たいと思い続けてきただけに感無量だった。

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以上で予定箇所は終わりだが、時間が余ってしまったので勝浦港へ行った。

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リアス式の複雑な地形を持った天然の良港。正面遠方はホテル浦島。

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手前の漁船は高知県土佐市から来ている。正面は勝浦湾を囲む半島と島。
漁港周辺には観光客向けの商業施設や足湯もある。

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勝浦の商店街。遠方に見えるのは那智山。
(続く)

「ぱしふぃっく びいなす クルーズ」-1

11月9日から11日まで「ぱしふぃっく びいなす 秋の味覚と世界遺産・熊野古道クルーズ」というクルーズ旅行をして来た。
奈良・京都旅行から1週間余で、余韻が冷めるか冷めないかというタイミングだったが、この機会を逃すと次のチャンスが来るかどうか分からないので決断した。
とはいえ、実は順番からするとこちらを先に決めていた。
5月1日発行の「広報きさらづ」5月号のトップページで、市の協賛事業としてこのクルーズが実施されるのを知って、妻共々一度は体験してみたかったクルーズ旅行を申し込んだのだった。

延べ3日間だが実際は横浜出港が17時で、帰着は3日目の朝9時なので最終日はあってないも同然。実質1泊2日みたいな日程である。
目的地の紀州新宮と横浜間は430km余りで、片道16時間の航海だから平均27km/hr(14.6ノット)出ているわけだ。往復とも夜間の運航なので、のんびりデッキで茫洋とした大海原を眺めるという船旅の醍醐味を味わうことは出来ない。

ある意味クルーズ旅行のさわりを知る入門編のような企画だった。
「ぱしふぃっく びいなす」の旅客定員は680人。カードキーにスペックが記載されており、
総トン数:26,594トン
長さ:183.4m、幅:25m、最高速度:21.60ノット(40km/hr)
などとなっている。
大型客船といっていいのだろうが、横浜港で桟橋の隣へ停泊中の船ははるかに巨大で(*)、「ぱしふぃっく びいなす」はそれほどの規模の船ではなさそうだ。今年は就航20周年だそうで、設備もそろそろ傷み始める時期かも知れない。

(*)下出の写真参照

12階までありパブリックゾーンは5階から。
キャビン(客室)は5、6、8、9、10階でメインダイニングは7階、8階にイベント会場のメインホール、ボートデッキがある。その他様々なアミューズメント施設を備えている。

我々は6階のGタイプのステートルーム、船内図で見るとかなり船首寄りで、波の影響を受けやすいポジションのようだ。主催会社の指定なので如何ともし難い。ただ階段、エレバーターへは近く、非常時には逆に好位置といえる。
映画上映をするシアターを挟む位置なので、シアターへのアクセスもGood。
キャビンのグレードはピンキリで、料金の差が大きい。我々の分相応の部屋にしたという次第だが、15.3㎡はいかにも狭く、水回りスペース、特にシャワーブースにしわ寄せされていて、水勢も弱くはっきり言って使い物にならない代物と言っていいが、居室の方はあまり狭さを不自由に感じることはなかった。

11月9日(金)12時木更津港を出港。

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岸壁で催行されたイベント。

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よさこい演舞。地元のゆるキャラも参加。

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岸壁を離れた。

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岸壁が遠くなっていく。

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船内に掲示されていた航海図。現在位置が示されていた。

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出航後間もなく昼食となる。バラチラシ。

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抹茶、わらび餅。

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キャビン。

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6階にあるライティングルーム。図書の棚。ざっと見たが興味を惹かれる本はなかった。新聞もある。

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アフタヌーンティー。ティータイムはふんだんにあって、無聊の慰めになった。
ケーキはオープンバーで自由にチョイスできる。

