日記・コラム・つぶやき

2019年4月12日 (金)

カフェ「仕立屋」のランチ

春爛漫の4月9日(火)、カフェ「仕立屋」へ行って来た。
千葉県木更津市有吉に昨年11月にオープンした田園の中のカフェだ。

妻の友人が営むお店で、1月中旬に初めて行き今回は2回目。
やはり妻のお友達であるSさんを誘い、3人で素敵なランチをいただいた。

Img_8278

お店の外観

Img_8271

店内。おしゃれで落ち着いた雰囲気だ。

Img_8275_1

陶芸を趣味とされているママさんの友人の作品などを飾り付けしているコーナー。

Img_8270

東向きの大きな窓から臨むことが出来るのどかな田園風景。心が和んできた。

Img_8273

そしてランチ。盛り付けを見ているだけで幸せになってくる。

有機米ご飯から反時計回りに、人参スープ、鶏肉の味噌和え、厚焼き玉子と蕗の水晶煮ともやしのナムル、ゴマ豆腐、カボチャと彩り野菜のサラダ、人参のスティックフライとサツマイモの素揚げに春菊のサラダ、黒豆とジャスミンゼリーのみつ豆

Img_8274

食後のコーヒー。カップはママさんの友人作だそうで、3人ともが異なるデザインだった。

Sさんは大変な読書家で以前は源氏物語を読書中とのことだったが、この日はM.プルースト「見出された時」の最後の部分に竹馬の喩えが出て来る話をされた。ちなみに「失われた時を求めて」は6回読んだそうだ!!!
J.ジョイス「ユリシーズ」についての話とか、音楽についても話が出て、大変楽しい時間を持つことが出来た。

帰途、小櫃川沿いの桜並木を歩いて、遅めの花見もして来た。

Img_8280

また別れ際に、吉田秀和の「永遠の故郷」(CD版)をいただいた。

Img_8283

吉田のエッセイ集「永遠の故郷」全4巻で取り上げている歌曲を、吉田秀和のセレクションによる演奏でCD5枚に収めて、エッセイ集と併せ立体的に「永遠の故郷」の世界を味わうことが出来る。
これまで歌曲にはあまり親しんでこなかったので、収録作品はほとんどが初めて聴く曲である。

翌日地元の図書館から始めの2冊、「夜」と「薄明」を借りて来た。

Img_8281

第1章「月の光」はG.フォーレの曲。詩はヴェルレーヌで、この詩はドビッシーの「ベルガマスク組曲」命名の由来となっている事を知った。ドビッシーの「月の光」しか知らず、フォーレの方は今度が初めてである。

吉田最晩年の遺言のようなエッセイ集を繙いた幸せを噛みしめている。

2018年3月22日 (木)

身辺雑記

毎度の事ながらあっという間に3月も下旬、彼岸の中日も過ぎ、桜の開花も始まった。
私の地元は雨だったが、昨日は異例の春分の日の雪でTVでも箱根とかの中継をしていた。地元では1月22日が雪だった。とはいえその時も日中は雨で、夕方以降に雪となった。

1月31日には皆既月食があった。スーパー・ブルー・ブラッド・ムーンという可成りレアな皆既月食だったようだ。
私も自宅玄関前で見たが、月食に入ると部分食より月全体が見え、ブラッドというよりは小豆色ぽく見えた。

Img_7401

上は月食に入る直前の部分食で21時35分頃のもの。

2月10日に石牟礼道子が逝去した。朝日新聞に月1回「魂の秘境から」というエッセイが待ち遠しかったが、それも1月31日付けが最後となってしまった。

Img_7453

担当記者によると、パーキンソン病で口述筆記だった由。
それであれだけの文章をものしていたとは、ちょっと考えられない。
「苦海浄土」はいつか読んでみたい。

将棋界では、藤井聡太、羽生善治の二人の活躍が目立っている。
藤井は2016年のデビュー以来公式戦29連勝の新記録を樹立後も勝ちまくり、順位戦全勝でC!昇級を決め四段から五段へ、2月17日に朝日杯史上最年少優勝(佐藤天彦名人、羽生善治竜王等を破って!)により更に2週間余で六段への史上最年少昇段を遂げた。2017年度の将棋界の記録部門の対局数71対局、勝ち数60、勝率0.845(*)、連勝部門において4冠王が確定、と驚異的な実績を上げている。

