映画・テレビ

2016年7月 2日 (土)

インターステラー

最近レンタルで旧作の映画を見ている。
「ホビットの冒険」3部作、ディズニーものでは「マレフィセント」・「ベイマックス」、トム・ハンクス出演の「Extremly loud & Incredibly Close」、「Saving Mr.Banks」(これはディズニーものでもある)、アイアンマンのRobert Downy Jr.の「The Judge」etc.シニアは金曜日に旧作が1枚無料になるので、2枚を1週間百円で借りている。

劇場へも時々足を運ぶ。最近では6月9日に銀座で「ロイヤル・ナイト」、その前は5月5日地元で「スポットライト」を見た。
やはり劇場のスクリーンで見るのは格別で、特に直近で見た「ロイヤル・ナイト」はイギリスのエリザべス女王の第2次大戦終結の日に戦勝で沸き立つロンドンを舞台にしたスリリングかつ身分を超越した男女、人間の触れ合いを描いた一大エンタテインメントで、見てよかったと思っている。

今回はそれらの中で表題の「インターステラー」について書く事にする。劇場で見たかった作品だが、行きそびれて公開から約2年遅れで見た。
上映時間169分とあり、クレジットを5分とすると正味2時間40分余と非常に長い作品だ。劇場でこれだけ長い作品を集中して見る自信が自分にはない。レンタルで鑑賞するメリットは好きな処で中断できる事。また、セリフも原語、吹き替えを自在に切り替えられるし、字幕も原語、日本語を同様に替える事ができる。
今回は言語:英語、字幕:日本語のパターンで視聴したが、言葉が聞き取れない箇所は随時字幕を英語にして納得しながら進めて行ったので英語の勉強にもなった。

近未来のSFエンタテインメントだ。気候変動により地球規模で砂漠化が進み、収穫可能な作物が限定されて行く中、人々は頻繁に発生するサンドストームに脅かされる日々を送るが、秘密裏に再発足したNASAは極秘プロジェクト「ラザロ計画」(*)を推進していた。人類を地球外の天体へと移住させるという壮大なプランである。

(*)新約聖書ヨハネ伝Chap.11のラザロの復活、ルカ伝Chap.16の彼岸世界におけるラザロの救済の逸話からして、人類の新天地(体)における復活、此岸(地球)から彼岸(新天地(体))への移住による人類の救済という意味が込められているのだろうか?

この映画で面白く興味深かったのは物理学の知見をストーリーへ自由に活用している事と映像の迫真性だ。
画面いっぱいの巨大な土星とリング近くを宇宙船が航行し、その先に小さなワーム・ホールが見えて来る。これを通過して何万光年(?)の彼方の天体へ移動して行く。(画面はワーム・ホールを移動中の宇宙船内が描かれるが、実際ワーム・ホールが在ったとしてそこへ入り込んだ物質の原形の保存は保証されるのだろうか?)

ワーム・ホールを抜けた先はガルガンチュワというブラックホール(**)が恒星の天体系で、その中の一つミラー博士が先行探査していた星は重力が強く1時間が地球の7年に相当するほど時間の進行が遅い。数時間のミッションで母船へ帰還した時、母船の方では20数年の時間が経過していた(アインシュタインの一般相対性理論)。
ブラックホールの影響が強い恒星系が探査対象エリアというのも適切な選択と言えないのではと思うのだが・・・
やがて宇宙船からの信号は地球へ送れなくなり、地球からの信号のみが宇宙船へ届くようになってしまい、母船へ帰還したクーパーは地球からの20数年分の家族からのメッセージを見て涙する(通信が一方的なものとなる理論的な背景はどのようなものだろう?アインシュタインの特殊相対性理論では物質は光速度を越える事はあり得ず、よって何万光年離れた場所への通信すなわち電磁波が届くには数万年の時間が必要となり、通信は事実上不可能ではないかと思うのだが・・・ワーム・ホールを電磁波も通過し、その際双方向ではなく、かつ時間を超越するとかいった理屈付けが為されているのだろうか?・・・映画を見ているだけでは説明されていないのでわからない)。

(**)ガルガンチュワの画面表現は土星とそのリングと並んで本作の最大の魅力的な映像だ。

マン博士(Matt Damon)がクーパー(Matthew McConaughey )等を置き去りにして母船を乗っ取ろうと、単身で探査船を母船にドッキングしようとする場面は迫力満点だ。完全にフィットせず、ロックが掛からない状態を無視してハッチを開けて負圧状態となり探査船の壁が破れ宇宙空間へ吹き飛ばされてしまうマン博士。

この映画でしみじみした感動を味わったのは地球でミッションを見守る「ラザロ計画」の中心人物ブランド教授(Michael Caine)が淡々と語る言葉だ。

Stepping out into the Universe, we must confront the Reality of Intersteller travel.
We must reach far beyond our own lifespans, we must think not as individuals but as a species,
Do not go gentle into that good night

宇宙へ出る事は星から星へ渡るインターステラーの旅だ。
我々の寿命を超えた遥かなる先へ人類として到達しなければならない。
穏やかな夜に身を任せるな。

本作の題名を象徴する言葉になっていて、Michael Caineの語り口も淡々として味わい深い。ただ字幕の翻訳はいいのかどうかよくわからない。
  inter-steller   ←→ universe , cosmos
  inter-national ←→ world

最後に近く土星軌道上のクーパーステーション内に作られた記念碑に刻まれた詩があり、

<LAZARUS ENDURANCE>
Do not go gentle into that good night,
Old age should burn and rave at close of day;
Rage, rage against the dying of the light.