午後4時30分から避難訓練があった。キャビンで待機させられ、訓練の緊急船内放送を聞いて救命胴衣を装着し、8階のメインホールへ集合。グループ毎に分けられて、ボートデッキの救命ボートのナンバーを知らされ、有事の際は当該ボート所在場所へ集合するよう指示があった。
船なのでいざとなれば逃げ場がない。11月でもあり、遭難となれば助からないかも知れない。またTV等で南海トラフ地震のリスク増大についても最近しばしば流れるので、津波に襲われればこの客船はひとたまりもないだろう、とか不吉な事が頭をよぎっていた。

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横浜港で隣の桟橋に停泊していた超大型客船。あまりの大きさに度肝を抜かれてしまった。
写真ではほとんど隠れているが、船体に’MILLENNIUM’と書かれているらしいことは辛うじてわかる。
たまたまだったが、後日この船は「セレブリティ・ミレニアム」であることが分かった。総トン数91,000、乗客定員2,158人、乗組員数は999人!!!

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予定通り午後5時に横浜港を出航。あいにくの雨だったので、出航のセレモニーは7階のプロムナードで行われた。専属バンド(セントトロペスバンド)のBGMで乾杯をした。

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サンドイッチバー。6時近い頃。夕食は2部制で我々は遅い方なのでこの時点で約2時間あった。6時からのコンサートを聴こうと思っていたが、シアターで上映されていたメリル・ストリープの「マダム・フローレンス」(2016、イギリス)という映画を覗いてみると面白いので席を離れることが出来なくなってしまい、最後までスクリーンに釘付けになってしまった。

そして夕食。
7階のメインダイニングで7時40分頃に席に就いた。

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参加者が多いので料理が運ばれるまでしばらく待たされた。

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鯖のマスタード風味のミルフィーユ仕立て

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鮪とオクラのタルタル。春菊といりこのソース。

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栗のポタージュ。シナモンの香り。

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真鯛のポアレ、浅蜊ソース。長葱のグラチネ添え。

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大葉のグラニテ。

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レーズンパン、バゲット。共に自家製。

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牛ほほ肉の赤ワイン煮ブルゴーニュ風。茸3種のグリル。

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フルーツコンポート、ピスタチオのムース。

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コーヒー

夕食は概ね9時まで。料理毎に皿が代わり、盛り付けも趣味が良く、楽しくいただく。

食後もイベントは続き、9時20分から10時までメインホールで落語を聴いた。柳亭芝楽という木更津市出身の落語家。
10時30分から11時までは11階オブザベーションラウンジで「ロス・ペイサノス・トリオ」。レキント(?)ギターと普通のギターそしてベースの外国人3人。9曲演奏。「キサス、キサス」、「コモエスタ東京」、「イエスタデイ」、「ダイアナ」、「また会う日まで」etc.演歌主体に幅広い。リードボーカルは3人が曲毎に交代していた。
この時は妻はキャビンにいた。

この日の締めは夜食。妻ときつねそばを食べた。
(続く)

2018年12月21日 (金)

「京都・奈良の旅’18」-7(奈良ホテル)

午後5時頃奈良ホテルにチェックイン。
本館236号室。クラシックツインルーム。予約のメールでは25.5㎡とあったが、フロントでは広めの部屋にしたとの事だったので、多分面積はそれよりある部屋だと思われる。
本館は耐震改修工事中とのことで、それに併せて内装も改修しているのだろうが、レトロが売りでもあるので古色蒼然としたイメージは残すようにしているのだろう。
この部屋が改修を終えているのかどうかは分からなかったが、水回りスペース、洗面、バス、トイレが居室と別区画となっていて、お世辞にも褒められない洗面台、何世代か前のウオッシュレット、それとこのスペースは寒くて洗面・入浴・トイレに不自由な思いをしなければならない。と設備面では合格点を与えることは出来ない。

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一方居室は落ち着いた雰囲気で窓も広め、ベッドメイキングはGOODで寝心地は大変良い。

夕食はメインダイニングの「三笠」。17時30分に予約していたので一息入れて「三笠」へ向かう。
これまでは和食レストラン「花菊」を利用していて夕食で「三笠」を利用するのは初めてだ。