(*)3月21日時点。22日20時頃、王座戦2次予選の糸谷八段との対局に勝利し、72対局、勝ち数61、勝率0.847となった。

一方羽生は昨年の棋聖位を防衛後、王位、王座と連続でタイトルを失うも、渡辺明から4勝1敗で竜王位を奪取し、永世竜王の称号資格を得て待望の永世7冠資格者となった。通算タイトル獲得数はなんと99となった。
そして昨3月21日順位戦プレーオフ(*2)の最終第5局で稲葉陽(あきら)八段に勝ち、第76期名人戦の挑戦者となった。

(*2)今期順位戦最終局は3月2日に静岡市の料亭「浮月楼」で行われ(羽生は全対局を終えていて、この日は抜け番)、A級11人中6人が6勝4敗で並んだ結果、パラマス方式のプレーオフとなっていた。

先週3月17日(土)に農溝の滝へ妻と行って来た。
房総スカイラインから県道千葉鴨川線へ入り、鴨川方面へ約3km下ったところにある。ネットでブレークして有名になって久しいが、今回初めて行った。
洞窟が水面に写る影と併せハート型に見える形が評判を呼ぶこととなったが、年間を通して春先と秋のみに見ることが出来るのだそうだ。今は正にその貴重な時期に当たっているが、日の出の時間帯限定ということで、寝坊の当方は無理をせず、着いたのは正午を回った頃になっていた。

そもそも有名になった場所は、「亀岩の洞窟」というのだそうで、「農溝の滝」は約50m下流にあるそうだ。

Img_7445

この洞窟は手掘りで、川廻しと言うそうだが、その言葉とは逆に蛇行する川の直近の箇所にショートカットさせるトンネルを通して流れを変え、元の水路だった所を水田として利用する農業土木技術の所産との事。
上流側との段差で洞窟からの流れは滝状になり、岩の形が亀に似ているところから「亀岩の洞窟」と命名された由。

「農溝の滝」は、かつて精米用の水車小屋に水を引き込むための溝があって農家なので「農溝」、水車小屋の脇にあった滝なので「農溝の滝」というのだそうだ。

Img_7424

上は農溝の滝かどうか自信がないが、その近辺の写真。

帰りは久留里経由で千葉信用金庫久留里支店隣にある「すや」というお茶屋さんで煎茶を買った。ここのお茶は本当に美味しく、こちら方面へ出かけた際は立ち寄る事にしている。

昨21日に三谷太一郎「日本の近代とは何であったか」(岩波新書)を読み終えた。

Img_7452

昨年三谷氏81歳の時の刊行だったわけだが、「あとがき」を読み、その学問への情熱の熱さに打たれた。
「老年期の学問」という考え方、10年前に大病なされ、その病後に漱石の「思い出す事など」を読まれ、その中でW.ジェイムズ、ベルグソン等に触れている事に触発されて、R.ホーフスタッターの著作を読み直し、序章のテーマとしたW.バジョットの著作に当たる決意をされた事とか、心境をありのままに綴られている事に感銘を受けると共に励まされる思いがした。
また第1章第3節では鴎外の史伝に触れ、特に「北條霞亭」への評価には啓発された。

「思い出す事など」は読むつもりでいたが、「北條霞亭」も是非読もうと思った。

2017年3月 6日 (月)

2月回顧

春の気配が着実に色濃くなってきた。
今日(5日)は啓蟄、タイムリーに鶯が初鳴きをした!!
今年は春一番が吹いたのが2月17日という異例の早さで、寒さは峠を超えた。
妻の実家の庭では冬の間葉が落ちていたアーモンドの枝にびっしりと花の蕾が芽生えてきて、早いものは赤い色を付けている。
そこここの家々では、白梅が清楚に咲いている。
まだまだだが、散歩コースの桜にも蕾の徴候が現れてきた。
1月半ばに水路を埋めるくらいの大群を成していた鴨の群れは、今や大分まばらとなった。