これは画面へは一瞬映し出されるだけで、ディスクを一時停止させて写し取った。
後でわかったが、これはディラン・トマスの詩"Do not go gentle into that good night"の出だしの部分だ。

あの快い夜のなかへおとなしく流されてはいけない
老齢は日暮れに 燃えさかり荒れ狂うべきだ
死に絶えゆく光に向かって 憤怒せよ 憤怒せよ
(鈴木洋美 訳)

マン博士により母船が78rpmで回転してしまい、一か八かのドッキングを強行したのも束の間、宇宙船はガルガンチュワに引っ張られていた。クーパーは再度一か八かの賭けに出てアメリア・ブランド博士(Anne Hathaway)を彼女が愛するエドマンズ博士が先行探査する星への軌道に乗せることに成功する。クーパーとTARSは母船から逐次離脱し、ガルガンチュワに呑みこまれて行く。
このあたりは手に汗を握るシーンが連続する。
ブラックホールに飛び込んだクーパーは艇の"Eject"(脱出せよ!)のメッセージに従う。クーパーを襲う衝撃。画面のテロップを記すと、

GLUNTING - SHIVERING(震える) - GASPING(あえぐ) - YELLING(叫ぶ) - GLUNTING - GASPING- YELLING
                            

辿り着いたのは超次元空間、五次元世界でクーパー家の2F、娘のマーフの部屋の書架の裏だ!TARSもここへ来ていた。
五次元の世界を大変面白く画面表現している。ただブラックホールに呑まれ、広大無辺の宇宙の中で何故マーフの部屋を見る場所へ来ることが出来たのか、虫が良過ぎないかという気がした。
ワーム・ホールを移動中にアメリアが目にしたのはこの時のクーパーだった。

TARSが観測したガルガンチュワの特異点データをクーパーがマーフ(Jessica Chastain) の腕時計へモールス信号で送り(これも何か嘘っぽい)、マーフはブランド教授の方程式を解く(Eureka!)。

クーパーがクーパーステーションで目覚めるが、如何にして五次元世界から生還したのかは語られない。ここで彼は臨終の床についている娘のマーフ(Ellen Burstyn)と再会する。地球時間で80年が経過し、マーフは90歳の老婆となって、別れた当時と変わらないクーパーと対面するシーンは見せる。

劇場で一過的に鑑賞すると圧倒されて終っていただろうが、こうしてre-viewしてみると、アラが目に付いてくる。また1本としてまとめるには無理があったのでは?個々のエピソードが説明不足の嫌いがするので、もう少しエピソードを掘り下げ、拡張して3部作位に仕立てた方がよかったのでは?
傑作だと思うが・・・

2014年3月16日 (日)

「大統領の執事の涙」

すっかり春めいて来た。
先日シネコンで「大統領の執事の涙(The Butler)」を見て来た。
見た後の印象は、予想と違っていて、主人公が粛々とホワイトハウスで歴代の大統領に仕えた
日々を描いて行くのかと思っていたら、主題は'60年代の激烈なアメリカの黒人差別だった。

アメリカ南部の綿花農園。映画は主人公の少年時代から始まる。
'50年代頃と思われるが、黒人たちがそこで労働する様子はさながら奴隷制度の時代そのもの。
少年の母は公然と白人に犯され、父はちょっと楯突いたために銃で殺されてしまうが、白人は
お咎めなし。

彼は自ら農園を飛び出し、都会へ出て一歩ずつ黒人としてのステイタスを上げて行き、ある意味
下働きの世界での究極の働き場所、ホワイトハウスへ職を得るに至る。
彼の処世哲学はひたすら、忍従に徹するものだった。

主人公の息子は南部の大学へ進学、そこで黒人解放運動のグループへ入り、侮辱を受け、
留置場へぶち込まれ、KKKの狂信的な襲撃を受け生命の危険にさらされ・・・・・・
それでも活動をやめようとしない。

この映画を見る直前にレンタルで見た「リンカーン(Lincoln)」を想起せざるを得なかった。
リンカーンは丁度この百年前、南北戦争の時代に北部の大統領だったわけで、奴隷解放を法的に
実効性あるものとするため、合衆国憲法13条の改正に尽力する。
この映画の眼目は、下院での議決の3分の2を獲得するための事前工作である。

百年前に黒人は解放されたと単純に思っていただけに20世紀の人種差別は衝撃だった。

リンカーンの1代前の大統領は、ジェームズ・ブキャナン15代だが、これも先日読了した若泉敬
「他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス」最後の「跋」にブキャナン大統領時代に鎖国を破る形で日米の国交が
始まり、その端緒は黒船のペリーだったが、彼が最初に立ち寄ったのが琉球・那覇港だったとある。

若泉敬の著書は、佐藤政権の沖縄返還交渉の内幕のドキュメントだが、そのクライマックスが
'69年11月の日米首脳会談だ。
この際の共同声明で沖縄の施政権が日本へ返還されることが明記された。

この本にも出てくる佐藤・ニクソン会談のあった'69年末の衆議院総選挙では、NHKの選挙予想の
世論調査のアルバイトをした。

地元近隣でしかも区域が限定されていてノルマも余り多くなく、比較的好条件のアルバイトだった。
調査対象ではなかったが、区域内に高校の同級生が浪人中で自宅にいて何かとお世話になった
のだった。

この時のバイト代で初めてクラシックギターのLPレコードをヤマハでGETしたのだった。
(ちなみにセゴヴィアのシャコンヌ、ヴィラ=ロボスの前奏曲3番他の入ったものとイエペスの
「5世紀にわたるスペインのギター音楽第2集」の2枚だった。)