コースメニューの「高円」をいただく。

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テラスの北側手前から2番目のテーブルに就く。

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オードブル。軽く炙ったサーモンのサラダ仕立て。ソースはバジルとトマト、オレンジの粉末を一面にふりかけている。プチトマト他

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ビーフ・コンソメスープ。

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妻はホワイトアスパラガスのクリームスープ(タピオカ入り)をチョイス。

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かんぱちのポアレ(茹でキャベツの上に)、海老添え。赤ワインソース。トマトとシメジの素揚げ、椎茸のフリッター添え。

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ライムシャーベット

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パンは2種類。おいしいのでお替わりをした。

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国産牛フィレ肉のステーキ、鴨フォアグラ添え。マデールソース。セロリ、水茄子、大和ま菜、マッシュポテト、カリフラワーのコロッケ(カレー風味)。写真がピンボケになってしまった。(^^;

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妻の方。「若草」のメイン料理からチョイス。仔牛フィレ肉のソテー、タルトに詰めた鴨フォアグラとリ・ド・ボー添え。鴨フォアグラムース入りマデールソース。水茄子、大和ま菜、水菜、カリフラワーのコロッケ(カレー風味)。

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デザート。チョコとラズベリーとライチのケーキ。ブルーベリー、オレンジ、巨峰、キウイ。

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番外のメニュー。マカロンとクッキー、ホワイトチョコレート。
コーヒーが出たが写真を撮り忘れた。(^^;

席に着いてから最後の皿が出るまでほぼ2時間、味も盛り付けも予想以上だった。
部屋へ戻り、寛いでから入浴、ベッドに横になる。

明けて11月1日。旅行の最終日だ。
まだ暗い時分に入り口のドアを開けるとドアノブにビニールバッグに入った新聞がぶら下がっている。産経新聞だった。フロントへコールし奈良新聞を希望すると直ちに届けてくれた。こちらの情報が押さえられていないのにはがっかりしたが、迅速な対応には好感が持てた。
この日の奈良新聞はこの時期恒例の「正倉院展」出陳宝物紹介の第1回、特集記事として興福寺中金堂の落慶法要、「聖徳太子1400年御遠忌関連フォーラム」のレポート等この時期の奈良ではの話題に溢れていた。
また2面にコンサートレポートが・・・会場は奈良ホテル!何と前日の31日に催行されていた。写真にはギターを弾く女性が。どう見てもクラシックギターだ。記事を読むと「ギター奏者の田中順子さん」とある。歌手、ピアニストとのジョイントだったようで、聴き手は「会員や招待者」とあるから一般公開とは位置付けが異なる催しだったらしい。
田中順子は20年位前に国内の名だたるギターコンクールを総なめした実力者だ。前日は奈良ホテルに入ってすぐ興福寺参観へ行ってしまったので、知るすべもなかった。この日から始まった京都南座の顔見世興行の件と云い、今回の旅行はニアミスが多かった。

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7時40分頃窓からの景色は朝の陽光で眩しい。
眼前のもみじは紅葉が始まっていて秋を実感させてくれる。遠く若草山の快い緑の上に広がる空は、晴れているが雲がベールのように覆い被さり、手前のコバルトブルー、遠方の薄いブルーの間に大きく割り込んでいる。整然と並ぶ筋雲を見ていると心が静まった。

「三笠」へ朝食に行く途中、8時45分頃ロビーを過ぎる時、ホテルツアーが始まっていて、参加者へのガイダンスをしているところだった。折角の機会なので参加したかったところだ。
昨夕に対して今度は西側のテラスの中央のテーブルへ。興福寺が窓越しに望める良いポジションだ。

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これはショップでGETした本で、表紙カバーの写真が奈良ホテル「三笠」の西側テラス。丁度我々が座ったあたりから撮られている。テーブルクロスの色は現在薄いパープルに変わっている。