Img_6615_2

上はアーモンド、下は桜の蕾

Img_6623_2

昨年4月からの朝日新聞の漱石「猫」の連載も3月28日で終了し、漱石作品の連載は「猫」が最後になるとのこと。
2,014(平成26)年4月20日に「心」連載100年を記念して始まった漱石作品の連載は2,016(平成28)年は没後100年、2,017(平成29)年は生誕150年と漱石のメモリアルイヤーが続いている中での終了は意外と言う他なく、次があるものと思っていただけに残念な気持ちだ。

今年は漱石作品をもう1,2作読みたいと思う。

以下に2月を振り返ってみたい。

まず集英社から創刊されたインターナショナル新書の福岡伸一「生命科学の静かなる革命」と池澤夏樹「知の仕事術」を読み、知的刺激をもらったことが揚げられる。
福岡氏は朝日新聞の文化・文芸欄へ毎木曜に「動的平衡」というコラムへ知的スパイスの利いたエッセイを書いていて、数ヶ月前に偶然読んで以来愛読者となった。
今回の著書から、福岡氏の意識の中で通奏低音のように流れている「生命とは何か」という問いに対して、コラムのタイトルの「動的平衡」に本質を見ておられるようであることがわかる。
昆虫少年だった頃の国立科学博物館でのエピソードやロックフェラー大学の話etc.興味深い話を語る筆の冴えも見事だ。
最近福岡氏の文章を読んでいて、免疫学者の多田富雄(1,934~2,010)を連想するようになった。
「免疫の意味論」、「生命の意味論」、「寡黙なる巨人」等の著書や昨年はEテレで放映された(*)多田の新作能「生死の川(しょうじのかわ)―高瀬川考」を観て感銘を受けた事が記憶に新しい。
(*)2,016年6月26日「古典芸能への招待」

池澤氏も朝日夕刊へ毎月第一水曜日の文芸・批評欄へ「終わりと始まり」という辛口のエッセイを書いていて、こちらはもう大分以前から愛読している。
池澤氏の著作は「ハワイイ紀行」が初めてで、それ以来小説も含め、いろいろ読んでいるが、最近は氏の個人編集による「日本文学全集」、「世界文学全集」を図書館から適宜借りてきて、氏の解説を読書の参考にしたりしている。
今回の著書では随分いろいろ披露しているが、氏が毎日新聞を基地にされていることを知った。
実は朝日新聞の前は毎日新聞を購読していて、今の朝日と当時の毎日の書評欄とを比較すると毎日の方が面白かったように思う。(*2)
が、主導されていた池澤さんとか、丸谷さんとかはあまり意識したことはなかった。
暦年の毎日書評賞が揚げられているが、その第4回(2,005年)矢沢永一「紙つぶて 自作自注最終版」は、当時毎日紙上で取り上げられてGETしたことを思い出した。
また模範書評として採用している三省堂「新グローバル英和辞典」の評が1,994年3月の掲載で私が愛用しているのは「新」がない「グローバル英和辞典」(1,991年3月 24刷)なので親近感を覚えた。
それと、「ドン・キホーテ」、「神曲」を未だ読まれていないそうで、池澤氏が読んでいて私が読んでいない古典は限りなくあるわけだが、中には数少ない例外もあるということを知り、ここでも親しみを持てた。
また加藤周一を尊敬されている点も、意を強くした。
(*2)今日(3/5)付け朝日新聞読書欄に「池澤春菜が薦める文庫この新刊!」というコラムを発見!池澤氏のお嬢さんのようだ。書きぶりはお父さんそっくり。

次は映画。「沈黙」を地元で観た。遠藤周作の原作は私が高校生の時に発表されて以来脳裏に刻まれ、いずれは読むべき作品だと思いつつ今日に至ってしまい、これを機に映画館へ行く前に読んだ。
1月24日の「天声人語」でも作品の歴史的背景を軸として取り上げていた。
原作は、「まえがき」の客観描写、はじめの4章は「セバスチャン・ロドリゴ」の書簡、5~11章が客観描写、そして最後は「切支丹屋敷役人日記」により構成されている。
瑣末的な事だが2章では記述の経時的な矛盾が認められる。
遠藤の著作にはあまり接していなくて、以前「イエスの生涯」を読んで大変感銘を受けた覚えがある程度だ。
映画は概ね原作に忠実であるが、故国ポルトガルを若い司祭が3人で出発し、マカオに至る部分までは割愛されている。
最後のロドリゴが棄教して岡田三右衛門として仏教の作法で火葬に付される場面、棺の中の彼は十字架を手にしている。
これは原作にはない大変印象的なシーンだ。

最後に地元で講演を受講したこと。
2月ではないが、1月31日に市福祉会館で「暮らしの中の食生活―何をどのように食べれば良いか」という講演を受講した。
講師は市包括支援センターのケアマネージャーの方。
これからのシニアライフの指針となるべき内容で、「フレイル」という概念、認知症の目安としてのALB(アルブミン値)、高齢層のコレステロール値の受け止め方、幅広く栄養を摂取する事etc.新しい知識も得ることができた。

次は2月4日、市中央公民館で「平和的手段で日本の安全を確保する道」講師は孫崎亨(うける)氏。

最後は市立図書館で「木更津船の航路”上総澪”について」講師は宮本敬一氏。木更津市在住の方で、自己紹介で遺跡の発掘調査をして来られたと言われていたが、文学好きのようで、露伴の「蝸牛庵夜譚(よばなし)」の「水の東京」という文章を読んでいて「上総澪(かずさみお)」なる語に出会い、それから種々の文献を渉猟、その成果を披露してくれた。
因みに「上総澪」とは隅田川河口の延長上にあった水深のある船舶の通り道のことである。

以上

2017年1月10日 (火)

今日の富士

今日は暖かく、風もなく静かな一日だった。下は今朝の富士。

1img_6552
こうして見ると雲が多い。
日曜夜から月曜未明にかけ強い雨が降り続いた。風もかなり強く、雨足が窓のガラスを叩き続けて台風のようだったが、回復したとはいえ、この時はまだ空はそれを引きずっていたようだ。

1img_6555
これは夕方の富士。夕焼けのシルエットが美しい。朝に較べると雲は大分消えている。

新年が明け、元旦から7日連続で富士が見えていて、8日のみ見えず、昨日は3時頃うっすらと見えて、そして今日である。

4日は「この世界の片隅に」を見た。北條すずの愚直さ、誠実さとやさしさに心打たれた。
5日は市原湖畔美術館の「One Road」展を見て来た。オーストラリアのアボリジニの人々の絵画である。以上は妻と一緒。
7日は千葉市でギターサークル「和弦」の新春コンサートを聴いて来た。アンコールは「ラデツキー行進曲」、会場は静かなままだったので、中間部から後半入りしたところで手拍子を入れた。(^^; と、そこここで追従する人が出て来て、ステージと会場が一体になり、大変に盛り上がってよかった。(^^)
また会場で一緒になった友人と、終演後にコーヒーを飲みながら久し振りに歓談できた事もよかった。

2016年7月 5日 (火)

昨日(7月4日(月))は日中うだるような暑さだったが、夕方に気象が急変した。
夕立というような生易しいものではなく、一瞬の荒々しい嵐のような激しいものだった。
夕方6時頃、立て続けに雷。同じ方向から稲光が数回、就中はじめのは天から地へ直撃する一本の太い光で、近距離を示唆する時間差があまりない特大の音響だった。
しばらく雷鳴に肝を冷していると、程なく空がかき曇り、暗くなったかと思いきや、強い雨足が襲って来た。横殴りで瞬く間に西、北向きへの吹き付けが始まった。
する内に停電。めずらしい。数十秒続いた。滅多にない事だ。
その内空が明るくなり始める。雨は弱いながらしばらく降り続いていたが、やがて雨も上がり、6時は過ぎていたものの真昼のような明るさが回復した。
外を見ると東方面へ虹が立っている!