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席から見た興福寺五重塔。

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私は今回もアメリカン・ブレックファースト。
サラダ、フレンチドレッシング。オレンジジュース。ジャムは2種類(ストロベリーと柿)。

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パセリ入りオムレツ、ソーセージ。

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フレンチトースト。奈良ホテルでは初めて。

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コーヒー。淹れ立てで美味。

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妻の和粥定食。

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おかずはぶり煮に長芋の梅酢漬添え、だし巻き卵、炊き合わせ、ゴマ豆腐、小鉢2種(ゴマ豆腐、芋がら煮)、香の物(奈良漬け外)

食後ショップで買い物。

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陳列台、ショーケースのディスプレイは大変にチャーミングだ。
上には奈良ホテルブランドのブレンドコーヒーを始め、クッキー、マドレーヌ、カレー・ポタージュ缶等が、下はパウンドケーキ、ロゴ入りのボールペン、ティーカップ等が並んでいる。

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私はオリジナルコーヒーを2個、葛湯と先ほどの表紙写真の「百年の品格 クラシックホテルの歩き方」(新潮社)という本、妻は奈良漬けをGET。
本の著者は箱根宮ノ下の富士屋ホテルゆかりの女性で、ホテルライフ、それもハイグレードのそれを海外も含めて経験豊富な上流階級の人だ。
この本で取り上げている日本の4大クラシックホテルの中で、奈良ホテルへ割かれている分量は最も少ないように感じたが、それでもこの本から知らされた事は多々あって、例えばインペリアルスイートの写真などは奈良ホテルのホームページにも出ていない。
良い本を手に入れたと思っている。

また葛湯の方だが奈良ホテルが取り扱っているのは吉野葛の「黒川本家」。
従来奈良へ来た折は「天極堂」の葛湯(こちらも美味しい)を購入もし、東大寺西大門跡の隣接地の本店2階で食事をしたこともあるのだが、奈良ホテルへ宿泊するようになってからは「黒川本家」の葛湯にしている。

葛粉コーナーに「黒川本家」の由緒書きがあり、文中に谷崎潤一郎の名を認めたので取り敢えずカメラに収め、帰って来てから読んでみた。
「黒川本家」は江戸初期元和元年(1615)-桂離宮の古書院が造立された年だ-の創業、明治初期より宮内庁御用達となったと云う由緒正しい老舗である。そして「谷崎潤一郎が「吉野葛」執筆にあたり、当店に逗留・・・」とあるではないか!

葛粉の店に「逗留」というのも腑に落ちず、身の回りの資料を見てみると没後版全集の第20巻月報に野村尚吾という作家の「「吉野葛」遺文」という文章があった。
それによると、
・「吉野葛」は昭和6年(1931)「中央公論」1、2月号へ掲載された。
・前年の昭和5年10月頃約1ヶ月に亘り奈良県吉野郡の旅館「桜花壇」に滞在して「吉野葛」を執筆した。
・それに先立ち「吉野葛」の構想を組み立てるため2回吉野地方を訪れた。
・その内の昭和2年(1927)に樋口喜三という人の案内で訪れた中に「松山町(現在の大宇陀町)の葛の製造家」があった。
以上から、執筆で逗留したのは「桜花壇」、黒川本家は先行した取材旅行での訪問先の一つだったということになろう。

妻の購入した奈良漬けは奈良ホテルブランドで、これまで奈良へ来た折様々な処のものを食して来たが、アルコール分が少なく、妻はこれが一番口に合うとの事。

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フロントにある階段から2階へ。

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奈良ホテルの模型。上の写真で云うと正面奥の左隅に置かれた低い台に納められている。いつ頃のものかは不明。ブラインドのスリットから洩れる外光が邪魔で見づらいが、本館、新館その他の構成は現在のもので、旧大乗院庭園の西小池のあたりが現在と違うようだ。

部屋へ戻り時間に余裕があったのでしばらく休憩(どうも休憩が多い。(^^;)後、チェックアウト。
荷物をホテルへ預けて奈良国立博物館へ向かう。
(続く)

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