以上近来稀な気象を体験した。
この夜11時頃だったがコガネ虫が一匹電灯の光につられてぶんぶん羽音をさせて網戸にまとわりついていた。これも今年初めて。

またこの日地元で養老孟司氏の講演会があったが、それは別アーティクルで。

2016年1月 1日 (金)

元旦の富士

新年が明けた。
快晴、風はしばしば強くなったが概ねおだやかで、静かな元旦だった。
早朝から昼頃までと、夕方には背景が夕焼けではあったが、頂上直上あたりからの厚い雲の下にくっきりとシルエットがあざやかだった。

1img_5308
今朝の富士。雲ひとつない日本晴れ。

また、外出した際に内房線をオーバーパスする道路をドライブしつつ、ダイナミックな富士も見た。ここから見る富士は自宅で見るより倍くらい大きく見える。
帰宅後年賀状に目を通し、返礼の賀状を郵便局へ出しに行く途中、八剱八幡(やつるぎはちまん)神社前の道にまで溢れた初詣の長い行列にお正月であることを感じた。

午後7時からはTVで「ウイーン・フィル・ニューイヤー・コンサート」を楽しんだ。今年はマリス・ヤンソンスが振った。
'06、'12年に次いで3度目だ。来年はドゥダメルだそうだ。楽しみではあるが、ちょっとピンと来ない。

話を富士に戻して、木更津からの富士は11月から3月頃まで冬期に見える日が集中する。
昨年12月も多かった(自分で確認したのは12日)。
その中で印象的な写真を(17日のもの)。

1img_5288
上空がどんよりとした雲に一面覆われた中、富士は頂上までくっきり見えているのがめずらしい。

2015年9月29日 (火)

花と昆虫

早いもので彼岸も過ぎ、日一日と秋が深まろうとしている。
半袖ではもう寒い感じだ。

百日紅は盛りが過ぎて久しく、彼岸花が其処此処に目に付いたのも早や過ぎ去ろうとしており、金木犀の甘酸っぱい香りがただよう今日この頃だ。

日曜の27日は十五夜、昨28日はスーパームーン、共に目にしたが、後者は帰宅時に玄関先で見た。

彼岸の中日に妻の実家の庭でのささやかな発見を紹介したい。

1img_5008
これがそれ。

花の直径は数ミリと小さく、その代わり見るとおり数が多い。
花の名は未詳。
この年までこの花をそれと認識した事がなかったが、歩いていると道端や公園など至る所で見かける。或る人によれば雑草の類だそうだ。

1img_5010
これがアップで、花弁が6個、それに対応して雄しべがあり、中心に雌しべ、花弁に対して大きすぎてアンバランスだ。
花自体は白で形も清楚な印象。

1img_5013
目を凝らすと花に蜂が蜜を吸いに来ている。
蜂のみならず、蟻もいるのがわかる。
さながら花と昆虫達の饗宴の場である。

1img_5014
アップ写真。
随分小型の蜂である。
蜂、蟻とも名前はわからないが、読み始めている「ファーブル昆虫記」に登場する狩蜂の一種か。

蜜蜂の様な集団生活をする種と、それに対して狩蜂は単独に活動する種で、成虫は花の蜜を主食とするが、獲物は1種に決まっているらしいが種によりバッタとかコオロギとかを捕まえて毒針で刺して麻痺させ、巣穴へ運んで来て産卵し、孵化した幼虫の新鮮な食料とするのだそうだ。

巣穴一つで幼虫一匹分、獲物は2,3匹で、食べ尽くすと蛹になり、約1年かけて羽化、晴れて成虫となるのだそうだ。
成虫としての寿命は短くおよそ2カ月ほど。

「ファーブル昆虫記」第1巻(*)訳注にハチの系統分類が紹介されているが、ハチ類は膜翅目といい、広腰亜目と細腰亜目に分かれ、「昆虫記」の狩蜂は後者で、私が見たのは反対の広腰亜目の方だと思うので、実際に狩蜂なのかどうか。

昆虫は、我々人間から見ると全く別世界の生物だ。

身近な場所でファーブルを思ったひと時である。

*:奥本大三郎訳、集英社

2015年1月 9日 (金)

ホテルオークラのお正月(その4)

最終日の2日。
朝食はテラスレストランにしていたが、行ってみると行列ができていたのでオーキッドルームへ変更。
利用者は少なめでゆったりと食事が出来た。

ビュッフェで下の写真は、ポークソーセージ、ベーコン、スクランブルエッグ、ハム、ハッシュポテト。

1img_4272

パンは豊富で、どれも手を出したくなるものばかりだったが、その中でクロワッサン、菓子パンを食べたが大変おいしかった。

その他自分がいただいたのは、
ミネストローネスープ
クリームチーズ(ブルーベリー)、カマンベール、他2種
サラダ(レタス、ポテト、etc)、フルーツ(メロン、ぶどう、オレンジ、グレープフルーツ)
牛乳、オレンジジュース、水

またコーヒーは随時カップへ継ぎ足してくれる。
テーブルを通りかかったスタッフに、各レストランのコーヒーは同じなのかを問うと、皆違うブレンドを出しているとのこと。
昨晩のベルエポックの話をすると、前は「トアルコ・トラジャ」を使用していたそうだ。
あといろいろ貴重な話をしてくれた。

妻は書初め教室へ。

1img_4285


自分は囲碁サロンをのぞく。スタッフからフリー対局を勧められるまま、囲碁サロン会員の方と盤をはさんだ。
黒番をもって打った。寄せまで形勢は2転、3転し最後は虎の子の地を破られ中押し負け。

投了して我に返ると、脇に妻が待っていてくれたことに気付いた。

2時からメインロビーで「立華花所望」を観た。
オークラの随処を飾る生け花を担当している石草流家元による立華のパフォーマンスと赤坂の芸者衆による舞踊、奏楽。
新春に相応しい催しだった。

1img_4316

1img_4314_9

1img_4326

オークラ本館は今秋から解体がスタートする。
この大変渋いメインロビー、外壁のなまこ壁はあとわずかで見られなくなる。
勿体ない様な気もするが、それが時代の流れなのだろう。

1img_4169
メインロビー。金屏風にお正月飾り。

1img_4170
メインロビーに向かって左側のコーナー。笹の葉陰が障子に映し出されている。

1img_4331
メインロビーのランタン。はじめは珍妙な形で好きになれなかったが、今は実に味わいがあると思う。

1img_4333
写真ではよくわからないが、メインロビーのオーキッドルーム側の壁。
屏風形の装飾壁。人間国宝富本憲吉の壺の文様「四弁花」を西陣で織り上げたとのこと。

メインロビー自体が重要美術品そのもの。

1img_4294
このパネルは新館イメージ。「オークラヒストリー」コーナーにあった。
これによれば、新館開業は2019年春。東京オリンピックの前年だ。
オークラの開業は1,964年のオリンピック開催に合わせて成されたことを思えば、50年の時を経、
再び開催される東京オリンピックを機に新生オークラへと脱皮するということか。

ホテルオークラのお正月(その2)

元旦が明ける。
快晴。静かなお正月だ。

おせちを1Fコンチネンタルルームでいただく。
9時少し前だったが、混み合う寸前で待つことなく席に着けた。

おせちの前に振り袖姿のホテル嬢からお屠蘇を振る舞われる。
妻と賀詞交換す。

1img_4175

写真のとおり器もよく、ごはん、お新香が付くのも従来通り。
ただ、かまぼこ、伊達巻が今一。
豆に皺一つないのに妻がいたく感心していた。

10時から本館メインロビーで獅子舞。
いわばメインイベントで、開始時間には人であふれていた。

1img_4184

ロビーへ入るところ、客がご祝儀を獅子の口へ入れると、子どもの頭を噛んでくれる。
招福のおまじないだ。

1img_4190

舞い方は獅子役と一人おかめ、ひょっとこ、囃子方は笛、太鼓、鉦の3名。

1img_4192

獅子舞の後は1F平安の間で振舞い餅。
以前はホテルマンがはっぴ姿で餅つきのパフォーマンスをしたが、最近なくなった。
餡と黄粉を一つずつ各人へ配った。数量限定なので早い者勝ち。
部屋でいただいた。

平安の間では午後2時から曲芸。綱渡り、傘でボール回し、剣玉etc20代の若い芸人さんだった。
3時からは江戸紙切り。三遊亭絵馬さんと云うご本人曰く、50歳、独身で、言葉巧みに見物人の気持ちを掴みながら、見事な手さばきで課題の切り絵を仕上げて行くのには感服した。
妻のリクエストが採用され、「松竹梅」で梅の枝に鶯を配した切り絵が出来あがり、妻に進呈された。

大道芸の合間にテラスレストランへ頼んでおいたフレンチトーストをtake-out。
オークラの看板メニューの一つで本来はオーキッドルームの朝食でサービスされるようだが、お正月はそれがなくてtake-outのみのサービス。レンジで温めてもらって部屋でいただく。
トーストという感じはまるでなくて、玉子焼きに限りなく近いクレープみたいな食感だ。

1img_4228

下は平安の間の昭和・伝統芸能・工芸ゾーン入口。

1img_4295

昭和30年代頃の下町の雰囲気をイメージした家並みに、当時のレコードとか電化製品等を配置してあった。
レトロでノスタルジックな空間にしばし魅了された。

1img_4296

16時30分から囲碁サロンで女流棋士の指導対局を受けた。井上初枝二段に6子で教わった。
指導は各先生の2面打ち。もう一人はつくばから来られた方で、やはり6子だったが、大石が捕られてしまい早々と決着がついてしまった。
私の方は中盤疑問手がありながら、やや残しているかと思いながら打っていたが、終盤軽率な手が出て地を荒らされてしまい投了。

対局中の先生の顔をしばしば窺いながら打っていたのだが、結構真っ赤な顔をされたり、真剣な面持ちで打っておられたところからするとあまり手を抜かれておられるようなことはなかったのかも。

碁は普段は全く打たない。時々NHKのトーナメントの放送を見る程度。
だから指導対局に応募する資格は本当はないのだが、お正月のご愛敬だと自分を納得させている。
対局後の井上先生のアドバイスも温かく、指導してもらって良かったと思う。

ホテルオークラのお正月(その1)

12月31日から1月2日までホテルオークラで大晦日とお正月を過ごして来た。
オークラはこの時期門松を立て、お正月飾りを随処に置き、館内のお正月気分を盛り上げ、さまざまなイベントで楽しく、レストランではお正月メニューを用意し、もてなしてくれる。

今年から本館の建替えが始まり、最後になるので部屋は本館の方にした。
割り当てられたのは3階、M310号室。(オークラは本館はM(Main)、別館はS(South-Wing)と区別している。)
本館ロビーが5階で、それより下であり、スタンダードダブルでグレードとしては多分一番低いかそれに近い部屋だ。

が、窓からはテラスレストラン前の庭園を目の当たりにするロケーション、今回は暗くなってからのイルミネーションも部屋から楽しむことが出来た。
またデスク引出しにあった冊子「Okura Legend」最終ページの写真は丁度逆方向から本館、テラスレストランそして庭園を撮影したものだが今回私達が滞在したM310号室も真ん中近い部分に納まっている。

設備は古く、グレードも低い部屋ではあるが、写真に入った場所に宿泊してよかったと思っている。

朝の庭園。右下の屋根がテラスレストラン。

1img_4225

夕闇が近くなり、イルミネーションが点灯する。
1img_4230

夜も深まってイルミネーションが本格化。

1img_4157_4

夕食は別館2階メイプルルームで桃花林のお正月特選メニューを選んだ。
この桃花林のメニューは2回目で、ほぼ同じコースだったが前回より食材がグレードダウンした。
ふかひれスープは前回は蟹の卵入りに対し今回はふかひれ姿煮、海老のチリソース煮は前回は伊勢海老、今回は大海老(ホワイトタイガー)

桃花林の料理は洗練されたというよりも、どこか家庭的な感じがする。スマートさとは程遠いが、親しみと暖かみを感じる。

1img_4118

前菜。

1img_4128_2

デザートの杏仁豆腐。今まで味わった中でも一二の味わい。

部屋に戻りTVで紅白を見る。今回は紅組司会が吉高由里子で、中島みゆき、絢香(あやか)と朝ドラの主題歌の歌手、「花子とアン」出演者達のコント(これがとてもよかった)、美輪明宏が劇中歌「愛の賛歌」と朝ドラずくしの感あり。

そして年越しそばのふるまい。

1img_4161

1img_4163_2

天ぷらそばと妻はかしわそばをいただいた。
来る年も健康で無事な一年であるよう念じつつ・・・

再び部屋で紅白。出場者の顔ぶれを見ると改めて今昔の感を禁じ得ない。
それだけ自分が年を取ったことを思う。

今回の大トリは松田聖子。
紅白が終り、「ゆく年くる年」を見つつ新年が明けた。

より以前の記事一覧